表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きよらかな王子さま  作者: しらら
きよらかな王子さま
37/89

ロッチに起った事




 時は数日前、ルカがロッチの見舞いに行った翌々日に遡る。


 王宮の正面玄関。

 今、停車した馬車から下り、緊張して見上げるロッチ。

 王太子侍従のテオの案内で、玄関ホールに入る。


 広い王城の手前は、立派な大人が規則正しく行き交うお役所部分のエントランス。

 王様たちが住むのはこのずっと奥で、殿下は離れの離宮って所に住んでいるらしい。

「毎日登校するのに家から出るだけでも大変そう」

「王族専用の門と馬車道は別にございます」

「じゃあなんでこっちから入ったの? 殿下の呼び出しで来たんだよね?」

「ロッチ様に面会希望の方がいらっしゃいまして、時間は取らせないと仰るので先に案内させて頂きます」

 誰だよ、お役人なんかあんまり近付きたくないよ……


 ホールを歩いていると、役所の髭生やしたおじさんたちが脇によけて挨拶してくれる。

「テオさん偉いの?」

「王族に仕える白を着ているからです。中身は誰でも、皆様、この衣装に敬意を払って下さるのです」

「へえ……」

 謙虚だな、テオさん。


「お連れしました」

 見上げるように縦に長い両開きの扉が開かれると、一段階身綺麗な人たちが上品に事務仕事をしている。奥にブルーさんちの食卓ぐらい大きな机があって 襟にも袖にもモール一杯のおじさんが座っている。とっても見覚えのあるキンキラキンの金髪。


「いつも息子が君の話をしている。一度会いたいと思っていたのだ。怪我の具合は如何かな」


 はい、アーサー様のお父さん、王弟ストラスフォード大公きましたっ。



「俺……僕にどんなご用でしょう」

 初めてサロンを訪れたのと同じ台詞が出た。


 豪華金髪のストラスフォード大公と、その義兄(奥さんの兄)である銀総髪のペリノア宰相まで現れた。血縁はない筈なのに雰囲気が似ている。獲物を捕らえたら離さないぞってオーラ。

 別室の応接セットで偉い人がダブルで差し向かい。助けて。

(ルカじゃあるまいし貴族の受け答えなんか出来ないよ)


「固くならなくていい。ローザリンド殿下にお呼ばれしているのだろう? その前にお茶一杯の時間だけ付き合ってくれたまえ」

『くれたまえ』って言い方アーサー様とおんなじ。


「可愛い甥っ子が元気を失くしていてね」


 ああそうだよね。王太子殿下、橋崩落以来、謹慎になってる俺たちと同じに登校出来ていない。


「元気付けてやりたいが、何に対してあそこまで落ち込まれていらっしゃるのか、話して下さらない」

「ズバリ教えてくれないか」

 知らないよ。


「……大好きな学校へ行けていないからじゃないですか?」

「それはこちらにも分かっている。他には?」

 消去法なら最初から分かっている部分は提示してよ。


「王妃様にこってり叱られたから?」

「それも分かっている」

「製作途中の二輪馬車が分解してしまったから」

「まぁそれもあるだろう」

 ああもおっ、早く殿下に会いに行きたいのに。


「自分の怪我が軽かったからじゃないでしょかね」

「何だそれは」

「友達の方が重い怪我したから落ち込むってあるでしょ」

「そうなのか」

「事実、ひとり無傷だった奴が、今、一番どん底に沈んでますから」

「確かにそれは嫌かもしれぬな」


 納得してくれたかな。

「じゃそろそろ……」

 勝手に立とうとして、慌てたテオに止められた。

 偉いさん二人苦笑い。


「ではどうしたら殿下をお慰めする事が出来るだろうか。殿下の望むものをお与えしてみるのはどうかと思っているのだが」


 ええ、まだ続くの……?

 そもそも叔父さんなんでしょ、俺より長く殿下と一緒にいるんでしょ? 


