無名な上に無知
「一寸前まで元気に喋っていたと思ったら、突然 力尽きたから驚いたぞ」
「ああ、ルカって結構そう。理屈並べてる時が一番生き生きしてるけど、調子に乗りすぎて、自分の身体の限界に気付かない」
――ひどい、ただ求められたから説明していただけなのに……
遠くに話し声が聞こえてそれに突っ込みながら意識を戻すと、窓辺のベッドに寝かされて、リリィにパタパタと顔を扇がれていた。
部屋の真ん中にはでっかい熊おじさんとロッチ。
「起きた? ルカ、これ俺の祖父ちゃん」
ああ、何か既視感はあったんだ……
髪色と眉毛の形おんなじ……
……なるほろ……
ロッチのお祖父ちゃん……
ラチェット前伯爵さま…………
……ぁああっ!?
跳ね起きるっ、世界が回る、クラクラクラ
「ルカ、まだ顔青いよ」
「使者だし、僕、使者だしっ」
ラツェット家の大長老の御前、使者の指輪を付けている身で寝ている訳に行かないっ。
ジーク様にレクチャーされた口上、その前に挨拶だ、熊と間違えた非礼のお詫びっ、順位、順番、ああ貴族めんどいっ。
「いいから寝ておれ」
片手でルカの背中を覆ってしまえる掌に体を支配され、赤ん坊をあやすように飲み物を与えられた。バブゥ。
「ガヴェインからの使者が剣のケの字も知らんこのような子供だとは。しかも騎士に対する何事も心得ておらぬ無知者」
はい、やっぱり気に障りますよね……
「しかしまぁ、騎士とは何ぞやとペラペラ講釈を垂れる輩よりはマシかもしれん」
コンコンとノックがされて、二人の騎士が髭まできっちり整えて、扉の向こうで敬礼している。制服の襟元をギチギチに締めているけれど、若い方は顔が土気色で苦しそう。
入室を許され、二人はルカにもしっかり礼を取って、それから部屋の真ん中に座す前伯爵にひざまずいた。
宿で一番広い部屋とはいえ、騎士三人の体積は圧迫感半端ない。
「さて、ロッチ」
「はい」
「お前は、街道の修復に騎士を連れ、最優先に駆け付けた。何故か?」
「へ? 当たり前だからです」
キョトンと応えるロッチ。
「そう、わしらのように国のドン詰まりを守る者にとって、退路を絶たれる事は死を意味する。であるから、普段から街道は最優先、時には騎士団を動員して保全しておる」
二人の騎士はハッと目を見開いた。
「報せを受け視察に来てみれば、既に落石はほぼ取り除かれ、居合わせた王都の二人の騎士が大層な働きをしてくれたという。是非礼を述べねばと思っておったのだが」
ルカはアチャアと目を閉じ、騎士二人は口を引き結んで俯く。
「ロッチや、お前は王都の騎士にとって地方の土木工事を手伝う事が、親兄弟に顔向け出来なくなるような物だなどと、知っておったのか?」
「えっ、そこまで? あんまりやる機会がないんだろうな位にしか思っていなかった。街場の人たちって、役割が分かれてて、自分の仕事以外はやらないって感じだから」
「うむ、わしらは名誉だ顔向けだの喚いても、誰も何ともしてくれんからなぁ」
うわあ~~……
騎士たちはますます肩身を狭く縮こまって行く。もうよしてあげて。
「リリィ、ごめん、起こして」
情けないけど一人で起きられない。
「ルカ……」
ごめんねリリィ、巻き込まれているのは君一人だよね。
だって何でこの部屋でこんな叱責を演じるかって、僕を安静にさせておく気なんか無いからだ。
よいしょっと頭をまっ直ぐにする。
うん、行けるな。
「む?」
ゆらゆらと歩いて来た子供が、自分と騎士たちの間に来て、対峙してひざまずいたので、老翁は口を閉じて彼の言葉を待った。
「ラツェット大伯爵閣下の御前お汚し失礼致します。ガヴェイン侯爵の命にて參じました使者にございます。配下の騎士の失態は主である私の責任」
「今更か」
