まばたきふたつの
図書室の窓の外のちょっとした庭は、リリィの予見を受けて、草が刈り込まれた所だった(人海戦術凄い)。
ルカがユーリに抱えられての通り道、捕らえられた二人の弓兵が地面に座らされ、尋問を受けていた。口裏を合わせられぬよう、場所が離されている。
ニーナが古い冊子を示し、一人の前にしゃがみこんでいる。
「これは、クナ族の言葉や暮らしが書かれた本です。今回、本を移動させた際に、他の本の裏側に落ちていたのが発見されました。
悪名高い旧帝国にだって、真面目に文化を残そうと努力をした人はちゃんといたんです。
燃やしてしまったら永遠に誰の目にも触れません、その方の努力も泡と消えてしまいます」
男はもう喚く事をやめ、蛍光紫の髪を眺めながらぼぉっとしている。
「ニーナの声は本当に心地が良いね」
目を閉じたままのルカが呟くように言った。
「はい、学校の先生に向いていると思います」
「あは、生徒みんな寝ちゃう……」
気持ち良さそうに囁いたルカだが、次の瞬間ピクッと身体を震わせた。
「名前はペデリオだそうです」
記録を録る書記に伝える、尋問係の会話だ。
「ユーリさん、降ろして下さい」
「はい?」
ペデリオというのは、展望台で尋問した男が語っていた、最古参で教祖の片腕だという者だ。
直接聞きたい事があるのか? ユーリは素直にルカを降ろし、肩を支えた。
しかしルカは、尋問されている兵ではなく、今の会話をした係員に声を掛けた。
「あっちの人の名前を聞いて来て下さい」
怪訝な顔をしながら駆けて行った係員は、更に怪訝な顔で戻って来た。
「ペデリオ……? だそうです」
ルカの青白かった顔が、もっと青くなって頭を抱えた。
「衣装の襟に、飾りが付いていない……」
「どうしたんですか、ルカ様! ……ロッチ様、ロッチ様!」
ユーリは慌てて、この子供の扱いに慣れている彼の親友を呼んだ。
慌てて駆けて来る少年。
「どうしたの、ルカ?」
「……下っ端の信者兵士に正確な人数なんか教えないんだ」
「え、なに? だから?」
「えっと、あぁ・」
「今 頭の中にある事を端から声に出せ!」
「ほ、本物のペデリオはペデリオと名乗らない。他の者には捕まった時ペデリオを名乗れと命じて、自分の身は隠している。自分を特別だと思っているから」
「どういう事だよ」
「三人目の弓兵がまだ何処かに潜んでる!」
「!!」
重大な事だ。ロッチは慌てて周囲の皆に伝えようとした。しかし
(何からどう言えばいいんだよ)
こいつがいつも、説明不足になる気持ちがちょっと分かった。とりま
「警戒継続! まだ弓兵いるかもしれない!」
とだけ叫んだ。
「本当か?」
「根拠は?」
皆すぐに反応出来ず、弓を緩めてしまっている者もいる。
「根拠……」
質問に返事をしようとするルカの前に、ロッチは立ち塞がった。
「ルカ、説明はいいから、頭の中にある事、全部喋り切れ」
「……ラ、ラツェット邸には、多くの目と射ち返し要員が居る。図書室を狙ってもすぐ対応されてしまう。
じゃあ逃げ帰る? いや、教祖の片腕のプライド、自分が神の矢を射る特別な存在だという自惚れ、成果無しでは帰れない……
図書室を燃やせなかったのなら、他の事……一射で状況を引っくり返せる何か……」
「うん……うん」
「一射で最大限の効果……一番多くダメージを与えられる一射……」
ガカッ
一際大きな蹄の音がした。
熊みたいな森林馬、磨墨号だ。
分厚いマントをひるがえして、
「皆、大事ないな!?」
ラツェット大伯爵が下馬して皆を見回した。邸が弓兵の強襲を受けたとの連絡で、山から飛んで来たのだろう。
――あ
ルカが、翁に向かって前のめりに駆け出した。
子供が大好きな大人に向かって慕って駆け寄るみたいな雰囲気で、その場の大半の者は油断して見流した。
ユーリはコンマ何秒か遅れて反応した。
ロッチは先に手を伸ばしていたがルカを掴まえられなかった。
ルカは駆け寄った大人に抱きつく事はせず、背中を向けて押し付けた。半円を描くように横に歩いて遠くを見渡す。
「小僧?」
「祖父ちゃん、弓兵、狙われてる!」
「ルカ様!」
ラツェット翁は盾替わりのガントレットを素早く構える。
子供が一ヶ所で止まり、翁にもたれ掛かりながら叫ぶ。
「教会!!」
――ドン!!
次の瞬間、圧倒的な力で押された子供は翁に激突した。
全て瞬き二つ分の間の出来事だった。
弓の用意の出来ていた者たちの矢が、教会の鐘楼の人影へ吸い込まれるように降り注いだ。
一拍置いて、馬連れの兵たちが総勢で駆けて行く。
ペデリオは、針ネズミになって塔から落ち、この争中で唯一の死体となった。
彼に悔いがあるとしたら、ラツェット大伯爵に向けていた矢を、思わず手前の子供に放ってしまった事だ。
子供がペデリオと目を合わせ、最大限の侮蔑のポーズを取ったのが原因なのだが、そんなのはもう誰にも語れない。




