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きよらかな王子さま  作者: しらら
ききりの神さま
46/89

夏の連休

二章開始です。

タイトルは『ききりの神さま』。

お楽しみ頂ければ幸いです。




   


「山! あの山、夏でも雪残ってるだろ! 兄貴たちと毎年ソリ滑りに行くんだ。てっぺんからズワア――っと」

 乗合馬車の広い窓から、(とび)色の髪のロッチが乗り出して叫ぶ。


「てっぺんから?」

「そ、あそこまでソリ担いで登って」

「どうやって止まるの?」

「止まる事を考えてたら滑り出せないだろ!」

「そ、そうかなぁ……」


「学生さんがた、そろそろ終点だよ」


 乗り合い馬車を下りると、景色は山と山に囲まれた峡谷で、川沿いの僅かな平地に木造家屋がへばり付くように密立し、谷の奥には白い煙がもうもうと上がっている。


「我が家はここから山一個越えた向こう側。いつもは馬で行くんだけれど、道は馬車でも通れるから、貸し馬車を出して貰う事になってる。さあ、今日の夕方には到着だよ」


「本当に遠くまで来たって気がするわ。こんなに山が近くてくっきり」

「リリィもルカも都会育ちだもんな」

「うゔ……」

「大丈夫? ルカ」

「ぢょっど、ずわりだい……」

「あっち、椅子があるよ」

「水、汲んで来る」


 試験明け連休。

 一ヶ月足らずの夏休みだが、ルカ、リリィ、ロッチの三人は、ロッチの実家目指して旅行中。

 夜行の路線馬車を乗り継いで、三泊四日の強行軍。ロッチにとっては当たり前だが、街っ子には厳しかったようで、ルカは馬車酔い真っ最中。


「リリィはタフだな」

「乗り物全般強いみたいです」

「みぢがわるずぎる……」

「帰りは宿を取り取り移動しようか」

「ぞごまでしなぐでも……」


 馬繋ぎ場の方から、場違いな騎士服の男性が二人歩いて来る。

「ご用はございますか」

「何か手配いたしますか」


「大丈夫でずっ、ぢょっど酔っただけですからっ」


 この二人は、贅沢にも、子供たちに付けられた護衛騎士。




 十二歳の子供三人(男爵令嬢入り)の長距離旅なんか、大人が許してくれる訳がない。王都を離れるにつれて安全度はどんどん低くなるのだ。


『そう? 俺、入学の時一人で来たよ?』

 キョトンと言うロッチ。

 入学申込みの手続きと二週間前の事前試験、そして入学時と、全部一人で往復したという。


 家族に蔑ろにされている訳でないのは普段のロッチを見ていても分かる。基準が違うだけ。

 隣国からの野盗と山賊と野性動物と自然災害だらけのフィールドを生活圏としているラツェット家にとって、国が管理する交通機関など危険と認識するに及ばないのだろう。


 一方、都会基準のブルー家。

『わたくしがお伴します』

 一番若いベティさんが進み出るも、どうせ途中でヘタレてリリィに介護されるだけだと、却下された。


『用心棒なんて俺がいれば十分じゃん』

 確かにロッチは下手な大人より強い。

『僕もそう思うけれど……』


『他所様の子供さんを当てにする訳に行かないわ。そうねえ……人を雇いましょうか』


 ブルー夫人がそんな事を言い出して、ルカは困った。

 保護者代わりの人間など雇ったら、全体の旅行費用が嵩む。

 自分は爵位の外れた庶民。何の予算の宛も無い。

 学費寮費は特待生制度がある事を教えて貰って胸を撫で下ろした物の、父に持たされた懐中時計を売った現金で、卒業までの文具費に足りるかどうかってライン。

 

 そりゃ、事情の分かっているブルー夫人やロッチとリリィは、「いらない」と言ってくれるだろう。だけれど、一事が万事そういう訳にも行かない。一度甘えるとずっと甘えてしまう。そんな事をやっていると、いずれ友達関係を失ってしまう。


