曾お祖母さんの話・Ⅱ
「今日は曾お祖母様、凄く沢山喋られたわ」
「そうね、聞いた事のない話も出て来たわ」
「リリィは聞き上手ね」
三人娘は立たせたままのルカとロッチに詫びて、椅子を勧めてお茶を淹れた。
「御老媼が占い師の一団に会われたのは、いつ位の話か?」
「十代の頃だと言っていたから七十年ほど昔かしら。とても良い思い出だったらしく、私たちよく聞かされていたの。だからリリィに会った時、その話をすぐに思い出したわ」
「曾お祖母様、嬉しそうだった。会ってくれてありがとうね、リリィ」
「リリィはクナ族の名を聞いた事はないの?」
「はい。初めて聞きました」
「リリィも勘が良かったりする?」
「いえいえ、私は鈍いです。でもこの髪の色が、そんな不思議な一族にルーツがあるかもしれないなんて、夢がありますね」
ロッチとルカは目配せして黙っていて、ダミアンは一言質問した後はひたすら書き物に没頭している。
「ダミアン様は立派な学者さんで、常に思考を巡らせておいでなのです」
「あ、あら、そうなの」
お茶会で見た事もない態度の殿方に戸惑っていたニーナたちは、リリィのフォローで肩を下ろした。
「そうそ、研究に没頭し始めると何も見えなくなるから、俺らは楽しくお茶会やろうぜ」
「まったくこんなだから彼女も出来ないんだ」
「聞こえているぞ、ルカ」
「何で僕の台詞にだけ噛み付いて来るんですかっ?」
女子三人に何故か大ウケして笑われた。
「ケーキは如何」とニーナが切り分ける。
「ダミアン様は婚約されていないのですか」
抜け目のないジヨアナ。
「そうですね、研究室にこもりがちなので出会いにも恵まれません」
突っ込むと後が怖いので口をつぐむルカ。
「僕は超常現象のような不可思議をきちんと定義付けようと、あらゆる角度から調べています」
「まあ、都市伝説研究家でいらっしゃるの?」
「クナ族の話は大層に興味深かったです」
「それでしたら、私、なるべく曾お祖母様と話して、新しい事を聞いたらお知らせしますわ。お手紙のやり取りを致しませんか?」
「あ、是非に。実家は手元に届くまで時間が掛かるので学園の研究室宛でお願いします」
なんか微妙に、びみょうぉ~~にズレているけれど、ま、いいか、放っとこう。
その後は図書室の話、灌漑の話、領内の産業や冬の手工芸などの無難な話をしてお茶会を終えた。
「貴族のお茶会っぽい……」とロッチが感動していたが、この中にお茶会慣れしてる人間いないからね。
帰る段、玄関まで見送ってくれる三人が、気配に振り向いて声を上げた。
「曾お祖母様!?」
何とそこにはショールを羽織った老夫人がゆらりと立っていた。
「え、どうやって」
「階段はどうされたの?」
「誰かがお連れしたの?」
驚いて支えようとする曾孫たちの間をゆらゆら歩いて、リリィに両手を伸ばす。
「ききりの神さま、行かないで」
リリィがサッと身を差し出して老夫人を支えた。
「貴女はもう神様をお持ちです」
「そうなの?」
「雪の中、扉を開けて招き入れ、暖かいパン粥を与えてくれた情け深い貴女に、三人の占い師は大層感謝をして、貴女の結婚が決まった時に再び会いに来て、神様を渡して行ったのです。
貴女の子も孫も、家族みな平和に健やかに生きられますようにとの祈りを込めて」
「そうなの、そうだったのね」
「そうだったんですよ」
「良かった」
「良かったですね」
老夫人は脱力し、また召し使いに抱き上げられて部屋へ戻って行った。
三人娘がリリィに寄る。
「ありがとうね、リリィ」
「本当にリリィは年寄りに話を合わせるのが上手ねぇ」
「私ちょっと感動しちゃった」
確かにソフィー夫人はじめ従業員全員高齢者のブルー男爵家に暮らすリリィは、年寄りの相手がとても上手い。
「さすがリリィだな」とロッチがおだて、来客たちは賑やかに暇した。
見えなくなるまで丁寧に見送る三人娘。
「そういえば雪の日にパン粥をふるまった話、ジヨアナがリリィに伝えたの?」
「え、ニーナが話したんだと思ってた。じゃあエイミ?」
「うぅん、私はパン粥の話なんか聞いた事ないもの」
「誰か他の従姉妹かしら? 曾お祖母様ったらいつも唐突に話し始めるから、聞いている娘は多いと思うわ」
「ねぇ、占い師さんが三人組だったのとか、最初に来たのが雪の日で、二回目が結婚が決まった時だったとかの具体的な話、私は初めて聞いたんだけれど、ニーナたちは?」
「…………」
「…………」




