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きよらかな王子さま  作者: しらら
きよらかな王子さま
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Fクラス・Ⅱ


 



「近くに用事がありましたので足を運んでみれば、素晴らしいタイミングだったようで、良うございました」


 蝶が舞うように入って来るサロンメンバーの一人、イサドラは、ロッチと同じ伯爵家階級ではあるのだが、こちらは王家と血縁のある老舗の筆頭フロレイン伯爵家。伯爵家でいられる方が迷惑だと、末端の侯爵家あたりから理不尽な苦情が洩れている。

 その美貌は冷たく鋭く、研いだ金属のように光沢を放つ髪はまるで裁きの剣。 


 少し遅れて、同じくサロンメンバーの黒髪のダミアンが、黒革のファイルを抱えて入って来た。こちらは定番の地味。どんまい。

「イサドラ様、あちらは引き渡し完了です」

「お疲れ様、ダミアン」


 イサドラはまず、呆気に取られるルカに向く。

「貴族学園には、警備の歩梢が巡回しています。生徒が帰っても深夜でも。大切な貴族の子女が集まる場ですもの、当たり前ですわよね」

「はい……」

「では先程の女性の悲鳴で、警備が駆け付けなかった理由は?」

「あ」


 それ以前の怒号や机を蹴る音も相当響いていたのに? 

 そういえば廊下もガランとして警備員を見掛けなかった。

 ルカは恐喝者たちを睨んだ。

 彼、彼女たちはうろたえている。


「生徒に買収されるような警備員は当学園には必要ありません」

 ダミアンの事務的な言葉に、子爵令嬢以下真っ青になった。


「わ、私たちは、が、学園の浄化の為に……、そう、善意よ、善意で、教えてあげたのよ。だって『みんな』嫌がっていたのよ。

 親の形見なんて気持ちの悪い物を持ち歩いて、『みんな』が嫌がると思わなかったの? 孤児育ちで常識が無いのを、『みんな』を代表して注意してあげたのよ。

 警備員にはその間、妨げにならぬようお願いしていただけだわ」


「貴方がたはお帰りになって結構ですよ」

 ダミアンが棒読みで言った。

 ルカたちは「えっ」という顔になり、五人組は不遜に笑う。

「ふ、ふふふ、そうよね、私たちが正しいんだもの。そっちの子たちをしっかり教育しておいて頂戴」


「あ、お帰りになる前にこちらを」

 ダミアンが五人それぞれに封筒を配った。

 銀の縁取りに格調高そうな蝋印が押されている。


「これ……って?」

「帰宅したら一番に、各々のおうちの家長に渡して下さい」

「へ……」

「必ずですよ」

「な、何よ、中身は何なのよ!」

「家長から話されるでしょう。明日からの登校は家長の判断に委ねられますので、そちらに従って下さい。では以上です。お帰りはあちら」

「え……え……」


 まだ抵抗したい五人組だったが、イサドラの威厳と機械みたいに動じないダミアンの圧に押され、すごすごと出て行った。

 呆然と見送るルカとロッチ。

(いつの間に用意した? あの封書……)


 イサドラが、落ちている切り花をひとつ拾い上げた。

「切り戻しでまだ生きられるわ。ルカ、花瓶に水を汲んで来てちょうだい」


「は、はい」

 ルカは慌てて落ちた花瓶を拾い上げる。あれ、僕、侯爵家……だったよな?


「明日からは王太子殿下が登校されるのだもの」

 どこ吹く風のイサドラ。


「は、はい……」


「『穢れ』は出来る限り取り除いておかなくてはね」


「・・・・」



   ***



「こういう時、紳士は自分の上着を掛けてあげる物よ」


 花瓶を抱えたルカが洗面所に走り、イサドラ、ダミアン、そしてロッチと女の子、四人の教室。

 まだ緊張でカチコチのロッチは、イサドラの声に飛び上がった。


 そうだ、女の子が粉を被って床に座り込んだままだった。

 突然の処断劇に、自分より怯えてすっかり腰が抜けている。

 急いで上着を脱ぎ、匂いを確かめてから女の子に被せてやった。

「後回しになってごめん。君、大丈夫? 立てる? 掴まって」


「うん……」と呟いて女の子はヨロヨロと立ち上がるが、ロッチは喉が詰まった。

 制服のサイズが合っていないとは思っていたが、スカートもブカブカでウエストをピンで止めている。

 そのせいで変なギャザーが寄って、おまけに長過ぎて足首まで垂れている。

 他の女子のスカート丈は脛の中頃だ。これじゃ、孤児院云々いう前に目を付けられて当たり前だ。


 男爵家どうなってんだ? 

 王妃さまぁ、ちゃんとアフターケアしてやれよっ!