 そこに別方面の問題(こちらの方が大きい)。ちょっとでも弱味を見せると『先行投資』と言う名目で構って来たがる上級生が手ぐすね引いているのだ。

 ダミアンがこそっと教えてくれたのだが、サロン五人中四人の家が、ルカの後見を水面下で争っているという。

『なんでっ!?』

 気を付けろと言われても何に気を付ければいいのか分からない。


 実は今回の馬車賃は、リリィの友達ケイト・ベペーが内緒で回してくれた裁縫仕事で賄った。本当にありがたかったのだが、今回限りにしておこうと思う。

 もうすでに、サロン上級生の何人かがベペー家に近付いている。これ以上関わらせたら、リリィの大切な友達まで巻き込んでしまう。

 

(適当な理由をつけて旅行を断った方がいいのかなぁ)

 とても残念だけれど、そう思い始めた。

 元々この旅は、リリィが、ロッチが子供の頃に見たという絵本を見たがったのが切っ掛けだ。ルカは一緒でなくとも支障は無い。

(自分の身では旅行そのものが贅沢。自由になれるのは、成人して自立してからなんだよな……)

 なんて諦観していると、ロッチに呼ばれ、普段無縁の剣術訓練場へ足を踏み入れた。


 待っていたのはジーク・ガヴェイン。

 サロンで唯一ルカにちょっかいを出していない家。騎士の家系だし、貧弱なルカはお呼びでないのだろう。ある意味一番安心出来る人だ。


『お前、うちの食客になれ』

『はい?』

『ジーク様、いきなりそれじゃ分かりませんよ』

『ガヴェイン侯爵家は、今後、ラツェット伯爵家と絆を深める方針だ』

『はあ……』


 大陸に戦が色濃かった時代、武に名を轟かせたラツェット家は、各騎士家からリスペクトを集めていた。ガヴェイン家に残された古い文献からも、交流の軌跡が伺える。

 ジークが新入生のロッチ・ラツェットと懇意になった機会に、交流を復活させて良い関係を築いちゃおうという計画。


『本当は俺とか従兄弟とかが使者に出向けばいいんだが、生憎(あいにく)一族全員夏の予定が埋まっている』

『……はぁ……』

『で、お前、ロッチと仲が良いんだから、我が家の食客って事にして、使者の役割を担ってくれ。得意の口八丁で何とでもなるだろ。家門も派閥も無い身軽な身の内に精々利用されておけ』

『酷い言い方ですね』

『うちの事業だから旅費その他に加えて、護衛の騎馬兵も二名出す』

『…………』


 ロッチの方を見ると、ニコニコしている。護衛騎馬と旅出来るのならソフィーおばあちゃんも安心。

 けど、騎士家の使者が剣のケの字も知らない胸板ペラい子供だなんて、こじつけにも程がある。

 見透かされお膳立てされで、何か悔しい。


『僕の事情を慮って頂けるのはとてもありがたいのですが、そうやってなし崩しにがんじがらめになって行くのが怖いんです』

『何が怖い、だいたいお前は何か知らんが好かれているんだから、ボワイエでもフロレインでも素直に寄り掛かってしまえば良かろうが』


『大貴族の、抵抗出来ない訳分かんない力が怖いんですよ。侯爵家に薬を嗅がされ簀巻きにされて拉致監禁された経験がありますので』

『うちが拉致監禁する時はそんな不細工な手口は使わん』

『するんじゃないですか、拉致監禁っ』

『イサドラが言ってたけど、本当に可愛くねぇな』


『ねえ、ルカ。ジーク様は援助にかこつけてルカを縛ったりしないよ。常々、我が家はあんな屁理屈モヤシは要らん! って吐き捨ててるし』


 ロッチのフォローになってないフォローを受けて、ジーク様の申し出はありがたく拝命する事にした。

 貸与された『狼にエーデルワイス』の家紋の指輪はカッコ良くてちょっとだけ嬉しい。大人しく、ガヴェイン家の食客としてのレクチャーも受けた。

 だってこれ以上抵抗しても事態をややこしくして行くだけだもん、きっと。

 

