中庭の小芝居・Ⅱ(人物紹介・4)
<殿下のお心は既にブルー嬢にございますのよ。潔く身を引くべきですわ。低俗な意地悪などお見苦しくてよ>
「え?」
「え?」
「えええ?」
ツカツカと歩いて来た銀髪麗しい令嬢に、舞台の一同は止まった。
「イサドラ?」
マリサも、ぽかん。
<殿下のお心を繋ぎ止めておけなかった貴女の失態ですわ。いったい何年一緒にいらしたの?>
全部アドリブなのに迫力満載。
「本物の悪役令嬢……」
ケイト・べぺーが両手を胸で組んで、瞳をうるうるし始めた。
なんか怖いので男性陣は距離を取る。
「何年一緒にいたって、相手が分からなくなる時はあるわ……」
マリサ様が芝居に乗ってくれている?
舞台側の四人も頑張って先を続けた。
<あなたは完璧過ぎて、側にいると息苦しいのだ。わたしにはこのブルー嬢のように心癒される存在が……あ、逃げないで>
「あばばば」
(リリィ、頑張って、次の流れ大事)
(殿下、サクサク行っちゃいましょう)
<うむ。マリサ・カンタベリィ嬢、その上にあなたはもう一つの罪を重ねているね>
<そ、そうよそうよ、私、聞いちゃったんばばばば>
<義姉さん、僕は知ってしまったんだ。貴女がクーデターを目論んでいる事を>
(あ――あ、ルカにフォローされちゃった)
「クーデター……」
マリサが呆然と立ち尽くした。
グダグダな展開からいきなりの物騒な核心に、呑気に見物していた男性陣も不意を突かれた。
「べぺー嬢?」
「し、知らない、私、こんな台詞書いてない……」
怯えて真っ青な顔は、嘘は言っていない。
<現王太子に対抗して別な者を立てて推そうとする所業、クーデター以外の何物でもない。たとえ雑談の中だとしても捨て置く訳には行かぬ。これは反逆だ。何か反論はあるか>
「…………」
マリサのグッと詰まる様子を、周囲の者は初めて見た。
ダミアンは背筋を冷やした。
そう、自分にとっては「またマリサが言ってる」程度だったが、王太子に言わせれば不快極まりない話じゃないか。
アーサーに全くその気がない事を伝えるだけじゃ足りなかった、ルカにきっちり口止めしておかなければならなかったんだ。
視界の端に銀が光って、舞台の隅にいたイサドラが中央へ進み出た。
マリサを庇うように殿下と対峙し、深々と礼を取った。
<申し開きの機会を頂きとう存じます>
マリサも慌ててスカートを広げて腰を落とした。
<聞こう。直ってよい>
アドリブ対応に強い殿下。
<マリサはただ、パズルを組み直したかっただけなのでございます>
<パズルを>
<はい、どうしても想い人に届かぬパズル。
仕方がありません。前王の姉が降嫁したカンタベリィ公爵家と、やはり王家の筋の想い人。血が近い上に双方優秀で家にとって重要な手駒であり、縁談からは真っ先に除外されるお互いだったのです。
しかして唯一の例外を見付けてしまいました。どちらかがパズルの外へ……王位に付いた時にだけ、その法則は崩れるのだと。
それを、想い人に、気付いて欲しかった、だけなのです>
外野の男性陣は揺れた。
「え、ええ?」
「ちょ、まっ……嘘だろ、あのマリサが、それだけの為にあんな屁理屈を捏ねて、俺らを振り回していたのか?」
「芝居ですよね? これ、お芝居ですよね?」
焦った声音を出しつつも、両手を頬に当てて何だか嬉しそうなケイト・べぺー。
対して王太子側の役者たちは、動揺した素振りを見せず台詞を続ける。
<ははん、義姉さんは普段完璧なくせに、自分の事となるとてんで抜けているんだ>
<うん、自分の気持ちに素直になっとけばいいのに、『捻り過ぎて元分からん』になっているん……デスぞっ>
<それだけの為に、反逆罪とも取られかねない言動を重ねていたのか?>
「『それだけの為』……と、仰いますか……」
静かに呟いて俯くマリサ。
足元がパタリパタリと音を立て、丸い雫が靴を濡らす。
(ぇ)
(泣いた!)
(泣くの?)
(あわわわ)
(誰か何とかしてくれ)
(マリサって泣くんだ)
(泣くのは反則だろ……)
(尊い!)
イサドラが大切な従姉妹の肩をそっと抱き締める。
<まったく、愛だの恋だのこの世から消えて無くなってしまえばいいのよ。そうすればマリサはこんなに苦しまなくて済むのに>