 ロッチが椅子に座らせた彼女の粉を払ってやっている間に、ルカが洗面所から戻った。

 何と、花瓶の他に、洗面用の桶に湯を張って運んで来た。

 そういえば洗面所には給湯器もあったっけ。ルカ、ナイス。

 最初ちょっと怖かったけれど、めっちゃ頭がまわって頼りになるな、彼。


 ホッと一安心したのも束の間、

 イサドラたちは、花瓶に花を挿し終えると「ご苦労様」と言って、さっさと教室を出て行ってしまった。



 ***



 一拍置いて、

 ルカは決心したように、イサドラとダミアンの二人を追い掛けた。


「フロレイン伯爵令嬢!」

「イサドラでいいわよ、なぁに?」

 校舎の出口あたり、逆光を銀の髪に映して振り向くイサドラ。


「あの子、こういう時は女子洗面所でケアしなきゃならないし、身だしなみに問題があるし、僕らでは行き届きません。その、今、イサドラ様が、ちょっとだけでも世話を焼いてあげる訳には行かないのですか?」


 ダミアンは(何を言い出すんだ!)という顔でギッと睨むが、それを柔りと制して、イサドラは答える。


「私が世話を焼いて完璧に仕上げてあげたとて、彼女にとってはただ上位の存在に施されただけ。何の進展にもならないわ」


「そんな……そ、そもそも、お二人が来て一瞬で解決してしまう力があったのなら、僕らなんか必要なかったのでは……」


「本当にそう思う?」

 イサドラは銀の瞳を細めて少年をじっと見た。

「今日サロンに呼んだ中で、マリサが一番適任だと判断したのがロッチよ。そしてアーサーは貴方を選んだ。私は両方とも正解だったと思うけれど?」

「それは……」


 ダミアンの視線が殺意を帯びて来たので、ルカは諦めて二人を外へ見送った。



 ルカが教室に戻ると、ロッチは湯を張った桶を机に置いて、女の子をうつ伏せに髪を濯いでやっていた。


「わゎ、すみません、自分でやります、すみません」

「いいからじっとして。もうちょい頭をこっち、傾けて、ここに粉が固まってる。酷いよなぁ、貴族がごめんな」

「そんな……」


「ロッチ!」

 ルカは慌てて走り寄った。

「その謝り方は駄目だ。貴族がみんな悪みたいじゃないか」

「この子にとってはそうだろ。いきなり常識の違う所に連れて来られて、訳も分からず迫害されて」


 初めてロッチに口答えされ、ルカは自分で思うよりショックを受けた。

(やっぱりさっき、庶子ってバレたから)

 どうせ噂になっているんだから、あんな女より先に自分からロッチに伝えればよかった……


「ひとつだけ、ここの常識を教えて貰ってもいいですか」

 女の子が桶にうつ伏せのまま、そっと口を開いた。


「いいよ、何でも聞いて」とロッチ。


「形見って、気持ちの悪い物なんですか」


「そ」

「そんな常識無いっ!」

 ロッチが答える前に、ルカが食い気味に叫んだ。

「君の大切な物を貶めて上に立った気分になりたいだけだ。あんな奴の口から垂れ流される言葉に意味なんか無い。貴族の言い掛かりをいちいちまともに受け取っていたら身が持たないぞ。犬に吠えられたぐらいに思っておけばいいんだ」


「ルカ、お前の方がよっぽど貴族に酷い事言ってるぞ……」

 ロッチの力の抜けた声にルカも苦笑して、やっと緊張が緩んだ。


「俺もあんな奴の声、犬の遠吠えにしか聞こえなかったンだけど」

「?」

「だからあの女の言った言葉なんかちっとも記憶に残ってないのっ」

「ああ……」


 ルカは息を吐いて、女の子の髪を濯いでいる最中のロッチに真っ直ぐ向いた。

「実は、僕ってば、庶子なんだ」

「へえ、そうなんだ!」

 ロッチは下を向いたまま明るく返事をする。


「下町で母さんと二人で暮らしてた。今は病気で、侯爵が入院させてくれている。この学園で結果を出して侯爵に認めさせて、大きな顔して堂々と会いに行くのが目標。

 誰にも頼らずひとりぼっちで僕を育ててくれた母さんを、世界一誇りに思っているんだ」

 最後は余分だと思ったが、

「すごいな、ルカは強くて優しくて、すごい奴だ」

 やはり下を向いたまま、ロッチは真っ直ぐな声で言ってくれた。


「はい終了、頭を上げていいよっ」


 手を離された女の子は、ハンカチで包んだ髪を絞りながら身を起こした。

 その目は怯えをすっかり落として穏やかに安心している。あ、何の気構えも要らない色だ、と思った。


 細かい事情はいちいち聞かなくていい。必要になった時に必要な事だけを聞けばいい。

 貴族でありながら貴族に微妙な距離感を持つ三人。

 三人の間に何かが芽生えたとすれば、きっとこの時だったと思う。




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