 案の定、このあとジーク様、サロンで他の四人に取り囲まれて、『抜け駆け!』『うちも用意していたのに!』『そういう方だったのですね』『見損なったよ』と糾弾されたらしい。




 で、冒頭の谷の街。

 場違いな騎士服の二人はガヴェイン家配下の騎士爵の息子。若いと思っていたら、まだ十六と十八の見習い騎士。経験も兼ねて手頃な任務に送り出されたって感じ。

 乗り合い馬車でほぼノンストップで移動する子供たちに合わせて、交代で馬を休ませながら着いて来た。

 ルカもリリィも騎士の扱いに戸惑っていたが、ロッチは慣れた感じで命令した。


『いかなる場合も女の子を最優先にして』

『こちらから助けを求めた時だけ助けて』

『俺らは宿に泊まらないから、貴方たちは交代できっちり休んで』


 聞いたら、騎士って、主から明確な命令がないと困るんだって。大変だな。


 騎馬の速度は、停留所でいちいち休憩する乗り合い馬車より早い。先行して休んでは小刻みに交代しながら三泊四日。休むと言ってもほぼ野営。お疲れさまです。



「ラツェット伯爵子息様のご一行ですか?」

 真ん中の大きな建物から、村長らしき男性が歩いて来た。

「山道に落石が見つかりまして、撤去するのに今日明日かかりそうです。本日はこちらに宿泊してお待ち頂けますでしょうか。宿を斡旋いたします」


「あ、そうなんだ。ご苦労です」

 ロッチはスックと立ち上がった。

「場所は何処です」


「街を出て谷沿いに二回曲がったあそこですよ」

「ああ、あのいっつも崩れてる所」

「土留めはしているんですけれどね」

「分かった、馬と道具貸して」

「はい?」

「手伝いに行く。手は幾つでもあった方がいいだろ」

「それは……恐れ入ります」

 男性はあっさり了承した。


「連れの二人を宿へ案内して。片方は具合悪くしているから、宜しく」

「畏まりました」

「じゃ、行きますよ」

「は?」

 騎士の二名は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になった。


「『助けて下さい』石運び」


「え……」

「災害復旧の土木工事なら、役所に申請して人員の派遣を……」


 ロッチは片方の口端だけ上げて笑った。


「そんなの、いつ来るの」



 ***



 谷の奥に白く立ち昇っていたのは温泉の湯煙で、谷は立派な湯治郷だった。

 ルカとリリィが案内された宿で、硫黄の匂いに包まれながら休んでいると、ほどなくロッチが戻って来た。


「一番大きい岩はどけたから、明朝には通れるよ。ルカ、具合は?」

「もうすっかりいいよ、ありがとう」

「ロッチもお疲れ様」

「なんの」


「騎士さんたちは?」

「同じ宿の、下の部屋。さすがジーク様に鍛えられてるだけあって、力強いね、あの人たち。大活躍だったよ、村のみんなも喜んでた」

 騎士二人は相当疲れた様子だったので、本日はもうゆっくり休んで下さいと、解散にしたらしい。二階に上がる前に厨房に寄って、ねぎらいに夕食に酒を付けておくよう頼んだとの事。


「ロッチ、本当、人を使うの慣れてるんだね」

「親父の真似しているだけだよ。弱腰な長になんか誰も着いて来てくれない。俺ら、いつでも先頭に立って最速で最適な判断をして、皆を安心させてあげなきゃならない」


 中央から、『子供に王都貴族の教育を受けさせろ』と勧告されていたラツェット家だが、一番貴族の矜持が凝縮されているんじゃないか、とルカは思った。


「まぁ俺、『判断が早すぎる』って怒られる事多いけど」





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