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きよらかな王子さま  作者: しらら
ききりの神さま
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逡巡




 今ベランダ(三階)から飛び込んで来た鳶色の髪の少年は、赤見を帯びた瞳を光らせながら、固い表情を変えずにツカツカとルカに歩み寄った。

 革手甲(かわてっこう)の腕を伸ばして腫れ上がった頬に触れ、覗き込む。


「血は呑み込んじゃ駄目だ。一旦全部吐いちゃって」

「ゔ、べべべ」


 そして残り二人の兵士を振り返る。

「ルカ殴ったの誰?」


「ヒッ」

「俺たちは命令で……」


「待て、俺の責任だ」

 ルカの後ろで転がったままのユタが言う。

「その子は俺を逃がす為の囮になろうとしてくれた。そんなのいいから先に逃げろと言うべきだった。不甲斐ない俺の責任だ。それと」

 一旦切って、ロッチの顔を見ながらゆっくり言った。


「兵士は主の命令で動く。命じられてやった事で兵士を責めないでやって欲しい」

 それで済まされない時もあるのは分かっているが。


 ロッチは鼻の穴を大きく広げて息を吸い込んだあと、ゆっくりと吐き出した。それからルカとユタに背を向け、兵士たちに向いた。


「あんたらは領主の兵士? 教祖の兵士? 山賊じゃないよね?」


「山賊の訳ねぇだろ」

「領主直属のの兵士だが……」


「ロッチ様!」

 階段を登って数人の騎士が駆けて来た。先頭はユーリだ。

「外壁伝って飛び上がるとか無茶ですよ!」


「下は?」

「賊は、邸へ侵入される前に概ね確保しました。現在は捕り逃しがないか、邸を探索中です。何でか邪魔立てして来る兵士がいるので、端から拘束しています。そちらは?」

 ユーリは剣を納めないまま兵士三人を睨んだ。


「お、お前ら王国の者か? 何でこんな所にいる?」

 一人が、ユーリの鎧の紋章を見て叫んだ。

「とうとう国境を越えやがった、侵略に来たんだな」

「くそっ! どこまでも汚いラツェットめ!」


 後ろの騎士が色めき立つが、ロッチが制して、各部屋を調べるよう命じた。

 説明はユーリが引き受ける。彼は見習いでも一応中央所属、この場では王国騎士の代表だからだ。


「昨晩、そちら側、ソドの村の者から救援依頼があって、ラツェット騎士団は、『人道的理由』から門を開いて救援を出した。聞いていないのか?」

「は?」

「山賊が村を脅かしているというのに、守るべき兵士の貴殿方は何をやっているのだ?」


「さ、山賊?」

 兵士三人は今初めて聞いたようにオウム返しした。


「こんなもんだぞ、領主の兵士なんて」

 ユタが相変わらず這いつくばりながら、吐き捨てるように言った。

「村の山賊被害に、領主が兵を出した事なんか無い。だから、村を守ってくれる同行信者の兵士を連れた教祖が、有り難がられたんだ」

 ルカが黙って側に行き、動けないユタの腰をさすり始める。

「こいつらも、俺らも、兵士はただ、命令されて動くだけだ」



   ***



「一階が賊に侵入されても、上階で子供相手に凄んでいるのが命令か」


「ユーリざん……」

 ルカが遮って首を左右に振る。

「僕、その人刺しちゃったし、暴力に暴力で返されるのはあだりばえ……」

 また血が溢れて来て、喋れなくなる。


「いい加減にしろ!」

 ロッチが寄って、ルカの胸ぐらを掴もうとして布がなくて空振って、上衣の襟を両手で掴んで引き上げた。

「自分の身も守れない胸板ペラッペラの癖に、一人でこんな所まで来て勝手に怪我してんじゃないよ!」

「ごべん……コポポ」


「ああ、もお、救護班 呼んでっ」



   ***



「何で国境越えの山賊討伐が実現したの?」


 口の中に苦~い血止めを塗られて少しだけ喋れるようになったルカは、一番の疑問を、せわしく包帯を巻いてくれるユーリに聞いた。

 彼は基本ルカの護衛なので、ルカが居る時は彼の側に着く。


「腰やっちまった……」

 と動けない他国人のユタを、救護の人間は最初よそよそしい目で見ていたが、「僕を助ける為にアレ投げてぐれだの」とルカが指す室内のベッドを見て息を呑み、丁重な治療をやり始めた。少し安静にしたのち戸板で運んでくれるって。


