村長の家
自国の外へ興味を向けぬ共和国民とはいえ、ランスロット・ガヴェインというのは何となく上位貴族の名前なのでは? と、メムと一緒に来た村人は思った。
中央に居た者なら、『隣の王国の宮廷騎士を取り仕切る名門侯爵家』の名くらいは耳に挟んでいるだろう。
「そ、そなた、家無しの平民と言っておったではないか」
案の定、中央兵士経験者のユタが反応してくれた。村人たちにも動揺が走る。
「はい、その通りです。でもジーク・ガヴェイン卿に目に掛けて頂き、今回、ガヴェイン家よりの使者の命を賜って、名乗りを許されラツェット領に赴いております」
ロッチが隣にいたら頭をはたかれそうな変わり身だが、ルカは使える物は何でも使う。
「あの、あの、どういう事なの?」
訳が分からず横を歩くメム。
居丈高だった態度が鳴りを潜め、声の調子がすっかり乙女。
「あっちの国の、えっらい上の方のお貴族様だとさ」
「ひぇええ」
両こぶしを頬に当てて座り込む娘。腰が抜けたというジェスチャーだろうか。
共に歩くトトド爺さん、元兵士のユタ、ユタに肩を貸す村人Aが、面倒臭そうに見下ろす。
と、青みがかった錫色の髪と瞳の少年は、スイと彼女の前にひざまずいた。
「驚かせて申し訳ありません。しかし僕は侯爵家に籍を持つ者ではありませんので、貴女の手を取るのに身分差の壁はないのです。どうぞ安心して下さい」
甘やかな声、上品な物腰、天使像のように柔らかな輪郭。
メムでなくともオチるよなぁ、という顔で、ユタが苦々しく眺めている。
村の名前は『ソド』といい、メムの父は『ソドの村長』。
家の前に到着したのは陽も沈んだ頃。
意外とと言っては失礼だが、随分と立派な家屋……と、ルカは思った。
石で基礎を築いた煉瓦の二階建て。ここに来るまでに見た村内も、荒れている風に見えなかった。
(山賊ってどこから湧くのだろう?)
村人Bが知らせに走っていたので、玄関に村長らしき男性が立って出迎えている。急いで引っ張り出したのか保存の香料がビシバシ匂うジャケットを羽織っている。そのくらいの余裕はある暮らしという事だ。
隣近所の者だろうか、離れた所に人が三々五々立っている。
ルカはメムからスッと離れて、衆目の中、村長の前に進み出て礼を取った。
「突然の訪問の無礼お許し下さい。畏れ多くもランスロット・ガヴェインを名乗らせて頂く些末者にごさいます」
「お、おぅ・・」
煙に巻いた言い回しに、良く分からないながらも威厳を保とうとする村長。
「娘の事を気に入ってくれたような話を聞いたのだが」
「はい、山で出会ったメム嬢の清い泉のような純粋さに魂を引かれました。聞けばメム嬢は私より二つ上の適齢期間近。一刻も早く父君にお願いに上がらねばと、焦りのあまり恥ずかしくもその足で参じてしまいました」
「う、うむ」
言葉の出て来ない亭主に代わって、後ろから妻らしき女性が口を開く。
「あなた、こんな玄関先でなく、中へお通ししなくては。あああ、でも……あの、少し、ちょっとだけお待ち下さいね、片付け物を少々、ホホホ」
ルカの、よくよく見ると仕立ての良い服装(俺に恥をかかせるなとジーク様が揃えてくれた)と、やんごとない物腰(参照:ローザリンド殿下)に、これはただ事では無いと思い始めたのだ。
女性と、後ろにいた娘と息子らしき数人が、慌ただしく中へ駆け入った。
そうだよね、普通に暮らしてる所にいきなりお貴族様が押し掛けて来たら困るよね。
(ごめんなさい)
「メム、あんたも来なさい」
姉っぽい娘に呼ばれて、メムは名残惜しそうにルカに会釈して、中へ駆けて行った。
「長女の部屋でもメムの部屋に偽装するかね」
トトド爺さんが横でボソッと言った。
「あまり良い扱いではない?」
「妾の娘だと言うたろう。住んでいるのは外れの小屋じゃ」
「実母は?」
「メムが五つか六つの頃に居なくなったらしい。性の良くない女だったと人の口は言うの」
「…………」
「それより、お主、どうするつもりなのだ」
反対隣からユタが聞いた。
「村へ入り込む方法としては悪手だぞ。幾ら何でもメムが可哀想だ」
「え、もしかして、既に決まった相手がいたんですか?」
「いる訳ないだろ、村長が口減らししたがった位だ」
「じゃあ可哀想じゃないでしょ。可哀想にしません」
「何なんだ、何を考えている」
「そのままですよ。愛だの恋だのは、相手を決めてから育めばいいんです」
村長宅前で待つ、ルカ、ユタ、トトド爺さんの三人。
と、村の奥の方から多人数の靴音と明かりが近付いて来た。
長い棒に掲げられたカンテラが十一本。シャシャンとおごそかっぽい鈴の音。灰色の、だらだらと長い袖の衣装を着た人たち。
真ん中の、一人だけ赤と青の色彩豊かな長衣の人物が、口を開く。
「いきなり山から現れた王国貴族とはそなたかの事か」
(よっしゃ教祖様キタ――!)