「最新の模型キットなど献上されては如何でしょう?」


「甥は、既製品には興味を示さないのだ。いつも自分で部品から制作している」

「昔、橋の測量に興味を持たれて下街キレットへお連れしたあたりから、ご自身でお勉強され、設計図から引かれるようになったのですよ」


 ふぅん

 殿下の事、上っ面だけではなく、ちゃんと把握しておられるのね。

 そう、殿下の模型作りの拘りは、近くで共同作業しているロッチが一番よく知っている。

 いい加減な物は作らない。あくまで現実に則して正確に作る。

 ……まるで神様が箱庭を作る訓練をしているように。



「その、殿下の友人の事なのだが……」

 初めて向こう主体で切り出された。これから本題か。貴族まわりくどい。


「女子生徒もいるよね、リリシア・ブルー男爵令嬢。どんな娘さんかな」


 あ、そっちですか。


「ただ、素直で賢くて可愛いくて料理が上手いだけの、普通の子ですよ」

「殿下の初恋の君だと聞いた。十歳の時に下町で会ったと」

「ああ、あれリリィの事だったんだ」

「初恋の君を助ける時に活躍出来なかった事が、今落ち込んでおられる一番の原因だと我々は予測しているのだが、どうだろうか」


 へえ……

「それ、気付きませんでした。俺なんかに尋ねなくても知っておられるじゃありませんか。でも殿下も大活躍だったと思いますよ」

 それはおべっかではなく本当で、馬車も馬も入れない狭路地を、迷う事なく走り抜け、一発で橋の前に辿り着いたのだ。しかも手綱を持って行くと言って躊躇なく切り離したのも殿下。

 あの勘はやんごとなき方特有の物だろうか、ダミアン様はそっちも研究すればいいと思う。


 二人の大人は読めない表情になった。


「その娘が『魔法』を使ったと聞いている」


 ロッチが動揺して揺れるのがテオにも分かった。つくづく貴族を演じられない伯爵令息。


「ま、魔法じゃないですよ。リリィのは…… ただの……」


 無表情だった二人が口端を上げて微笑んだ。

「身構えなくていい。我々はそちらについて言及するつもりはない。ペリノアは八年前に『あの現場』に居合わせ、聞いても無駄である事は体験している」


「…………」


「それより、今現在とこれからの事を考えたいのだ。我々は殿下に、『望むものをお与え』したい。だが相手の身分が不都合だ」

「…………」

「単純に考えられるのは、高位の爵家に養女に入れる事だが」

「リリィはブルー家から離れたがりませんよ」


 ロッチはギッと睨んだが、二人は涼しく受け流した。


「だから君の家ならどうだろう」

「へ?」

「仲良しの君の家に籍を移すのなら、リリシア嬢も抵抗がないのではないか。そして街邸をブルー家に据えれば彼女やブルー家にとって何も変わらない」

「…………」

「なかなか素晴らしいアイデアだと思わないか?」


「……うち、伯爵家って言っても馬鹿にされまくりの、限りなくドン尻の家ですよ……」

「中身はそうではないだろう。国境を立派に守ってくれている。ラツェット前伯爵も現伯爵も、勇猛果敢で立派な人物だ。きちんと調べてあるよ」

「…………」

「まだ原案段階だが、『辺境伯』の称号を与える事を考えている。それなら王太子のお相手の実家として申し分ない」



「っっざっけんなっ!!」


 いきなり少年が音を立てて立ち上がったので、ボケッと聞いていたテオは心臓が止まりそうになった。

 二人の大人は多少眉根を動かしただけで動じていない。

 即座に部屋の隅と扉の向こうから警備兵がなだれ込み、少年を押さえた。


「手荒は止めなさい。こちらが言葉を誤った」


 大公の言葉に、十何本の腕に押さえられていた少年は放されたが、怯まず二人の大人を睨み上げた。


「あんたらリリィを手元に欲しいだけだろ! 王族に女の子与える踏み台に称号くれてやるって、そんなの家に持ち帰ったら祖父ちゃんと親父に八つ裂きにされるわっ!! うちは騎士家だっ、武功以外の褒称はいらんっ!!」


 同じく騎士家であろう警護兵たちはそれぞれに複雑な表情をした。目を見開く者もいれば口を歪めて首を振る者もいる。


「ロッチ」


 清涼な風みたいな声がして、入り口に白い殿下が立っていた。

「待ちくたびれて迎えに来てしまった。手紙をありがとう。なる程わたしも引き籠っていられないね」


「リンド殿下ぁ~~」


「叔父上、宰相閣下、わたしはわたしの友人に対して何の変化も望んでいない」


 二人の大人は胸に手を当てて「御意に」と礼をした。

 真っ黒い金狐と銀狐だ。


「ロッチ、話は終わったのかい?」

「もう話す事は無いです」

「では叔父上、ラツェット卿をお連れしても宜しいか」


「御意に」

 狐め~~


「行こう、テオ、先導を」

 兵に扉を開かれて、去り際に白い殿下、振り向いた。プラチナブロンドの睫毛をフサフサ揺らして、

「わたしの色事を心配して下さるのはありがたいが、ご自身の子息からも目を離されぬ方が宜しいかと」

 とかましてくれたら、キンキラキンの金髪の下の目がちょっと動揺した。ざまみろ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