「本来は、ソド村の者が懇願しようと領主が頼んで来ようと、ラツェット家は国境越えはしません。ダラダラ関わっていてはキリがないという経験則からです」

「うん……」

 だから、共和国側にある山賊の根城も放置しているしかなかった。


 しかし、夕べ遅くに見張り台の一つに駆け込んで来た人物は、これまでの法則を覆した。


『我がソド村のすぐ側に山賊の根城があって常に脅かされている。どうか助けて』


 王国の侯爵家ガヴェイン家の紋章『狼にエーデルワイス』の指輪を託されたランスロット・ガヴェインの婚約者(現地教会承認済)、かつ、ソド村村長の娘。

 彼女は双方の橋を渡して嘆願できる立場を得ている、ラツェット翁はそう判断を下した。


 中央に伺いを立てていてはソド村は手遅れになるかもしれない。

 人道的見地による緊急措置、で国境の門は開かれた。


「……メム……」

 まぁ、間違いなくトトド爺さんの入れ知恵だろうけれど。


 うつぶせで湿布を施されながら、ユタが半笑う。

「お前さん自身はどこまで仕組んていたつもりだ?」


「まさか、まったく何も」

 ラツェット翁がそんな判断をしてくれるなんて、予測の付けようがない。

 メムに指輪を渡したのは、万が一自分が帰れなくなった時、彼女の身が保障されるように、だ。

「……あれ白金だし、いざという時売ったら助けになるかな、なんて」


「嘘だろ、そんな理由かよ、俺の感動を返せ」


 二人のやり取りに、ユーリは呆れながら説明を続ける。

 ラツェット翁の打ち出した方針は、『婚約のご祝儀に一回だけ助けてあげるよ、でも一回だけだよ、娘はこっちの国民になるんだからもうあてにしないでね』という所だ。後で固い文章に直して国を通して通達する。


 万全を期して準備していた、『農民の無傷捕縛』が(人数が少な過ぎて)いともあっさり完了してしまったので、『やり足りない感』があったのだろう、直後に入ったこの遠征に、ほぼ全部隊が手を挙げた。

「あんなに盛り上がったジャンケン大会を見たのは初めてでした。どさくさに紛れてジヨアナ嬢まで加わっていました」

 あまり大挙して押し掛ける訳にも行かないよね、山賊さんビックリしちゃう。


「伯爵より『不殺』が厳命されています。後で言い掛かりを付けられないようにです」


「山賊退治して『虐殺』呼ばわりされても堪んないからな」

 上階の探索をしていたロッチが戻って来て口を挟んで、すぐ下へ報告に駆けて行った。

 いいなあ足長くて。武装した姿は普通に頼もしいラツェットの兵士だ。


 山で捕縛した農民ともども、山賊もぐるぐる巻きにして、郡主(昨日会った領主の上司)にプレゼントするんだって。ビバ、サプライズ。

 ちなみにダミアン様が、郡主を呼び付ける根回し段取りをアドバイスしてくれました。ありがとう頼りになる先輩。


 山賊退治は、『あたりを付けていた複数の山賊根城を叩いて追い立て、領主の別邸に誘導する』という作戦。

 山賊狩りにかこつけてルカを確保し、領主と教祖に『ごあいさつ』する予定だったとか。

 したらベランダ窓から見えたルカが血塗(ちまみ)れで、ユーリはロッチをどう止めるか、一瞬 神に祈ったそう。


「領主と教祖が留守で良かったと言うべきでしょうか。何処へ出掛けているのか知りませんが運の強い人たちだ」


「あれ?」

 四か国の客人が来ている事とか、シンポジウムとか、情報回っていない?

