きよらにひかれる
当事者たちには長く感じたが、実際は突風のように一瞬な、一連の出来事だった。
殿下もダミアンも手がボロボロだ。
ジークも木の破片が手足に刺さったままなのを、リリィが慌てて抜いている。
歯を食い縛ったルカたちだったが、結局ジークは、ポコ(ルカ)、ポコ(ロッチ)、ぺコ(リリィ)、ボカン(ダミアン)と頭を小突いただけだった。
「ホウレンソウだ、報連相! 今後怠るな!」
「ハイ……」
「わたしも同じに罰して欲しい」
「殿下は王妃様にお任せします」
「う……」
「それで、今のは何だったんだ? 何が起こった?」
ダミアンは、一人だけ本気で殴られたのを物ともせず、瞳をギラつかせてリリィに突進した。
「君か? お願いだ頼む、教えてくれ! 人が来る前に、ここにいる者にだけ、頼む!」
掴み掛かりそうな勢いだ。
「ダミアン、ちょっと落ち着け」
ジークが襟首を掴んで引っ剥がした。
リリィの父親の事は、リリィにも殿下にも知らせない方針だった筈。
「俺は背中を向けていたから見ていないんだが、結局どうなったんだ?」
「ガヴェイン卿がロープを掴んだ瞬間、手に食い込んでいた圧がフィッと消えて、三人が飛んで来たのだ」
「むぅ、飛んで来たお前らは?」
「俺もまったく分かんない。急に水の中みたいにフワッと浮いて、空が回って放り上げられた。怪力の人が助けに来てくれたのかなとも思ったけど、それにしてはロープの締め付けが無くなったんだよな。本当に体重が消えたみたいだった」
「リリィ! それ何!?」
ルカが叫んで、皆が注目する。
リリィの胸元が、薄く光っているのだ。
「へ? ああ、お父さんの聖書」
リリィは何でもない事のように、懐から小さな聖書を取り出した。
制服を改造した時にルカが作ってあげた内ポケットに、常に収めてある。
「光ってる……」
「光ってる? どこが?」
「う――ん、うっすら白っぽい気もするが?」
「俺には普通の聖書にしか見えない」
「うむ、まばゆい燐光を放っている」
「どうして僕には見えないんだっ!?」
「そっか、きっとこれのお陰です」
リリィがキョンと言う。
「どういう事!?」
「これを持っていると、清らかな物に引かれて、そうじゃない物には反発するそうです。お父さんがそう言って、肌身離さず持っているようにって、亡くなる直前に渡してくれました。
五つで独りぼっちになる私の身が心配だったのでしょうね。でもこんなに凄い力で引っ張られたのは初めてです」
飄々と語るリリィに、一同茫然と聞き入る。
「魔法グッズ……ホンモノの、人知を越えた、超常力の道具……」
ダミアンがワナワナ震えながら手を伸ばす。
「こらダミィ、あんまり暴走するとサロンを放逐されるぞ」
「だってだって、これを研究して論文にすれば、家門の名誉が……!」
「聖書自体は普通の聖書です。調べても何も分からないと思いますよ」
「でもぉ……」
「私たちを放り上げるような、凄い魔法を使ったのは、ロープを握ってくれていた皆様です」
「まさか?」
「言いましたでしょう? 清らかな力に引っ張られるのです。聖書だけでは何も起こりません」
「…………」
全員ヘトヘトだし、大なり小なり怪我しているし、ここへ来て禅問答みたいなのが始まっても、考える体力が残っていなかった。
「俺さ」
ロッチがポソッと口を開いた。
「な――んか、ジーク様に向かって飛んでった気がするんだよなぁ」
「あ、僕にもそう見えた」
「わたしもそう思った。ガヴェイン卿に向かって一直線であった」
「じゃ、清らかパワーはジーク様?」
「やめろ」
「ありがとうございました。清らかのチャンピオンですね」
「凄いね、ガヴェイン卿」
「研究に協力して下さい」
「やめろやめろやめ――いっ!」
「ジーク様、ありがとうございました。本当に……」
最後にルカが静かに礼を言い、ジークが鼻の下をこすった所で、周囲住民と王太子の近衛が駆け付け、大分遅れてハサウェイ候爵一行が現れた。
***
僕は、ハサウェイ侯爵家には戻りません。
今ので死んだんで籍抜いて下さい。
この一年二ヶ月、貴方に投資して頂いたお金は、働けるようになったら少しずつ返したいと思っています。
そう思ってなるべく使わないようにしていました。
いいえ
違います
そうじゃありません
だから
最後ぐらい、貴族の大人らしく
最後ぐらい、幻滅させないで下さいよ。




