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きよらかな王子さま  作者: しらら
ききりの神さま
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図書室・Ⅱ

 鼻息荒いルカに押され、よく分からないままに、ロッチは許可を取りに行ってくれた。


「今度は何事かの」と、翁の方からわざわざ覗きに来た。

「珍しい本があるのなら、別に許可を取らなくとも手紙に書くくらい構わぬと思うぞ」


「多分、『ふぅんそうなんだ』で済まされないと思います」

「ふむ?」


「写本を希望する者が押し掛けて来ると思います。僕がちょっと見ただけでそれが予測出来るんだから、専門の人が見たらもっと大きな事業になってしまうかもしれません」

「むう、我が家が面倒をこうむる、という事だな」

「学者さんって、一直線な人が多いから、絶対に迷惑をかけないって約束は出来ないんですよ」

 これはダミアンがいつも言っている事だ。


「では、我が家では『手紙に書くな、他所では言うな』という返事になってしまうが」

「……はい……」

「お主がわざわざ聞いて来たという事は、手紙に書きたいのだろう?」

「はい」

「ではわしを説き伏せてみよ」


 うう……

 何か昨日からノンストップで頭を使わされている気がする。


「奥へ足をお運び下さい」

「む? ここでは駄目なのか?」

「リリィが読書中です。邪魔になっちゃいます」


 むむぅ、と唸りながらも、翁は埃っぽい奥の書架へと着いて来てくれた。

 図書館ではないので棚と棚の間は狭く、身体の大きな翁は横向きに通らねばならない。


「ここまでは煤払いしたから大丈夫ですよ」

「掃除をしてくれたのか。それはご苦労だった」

「手紙を書いたらまた続きをやります。とにかくクモの巣だけでも早く払ってやりたいです」

「夕食後に夫人連中が誘いたがっておるようだが」

「手伝ってくれたら時間が出来ますよと伝えて下さい」

「…………」


「こことそっちの棚、まだ掃除に手を付けていないあっちの奥も、旧帝国の年鑑ですよね。経済、執政に関する毎年の報告書と貴族名簿。あとこの辺のファイル、中央から各貴族家に配布される新聞? のような物でしょうか。紙質が悪いから怖くて触れないんですが」

「ふむ、古い貴重な資料だという事は分かった」


「ここにしか存在しない物も多いんじゃないでしょうか」

「そうか? 印刷されて各貴族家に配られた物だろう?」

「帝国で政権が覆された時の焚書が執拗だったらしいです。糾弾された帝国貴族が隠滅の為焼いたのに始まり、小さい貴族は訳も分からぬまま巻き添えを恐れて焼き、新政権は権力誇示の為に広場に積み上げてやたら滅多に火を上げて、文化人苛めで内容も吟味せず書棚ごと焼いたり、印刷物ことごとく忌み呪物扱いで。

 事実、ローザリンド殿下が王族パワーを使っても、たった一冊の絵本を見付けられなかったらしいです。

 革命って良い事か悪い事か知りませんけれど、焼いちゃ駄目でしょ、失くしたらもう戻らない」


「なる程。政変前に王国に売り渡されたラツェット領には、焚書の命令が届かなかったという訳か」

「細かい事を気にしない大雑把な気質も功を奏したのではないでしょうか」


 ちょっと失礼を言われた気もするが、翁は呑み込んで、

「しかし、失敗した政治の足跡など価値がないのでは?」

 と聞いた。


「失敗にこそ深く学ばねばなりません。でないと同じ失敗をやらかしそうになっても気付けないじゃないですか。『あいつら馬鹿だった』で済ませちゃいけないんです。ちゃんと知ってあげなくては」

「む、うむ……」

「焚書して文化を失くしたお隣の共和国を見て下さいよ。ゼロから同じこと繰り返さなきゃならないんですよ」

「確かにな」


 帝国が自滅して大きな驚異は無くなった物の、山向こうの共和国はいつまでたっても治安が悪く、野盗や山賊が倒しても倒しても生み出されては山を越えて悪さをしに来る。


「我がラツェット家の書庫が貴重な資料の宝庫で、研究者に委ねて保存されるべき物だというのは、分かった」

「はい。刻一刻と経年劣化が進みますので、なるべく早くと進言させて頂きます」

「だがまだ説得を受け入れただけだ。手紙に書くのを許すかどうかは別だ」

「はい?」


「真意を話せ」

「……は」


「わしはお主がそういう『公共の福祉』だけを考えるタマだとは思っておらぬ。田舎親父だと侮られるのは面白くない」

「侮ってません、十分怖いです」

「では話せ」


 はぁ……とルカは息を吐いた。


「だいたい喋った通りですよ。ただ、学院の偉い学者さんたちに貸しを作って就職を有利にしたい、とはちょっと思いました。あとは」

「うむ」

「お世話になった家門の人に一番乗りで独占させてあげたいってのもありました」


「ふむ、期待通りのあざとさだ」

「お褒めに預かり……」

「何故褒められていると思う? 現伯爵と話し合うから結論は少し待て。灌漑の件だけ先に手紙を書いておけ」

「畏まりました」


 また書棚の間をカニ歩きで戻るラツェット翁。

 行きに比べて、棚の背表紙にも興味を示してくれている。


「しかしお主は存外読書家だったのだな。ロッチの手紙ではそこまで本に情熱があるとは思わなかった」

「貧乏人の平民で何も持たないので、せめて知識武装しておかねば、巨大権力相手にひと噛みも出来ません。学園の図書館は命綱です」

「そうか、なる程」



 話を終えて図書室の入り口に戻って来ると、召し使いが夕食を告げに来て、ロッチがリリィと立ち上がった所だった。


「ルカの渡してくれた帝国の辞書、言われた通り面白かったよ。俺も帝国語を選択してみようかな」

「ほほぉ、しかしもう廃れてしまう言語だろう?」

「共和国の一部地域ではまだ通じますし、こうして昔の書物を紐解く時に役立ちます」

「ふむ、確かにな」


 控えていたリリィが一歩踏み出してピョコンとお辞儀をした。

「ここにある絵本のほとんどは、昔お父さんが話してくれたお話でした。お陰で忘れていたような思い出を沢山思い出す事が出来ました。ありがとうございます。この図書室を保管して下さった事に心から感謝します」


 ラツェット翁は目を細めて、うむ、うむと、頬を緩ませ頷いた。


 よっしゃこれで保存の方向へ動いてくれそうだと手応えを感じたが、結局トドメはリリィの純粋な笑顔だったのが、何か悔しいルカだった。




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