領主の別邸
領主の館は、ラツェット邸と似た素材と造り。国境が変わる前はラツェット領の一部だったから同じ工法かもしれない。手入れが最小限で寂れた感じ。
教祖と一緒に着いた筈なのに、分かれて案内された。連れて来ておいて何処行ったの? 教祖様ぁ。
目通りしてくれた領主は、やや小太りの普通のおじさん。辺境伯って雰囲気ではない。
ガヴェインと聞いて、夜半にも関わらず、懇切丁寧に迎えてくれた。
何かもう申し訳なくなってきた、ガヴェインですみません。
さてさて、何で今日領主様が、この国境の別邸に来ているのか? 教祖様、本当にどこ行ったんだろ? 夜遅いのに邸内に色んな服装の人がウロウロしているのは何で?
……なんて疑問に答えて貰える訳もなく、挨拶終えると、夜も遅いからってひとつ部屋に案内された。
ユタさんと一緒、狭い、石の壁剥き出し。
ベッドひとつ、・・え?
***
「外からガッツリ鍵がかかっているな。窓も細いし、まぁ、お客様部屋という感じではないな」
「それよりユタさん、ベッドひとつですよ、ベッドひとつ!」
「それがどうした。他に気にせねばならぬ事があるだろう」
「でもベッドひとつで、どどどうしろって言うんでしょう?」
「俺は床で寝ろという事だろう」
「そそ、そうなんですか?」
「兵隊だの護衛だのは、部屋やベッドがある方が稀だ」
「く、国が違うと、忌避する事のハードルが低かったりするのかと思って……」
「人類が男と女で繁殖している限り、だいたい何処でも一緒じゃないのか?」
「…………」
「なんだ、何かして欲しいのか?」
ユタがふざけて頭に触ると、ルカは「ピィッ」と悲鳴を上げて部屋の隅に逃げた。
「おかしな子供だな、変に度胸があるかと思えば、教祖が怖いとか、ベッドの数ごときでいちいち動揺したり」
「ど、度胸は、あるように見せているだけです」
「……?」
「ロッチは凄い奴だし、リリィはそれこそ聖女みたいに優しいし、僕は二人と一緒に居てもおかしくないように、いつも必死に背伸びをしているだけです」
「まさか(うそだろ?)」
ユタは息を吐いて、ベッドの毛布を剥がして床に敷いた。
「心配せんでも何もせんよ」
「本当に?」
「もしかして兵士に対して偏見があるのか? 『そういう事』がお盛んなのは、どちらかというと上流のお歴々だぞ。庶子だの私生児だのを生み出す心配のない遊びは、上方の嗜みの一つだとかなんとか理屈を捏ねて」
「じ、十二歳の幼気な子供に何を教えるんですか」
「だから都合のいい時だけいきなり子供になるなっ」
***
王国の端、ラツェット領の、山一個越えたお隣さん、四分の三世紀前に統一された共和国。
その国境沿いの小さな村、ソド。砦跡を利用した領主の別邸に、ルカは居る。
客間という名の石壁剥き出しの細長い部屋は、外からガッツリ鍵が掛けられ、二つある窓はとても細い。
うん、思いっきり監禁。
大きな石の建物の三階なので、ここへ来て初めて広く土地を見渡せる。
細い窓に顔を付けて月明かりに村の方を見ると、畑は狭く統一性がなく、放棄されている土地が目立つ。
ラツェット領と同じく月を映した川が大きくうねり、違う所は、海側に向かって平野が広くなって行く所だ。
「良い土地に見える、川の扱い方次第なのかな」
今度は国境の山側を見てみる。
昼間登った岩山のような場所はなく、全体的に低くなだらか。
「国境の山と言っても、そんなに険しくないんですね、昔は同じ国だっただけに」
「そうだな、ラツェット領の背後の、昔の国境尾根の方が高く険しい。この地形でよく王国側の領土になろうと思えた物だ」
ルカと一緒に閉じ込められているユタは、共和国の中央に仕えた経験のある、元兵士の老人。
肩と脛を負傷しいてて、今、ルカが湿布(領主に頼んだらくれた)を施した所。
「一応言っておきますけれど、領土割譲は旧帝国の決定ですよ。旧帝国が対外政治でヘマをやらかして、複数国からヒンシュク買って、王国が仲裁に身を削りました。その代償の譲渡です。
目の上のコブだった砦の領地をこれ幸いで寄越せと言ったのは王国ですが、ラツェットの人たちには青天の霹靂だったそうですよ」
「見て来たように言うな。そんな昔の事、もう誰にも本当の事は分からない」
これまで散々諭されて、教祖に刷り込まれて来た事が偽りだと氷解したユタだが、まだ完全には受け入れていない。
「だから帰ったら、文献調べて検証してみましょうよ。王国の歴史書だけでなく、第三国の歴史書も全部突き合わせて。
王国中央図書館に、東ア国の物も西イ国の物も沿海諸国の物も全部揃っていますから。
旧帝国の史料だけが今まで無かったんですよ。それが最近発見されて、歴史学界に……」
「どうした?」
「いえ、また話が逸れちゃったなと」
「お前はいつもそうだろう」
「経緯はおいておいて、国境が移動してラツェットが王国領になったのは、百二十七年前です」
「随分正確だな」
「記念祭が今年で第百二十七回だそうです。敵国だと思っていたのが暖かく迎え入れられて、嬉しくて語り継いでいるんですって」
「……ふぅん……」
ラツェットは、王国領となってから、低い方の山陵に新しく敷かれた国境線に従い、見張り台を立てて警備をした。
もっとも最初の内は別国といえど、それまでの付き合いもあったし親戚も居たしで、緩い行き来は黙認されていた。
しかし、王国の庇護に入り豊かに栄えて行くラツェット領に、悪政(当時は共和国でなく旧帝国)に喘いでいる隣民たちが依存し始める。
『少ない実りを税で取られてしまった。そちらは余裕があるのだろう、このままでは飢えてしまうので、次に会う時に幾ばくか持って来てくれ』という風に。
個人レベルでも積み重なると大きくなる。こちらが幾ら自国の領民の為に骨身を砕いても、政治の悪い他国に吸われて行く。
革命が起こって帝政が倒れてもその状態が続き、とうとうある代のラツェット領主が、完全断交を宣言した。
領民からの不満は出なかった。『領主様が決めた事だから』の言い訳が立つのは密かに喜ばれた。
メイン街道の谷に白い大きな石壁が築かれたのはその頃だ。
勿論、王国が許可を出した人や物資は石壁の中心の門を開いて通すが、国同士の遠距離移動は海路の方が便利で、わざわざ山岳地帯のラツェット領を通ろうなんて商人は居ない。門も、何年も開かれていないのではないか。
・・
・・
「僕が聞いているのはそんな感じです。共和国の中央ではどう語られていましたか?」
「…………」
ユタは黙って考え込む。
確かに中央に勤めていた時分には、ラツェット領なんて話題にも上らないし知らなかった。
いつから裏切りの地だと刷り込まれた? 憎み始めた切っ掛けは?
現在、王国と共和国は仲が悪い訳ではなく、式典に招く程度の付き合いはある。
王国は、幾つかの国がひしめくこの大陸で、海に面している部分が多いせいか、どことも喧嘩せず、そこそこに上手くやっている。
上手くやれているからと言って、火種を撒き散らしたい奴は何処にでも潜んでいる物で、油断はならないのだが。




