エピローグ(二章完結記念・付録付き)
二章しめくくりです。
あと、余話四本あります。
その後三章ですが、最終章で、一万文字ほどです。
帰国後、ルカは学園病院へ検査入院し、ロッチとリリィは二人で処々の用事をこなした。
ラツェット騎士団の隣国への越境に付いての聞き取りだの、国王に呼ばれての直々のお言葉など、ルカ抜きで大変だったが、励まし合って乗り切った。
ルカの熱も下がり、三人心機一転登校出来たのは、新学期から一週間遅れだった。
いつものようにリリィを送ってFクラスへ行き、いつものようにAクラスの教室に入って窓辺の殿下に挨拶をする。
殿下はいつもと変わらず、涼しげな目でニコニコと挨拶を返してくれた。
昼休み、中庭に行くと、見慣れぬ棒が幾つか立てられていた。
不思議に思いながら四人ランチを食べていると、マリサがやって来た。
「中庭を改装する予定があるらしいわ」
何でも、来年度から外国の留学生を受け入れる事になったらしく、それに伴って視察に来た有力者が、伸びっぱなしのジャングルに驚愕したらしい。
「確かに見慣れていないと異様だわね」
留学生受け入れに伴って生徒数も増える。
中庭は新たなランチ場所として、綺麗に刈り込んでベンチテーブルを設置する。勿論 秘密基地も無くなる。
「サロンで差し止め出来ないんですか?」
「さすがに『上から見下ろす風景が好きだから』なんて理由は通らないわよ」
「そっかあ……」
「残念だね」
「学園の皆の場所であるからな」
「中庭が無くなる訳じゃないし……」
殿下が顔を上げた。
「わたしはこれを機に、ランチはサロンで取るようにしようと思う。よいか? カンタベリィ嬢」
「あ、はい、勿論でございます」
「え、殿下ぁ……」
「わたしと離れるのが寂しいならサロンへ来い、ロッチ」
「えっ」
目を泳がせて殿下とリリィを見比べるロッチ。分かりやす、って呆れた目でルカが見る。彼はもう書記としてのサロン入りが決まっている。
「人手は幾らあってもいいのよね。ダミアンは帰って来てもどうせ全ての業務をルカに丸投げで研究に埋没するだろうし、私が卒業したら確実に庶務が手薄になるわねぇ」
マリサがリリィをじっと見る。
「あの、私にやれる事があるのならやってみたいですが……私の階級でサロン入りが許されるのですか?」
リリィが意外と積極的な事を言った。
ラツェット領の日々は彼女にも変化をもたらしたようだ。
「プラス『聖女』って事にしておきましょう」
「それ、階級なんですか?」
殿下がクスリと吹き出す。
ロッチが大笑いして、ルカも笑った。
「わたしには様々な物が足りていない」
改まって、殿下が口を開いた。
共和国大臣による風評流布の目論見は、一旦阻止出来たものの、教祖と領主が尻尾切りされただけで、長官は部署を異動して健在、当の大臣はほぼ無傷。しばらくは大人しくしているだろうが、警戒は必要。
東ア国だって西イ国だって、今は均衡が保たれているが、常にお互いの隙を伺う間柄だ。
「サロンの先輩方が卒業するまでに、出来る限りの学びを得たい」
マリサのアンバーの瞳がキュっと締まって輝いた。
彼女は、どこの国の王族貴族に嫁いでもやって行けるようにとの、マルチな教養を会得している。
「畏まりましてございます」
あまりに美しい淑女礼に、後ろの一年生たちも思わず正式な礼を取った。
来週から工事に入るという最後の日。
サロンのメンバーも下りて来て、全員で、芝生で最後のランチをした。
(不在だったダミアンがのちに悔しがったのは言うまでもない)
地面に座りなれていないアーサーは長い足を持て余してマリサに失笑され、ジークは持参の肉をルカの皿に強制的に山盛りにした。
イサドラは何だかしみじみと言葉少なで、ロッチはリリィと殿下と、いつも通り仔犬のようにコロコロと戯れた。
そうして、中庭の、幼い苗を培う時間は終了した。
***
殿下は宣言通り、アーサーに付いてサロンの業務、人脈や運営から学び始め、いつの間にか声も変わってすっかり大人びた。もう『儚げな王子さま』なんて揶揄も影を潜めている。
何の話の拍子だったか、アーサーと二人きりの時に、「わたしは神さまにならなくてはならないから」と呟いた。
言葉の真意を問われると、はにかみながら、
「昔、とある者と話していて、わたしは国民の神さまとして一心不乱に働く為に生かされた、と気付いた」
そう答えた後、「まだ身近な者の事しか考えられない未熟者だが」と小さな声で付け足した。
アーサーは目を細めて「お支えします」とささやいた。
ロッチはリリィと秋の終わりに婚約し、正式なサロンメンバーとして表舞台で活躍した。それに伴い、ラツェットに偏見を持って蔑む者は自然といなくなった。
アーサーたちの卒業パーティーではサロンの会場スタッフとして出席したが、リリィとペアの堂々たるラツェット式の正装が、周囲の目を引いた。
リリィの聖書は、あれ以来光っていない。
イサドラに、「だって必要ないじゃない。貴女を守る騎士はもう隣にいるんだから」と言われ、耳まで真っ赤になった。いきなり神憑りのような言葉を口走る事も無くなり、ただ賢くて優しいだけの平凡な娘になって行った。
ルカは、やっと到着した婚約者が学園寮で働き始めたので、ランチ時は彼女の所へ行くようになった。
家庭教師と翻訳の内職で、在学中に出来るだけ借金を減らそうと頑張っている。たまに主治医に叱られる。
卒業パーティーなど派手な行事は表に出ず、ひたすら裏方仕事に徹した。
アーサーとマリサは卒業パーティーで見事過ぎるダンスを披露して伝説となった。
ジークは相変わらずルカに会う度に胸板増やせ胸板増やせと煩い。
イサドラは、逆にルカにウザ絡みしなくなった。たまに、婚約者への配慮の足りなさに関して鋭く指摘して来る。
ダミアンは、ルカが書記に就任した事で、研究に没頭出来ると思いきや、突然来襲したジヨアナにすっかりペースを乱されている。
いつの間にか学園編入を果たし、寮にほとんど帰らず研究所と附属病院に入り浸っていた彼女は、気が付けばボワイエ家全体に根回しを済ませていた。恐るべしラツェットの娘。
ちなみに、ジヨアナの姉のニーナはガヴェインの騎士ユーリを婿取りして独立し、従姉妹のエイミは出向して来たミックと微妙な関係構築中、らしい。
子供の時間など、本当のホントに、あっという間だった。
当時のサロンメンバーは、今でもあの植物がグングン伸びる魔法のような庭を思い出し、あれは幻ではなかったかと遠い目をする。
~了~
***
付録:きせかえぬりえ




