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きよらかな王子さま  作者: しらら
きよらかな王子さま
32/89

繋いだ手・Ⅱ




 ――あ――あ…… 思いっきり毒をぶちまけちゃった。

 僕もう、消し炭だよ、

 まっ黒クロだよ


 ――ルカは清らかだよ。だって私は清い物にしか触れていられないもの


 ――なにそれ


 ――お父さんの聖書が







 ――――バシィッ!!


 思いきり左手が引っ張られる。

 放そうとした手をリリィが離してくれなかった。

 足の下には何もなく、ルカはただリリィの小さい右手にぶら下がっている。


 さっきまで立っていた欄干がギシギシと橋から剥がれて行き、リリィは反対の左身で、息を詰まらせながらそれにすがり付いている。

 朽ちた部品が足下の彼方へ落ちて行く。


 橋は半分が無くなっていた。

 ボロ橋にとどめをさしたハサウェイ公爵の六人の(しもべ)は、全員無事で、向こう側の崖縁に這い上がって腰を抜かしている。


「離して、リリィ、一緒に落ちちゃう」

「やだ」

「母さんが居ないんだ。もう頑張らなくていいんだ、だから離し……」



阿呆(アホ)ォ! 離すなしっかり掴んでろ!!」


 野太い声が響いて、ジークの逞しい腕が伸びて来た。

 崩れかけの橋に腹這いになって、リリィの胴体に腕を回して、背筋と腹筋で二人一気に引き上げようとしている。


 しかし肝心の床板が、

 メキッ、バキバキバキ

「うあ、」

 リリィの乗っかっていた部分が落ちて、完全にジークの腕にぶら下がる形になってしまった。

 そこかしこに亀裂が入り、どこにも力の掛けられない危うい状況で、橋全体がユラユラ揺れている。まずい。


 リリィの握力が失せ、ルカは一度握りかけた指をまた離した。

(リリィ一人なら引き上げて貰える)

 体重に任せて手が滑り落ちる。


(こんなに高いんだもの。きっと痛いと思う暇もない)



「だああああ――――!!」


 ジークの後ろから空中に身を踊らせる長身はロッチ。

 今まさにリリィの手から離れようとしているルカの所まで落ちて、身体をガッシリ掴んだ。と同時にガクンと止まる。

 二輪馬車の長手綱や馬具を繋いでロープにし、身体に巻き付けているのだ。

 ロープの端は欄干に引っ掛け、殿下とダミアンが必死の形相で引いている。

「あぅう・・」

「重い・・」


「よっ、ルカ、おひさ」

「ロッ……チ」

「引き上げて――」


「う、動けない・・」

「肉体労働に向いていないんだ、僕は」


 ロープを掛けた欄干だって無事じゃなさそうで、ギシギシと嫌な音を立てている。

 殿下とダミアンは慌てて引こうとするが、力が全然足りていない。


「ダミィ、もう一か所何処かに引っ掛けて力を分散しろ!」

「そんな余裕無いですぅ」

「だったら、死ぬ気で引けえぇ!!」

「うぎいいいい!」

「殿下だけは逃げろ! 安全な所へ!」

「出来ない! そんな事出来ない!」

「あああ、もお、クソッタレ!!」


 ジークは自分のやるべき事に切り替えねばならなかった。


「おい、小僧ども、今から娘の身体を離す」

「ええ……」

「お前らが受け止めろ。俺はロープを引き上げる方に回る。このままだと全員落ちる。俺は殿下を最優先で護らにゃならん。分かれ」


「そんなあ」

 二人がぶら下がっているのはリリィの真下ではない。

 リリィの方が先に肝を固めた。

「飛びます。一度だけ反動を付けさせて下さい」

「おう」


 リリィが大きく足を振った。

「行きます、・・えいっ!」

「ちょっリリィ!」

「思いきり良すぎ・・ぐふ!」


 リリィは見事にロッチにしがみ付き、三人抱き合って、ミノムシみたいにロープにぶら下がった。

 ロッチの胴に回した手綱に、三人分の体重が食い込む。


「ギュウ、俺、千切れちゃぶぶ」

 ルカは慌ててロープを掴んで、体重をそちらへ分けた。リリィも真似をした。


「頑張れ」


 身軽になったジークは、そろりと這って、ロープを持つダミアンと王太子の元へ移動する。

 今リリィが飛んだ衝撃で、更に橋の部品が落ちて無くなっている。

 二人の立つ場所はまだ橋桁が健在だが、荷重が増えた事でロープ先の欄干が今まさに折れようとしている。それでも必死にロープを支える二人。王太子はともかくあのダミアンが、みじんも諦めてくれる様子が無い。

 急いで、慎重に、早く――


 ――ミシ、メリメリ


 腐食した床板がたわんだ。


(駄目か……)


 やるべき事…… 殿下を体当たりで安全な場所まで突き飛ばし、出来ればダミアンも逃がし、それが終わってまだ余裕があれば、ロープを掴んで三人を引き上げる。


(……三つ目はおそらく無理だ)


 分かっている、やるべき事、優先順位、生まれ持った家系、幼い頃から刷り込まれた騎士の責務。

 ・・何でこんなに躊躇してしまう!


 ――メキッ ・・欄干が折れる!


「クソッタレエェ――――!!」


 イチかバチか、床板を踏み抜きながら全力で突進した。

 途中でロープを両手で掴み、引きずられる二人に体当たりしてまとめて橋の外まで突き飛ば……


「!!??」


 何でロープが軽い??


 肩透かしを食らった勢いのまま、三人まとめて橋の出口まで転がって行った。

 今の振動で、橋の残っていた大部分が崩れて落ちて行く。


(離しやがったのか? ロープを、馬鹿野郎、あいつら・・!!)


 茫然とするジークの正面で、仰向けに転がった王太子とダミアンが、別の感情で呆然と口を開けている。


 視線を辿って振り返ると、ロープに繋がって抱き合ったままの三人が、橋の瓦礫の向こうから、まるで軽々と、ボールのように飛んで来て、ジークの上にボフッと落ちた。

「ぎゃっ」

 しかし三人分の体重には感じなかった。


「うう……」

「痛ぁ……」

「ロープ、ロープ緩めて。息が止まるっ」


 ジークが慌ててナイフを出して、ロッチの脇の下に食い込んだ革手綱を切ってやった。

 所々衣服が破れて血が滲んでいる。


「骨、大丈夫か?」

「うぅ……まだ分かんない」

「胸板鍛えてといて良かったろ」

「うぃ……」

(声が出せるんなら大丈夫だ)


「さてお前ら、一発ずつ殴らせろ」



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