夕暮れのボロ橋
本日は三本投稿でした
夕暮れの、貧民街の外れ、すれ違うのがやっとの幅のボロ橋の欄干に、ルカとリリィは手を繋いで腰掛けていた。
下は川ではなく、底の知れない大昔の亀裂。
「ここ、静かだね」
「あっちに大きい橋が出来たからね」
離れた広い敷地に、新しい丈夫そうな橋が建っている。一年ほど前に完成したらしい。
「この街に来た最初の記憶がこのボロ橋だった。雑貨屋の女将さんに声掛けられて、『お子さん可愛らしいわね、女の子?』って質問に、『はい、今年五歳の女の子です』って母さん。僕は(えっ?)って混乱したのを、凄く覚えてる」
「ルカ、女の子だったの?」
「まさか、男だよ。でもそれからずっと女の子の服着せられて、髪切るのも許して貰えなくて、嫌だったけど、『見付かると殺される』って、母さんが怯えてたから」
「殺さ……」
「実際、侯爵家に一年近く住んで理解したよ。ああ、この人たちなら毒盛るくらい平気でするよな、って。
この下街に来る前も、何回か見付かりそうになって、刃物で襲われた事もあったって。蛇より執念深い。
なんで何十年も一緒に暮らしてる侯爵には分かんないんだろ」
「……見たい物しか見えないからじゃないかな……」
「そっか、やっぱりリリィ、賢いよなぁ」
教会の鐘が鳴った。子供はおうちに帰る時間。
二人は夕陽に照らされながら、そこを動かなかった。
「毒って、ずっと身体の中に残るんだよ。それでどんどん指が動かなくなって。僕が教わりながら洋裁の仕事をするようになった。
仕上がりは誉めて貰えたし、届けると新しい注文も貰えて、母さんの薬を買う事も出来て、順調だったんだ。
母さんは身体を痛がる事もなくなって、春になって暖かくなったら、何もかも良くなる筈だったんだ」
「うん……」
リリィは、頷く事しか出来なかった。
凍える部屋でひと冬ひとり、いつ亡くなったかも分からない母親とともに発見された『女の子』の話を、雑貨屋の女将さんから聞いていた。母親の枕元には新しい薬袋が大量に重ねられていたという。
その部屋は、さすがに嫌がられたか取り壊されて、今は廊下のどん詰まりになっている。