 聞いてみたら、ユーリは「え?」。

 救護班の人たちや他の兵たちも知らない。


 あれれ? と思ったルカは、ユタと別れて、ユーリと一緒に階下へ下りた。

 二階は人の気配が無い。客間は空で、客人の荷物も無い。

(…………?)

 今夜はディスカッションで、もう一泊の予定って言っていたんだけれど……

 あまりの扱いの酷さに、四か国足並み揃えて、予定を変えてしまったのかもしれない。

(少なくとも東ア国の女性学者は、同じ空気を吸うのも嫌って顔をしていた)


 一階まで下りると、領主の使用人と兵士は広間に座らされていた。手を拘束されているのは抵抗した兵士か。

 賊は部屋三つほど使って閉じ込めているという。石の建物って便利。


 部隊長はロッチの一番上の兄。確かイヴァンさんって言った。肩幅広い、ロッチもあんな風になるのかな。

 広間の真ん中できびきびと報告を受けている。ルカは正面へ行って礼を取った。


「この度は我が婚約者の願いを聞き届け頂き……」


「お、おう。いや終わってからでいいよ、寝てろ寝てろ」

 いかにもロッチ兄な反応。包帯グルグル巻きのルカは、よほどの怪我人に見えるらしい。


「領主と教祖の出先、分からないんですか?」

「ああ、まだ分からないんだ。素直に答えてくれる使用人からでさえ、断片的な情報しか出て来ない。

『昨日客人が来ていた』『早い時間に馬車で出発した』ぐらいか。あとは『役人みたいな人が怖かった』『朝食が早くて準備が大変だった』などの些末事しか」


 マジですか? あまりに話が通じていなさ過ぎて、不安になる。

 隠匿しているのか、単に共有する習慣が無いだけなのか、何か罠があるのか?


 髭を生やした家令か侍従長って感じの従業員たちに聞いてみた。

「灌漑技術ののシンポジウムで四か国の方が呼ばれているのですよね?」


「え? は? カンカ……?」

「シン……何ですか?」

 あ、(とぼ)けているんじゃない。興味を持たない事にはとことん興味を持たないだけなんだ。


 ルカは隊長の所へ行って、自分の知っている事を話した。

 四か国の灌漑シンポジウムの事。

 今の時間は谷の街道沿いの展望台へ行っている予定な事。

 その何も知らない四か国の他国人を『目撃者』に仕立てる予定だったであろう事。

 ついでに、四か国の人たちは段取りの悪さに不満爆発寸前な事も。


「何でこの邸の従業員より詳しい? そしてもっと早く言いなさい」

 隊長に呆れられた。


「不思議に思うのは、谷の街道は一本道なのに、その途中にある展望台に向かった一行が、討伐部隊の皆さんと行き合わなかった事です」


「ふむ、我々はこちらの領へ入ると、邸から見られる前に手分けして山に散ってしまったからな」


 時間を聞くと、隊長たちが門をくぐったのは、領主側が定めた最初の出発時間あたり。

 予定通り馬車を出していれば、山賊退治のラツェット部隊と、四か国の調査団は行き合っていた訳だ。そしたらどうなっただろう?

 山賊退治をしているような物騒な時に出歩けないと、観測は中止になっただろう。そのあと邸に待機するか、即この地を去るか。いずれにしても、彼らはただ共和国の悪印象を少し抱いて帰国するだけだった。


「でも……」

 ルカは考えを巡らせた。

 彼らは時刻を遅らせた。偶然の産物だが、討伐部隊の通った後に、知らずに展望台に登っている。河川を眺める予定が、彼らの見る物は……?


「隊長、う、馬、貸してください!」

「何故だ、唐突が過ぎるぞ!?」


 山賊を誘導して領主邸に入るラツェット兵が、遠目に、『隣国が攻めて来た』と見えてしまうかもしれない。

 そこには口の上手い教祖と、同調して囃し立てるのが生業の同行信者(どうぎょうしんじゃ)たちがいる。

 きっと四か国の客人に、無いこと無いこと吹き込みまくるだろう。

 奴らの目的の一つはそういった風評流布で、四か国の者がそのまま帰国してしまうと……


「とても、よくないです!」


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