「初対面で名乗り合わなかったのはお互い様です」
「では名乗れ」
「ルカ、と申します。家名はありません。何の身分も持たぬ者です」
「身分がないという事は平民ではないのか」
「自分ではそう思っております」
「平民を使者に立てたか」
「そうなりますね、何考えているんでしょうね、ガヴェイン閣下」
後ろの二人の騎士から怒気のオーラを感じるが、無視。
「無名な上に無知な者を使者に立てるのは、先方に対して無色透明、何の作為も押し付けもなく、ただ過去の良き関係を復活させたいだけという、他意無き誠意の証しでございます」
うっわ~~、言うわこいつ、って顔のロッチが横目に見える。
口八丁を期待したのはジーク様だよ。
「ふむ」
顎に手を当ててルカを覗き込むラツェット翁。
「先触れの書状には、使者名は『ランスロット・ガヴェイン』とあったぞ」
「はあああっ!?」
今度はルカが声を上げた。
「いつの書状ですか、違いますよ、間違いです、手違いです、僕はあそこんちに入った覚えはありません!」
「ルカ、大分前に出した書状だから先走っちゃっただけだよ、ジーク様。いいじゃん、ランスロット・ガヴェイン。カッコイイよ、羨ましいな」
「確かにカッコイイけど……、いや違う、駄目だって、アーサー様に簀巻きにされるぞ、そんな予定があったって事じゃん、アウト! オールアウト!
第一そんな強そうな名前、初対面でガッカリされること必至じゃないか」
「まぁそれは少しあった」
「ほらぁ」
「ではそなたはガヴェイン家の者ではないのだな」
「名目は『食客』になっております。確かにガヴェイン候子息ジーク様には、返しても返しきれない恩がございます。だからガヴェインの為に身を粉にする事は厭いませんが、家名を名乗るかどうかは別の話です」
ラツェット翁はまた「うむぅ」と唸り、それから座り直して、平伏する三人に、直って楽にして良いと促した。
「子供よ、いや使者殿か。何故そのように嫌がる? 平民が侯爵家に引き上げて貰えるのだぞ」
「ごめんですよっ、人助けして感謝されたのに、父兄に顔向け出来ないとかトンチンカンな事言ってなきゃならないんですよっ」
後ろの土気色の騎士が目を真ん丸に剥いた。
「騎士爵んちでそれなんだから侯爵家なんかもっと魔境ですよ。僕はもう嫌です、常に微笑みを浮かべていられるようになるまでギザギザ椅子に拘束とか水責めとか鞭打ちとか何の意味があるんですか二度と御免ですあんな世界。
僕はね、自力で学校を卒業して 平凡だけどクリーンな職場に就職して 謝肉祭に讃美歌唄って 嫁さんの焼いたパイで祝って 普通に笑っていられるような、そんな将来が目標なんです。貴族姓が必要な場面なんか何処にも無いです」
リリィが立って、赤い顔でユラユラ揺れるルカを、パタパタと扇ぎ始めた。
どうやら『理屈並べてる時が一番生き生きしてるけど、身体の限界に気付かない』状態であるようだ。
「最初に関わった家が偏った貴族認識を与えてしまったのだな……」
「俺もルカの親父さんとちょっとだけ話した事あるけど、まぁ、納得出来る人だったよ」
「何故抵抗しなかったのだ」と、後ろの若い騎士が呟いた。
ロッチが近寄って、小さい小さい声で、「人質とられてたの、病気のお母さん」と説明した。
「今、御母堂は?」と聞いたのは年長の方の騎士。
「いないよ。だから反動でこんなにハジケちゃってるんだ」
「ロッチ」
ルカの恨みがましい声で、ロッチは口をつぐんで自分の場所へ戻った。
「なる程な。無知無身分の使者という物は、存外に、様々な役割を果たすのかもしれぬ」
ラツェット翁が、何だか勝手に納得してくれた。
次の瞬間立ち上がってごつい手を突き出して来るのを、ルカは何故か横向きの視点で見ていた。




