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きよらかな王子さま  作者: しらら
きよらかな王子さま
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サロン・Ⅱ


 

「以上です」


 マリサが書類から目を上げた。


「きよらかな王子さま……」

 お伽噺から囁かれている王太子の渾名を真ん中の子が呟いて、また周囲に睨まれた。

 丸テーブルの新入生たちは、清らか清らかと頭で反芻しながら困っている。

 自分が穢れていると思う者は近寄らない方がいいの? そもそも穢れているってどういうレベル? 何が基準?


 これまで王太子は、公の席にほとんど姿を現さず、子供同士の交流さえ行われていない。

 普通なら学園に入る前に、側近候補ぐらいは決まっている物なのだ。

 どれだけ外界に触れさせないよう育てられていたのか。

(その王子さまが学校に通う……)


「そういう訳で、王太子の周辺は『清らか』で満たしていなければならない。心得ておくよう」


「わ、分かりませんよ」

 また真ん中の子が吐く。今度は周囲の子も同等な気持ちなようで、一緒になって縋るような目で正面のサロンメンバーを見る。


「このサロンは治療師様の言葉を信じている前提に成立しています。今のお伽噺を信じる事が、第一歩なのですよ」

 マリサが教会の牧師みたいな台詞を言う。


「そんなに難しく考えなくていいんだけどね」

「ジークの簡単な頭なら簡単でしょうね」

「酷い、イサドラが苛める、助けてマリサ」

「貴方たち、ふざけているとお茶を溢すわよ」


 やはり軽い感じで戯れるサロンメンバー。何処まで本音で何処からが見せ掛けなのか分からない。


「さてさて」

 アーサーが微笑みを二割増しにする。

「以上を踏まえて、サロンメンバーを募りたい。まずは立候補して貰えるかな」


 ええっ!? このタイミングで募るんですか?

 新入生たちは固まった。 


「お試し期間があって、不適正と判断したら申し訳ないけれどお断りする場合もある。まぁ、君たちは書類審査は通っているから、余程の事がない限りお断りにはならないだろうけれど」


 え? え?

 結局、王太子にはどう接すればいいの?

 確かにサロンに入ってこの人たちと肩を並べることに憧れた。

 でもそこに見えないハードルがある。

 サロンメンバーになれば、クラスメイトとして王太子に接する義務が生じるだろう。相手は王族、しくじったら一巻の終わり、知りませんでしたじゃ済まされない。

 でもでも、サロンメンバーになれたら家族が喜ぶ・・


 新入生たちの青い顔に気付かないように、飄々と続けるアーサー。


「はい、もう一度聞くよ。希望者は挙手を……」


「あの!!」


 今までと違う声が響いた。

 一番右端、ヒョロリと痩せぎすで、そばかすが星雲みたいな、冴えない感じの少年だ。

「発言の、許可を、頂け、ますか」


「どうぞ」


「うちは、田舎の伯爵家です。多分伯爵家としてはビリッケツの。正直、今日ここへ呼ばれた事にビビってます。親父……父もきっと予測していなかったと思うので、立候補は、家族に手紙で相談してからでもいいですか」


 訛りのある田舎言葉に、周囲の新入生から失笑が上がる。


「勿論」

 アーサーは目を細めた。

「慎重なのは悪い事ではない。他にも保留にしたい者はいるか?」


 即決しなくてもいいと許されて、新入生は我も我もと手を挙げた。


「了解した。では各自持ち帰って家内で相談するよう。返事は今週中に」


 新入生たちはやっと解放されて、脱力して隣の者と声を掛け合いながら、サロンを後にする。



 ***



「立候補する奴、いるかな」

「ジークはどう思うのよ」

「見込みのある奴はいたけれど、来てくれるかどうか」

「あの真ん中の子?」

「まさか」

「本人は鶏口のつもりだろうけれど、クチバシが柔らか過ぎる」


「ぶっちゃけ分かんないよな、『清らか』だの『穢れ』だの言われたって」

「我々がそれを口にする訳には行かないからね」

「新入生の子たち、泣きそうな顔になっていたわよ」

「運が悪いわね、今年の子。可哀想に」


「まぁでも、あの方にいきなり会ってしまうよりは、脅しでもワンクッションあった方が良かろう」


「マリサ、こっそり手紙を渡してただろ」

「あれは……例の『案件』に適任かと思ったから」

「あっ、それはそうね、さすがマリサ」


「まったく今年は王太子殿下がご入学されるというのにサロンは人手不足、おまけに新たな『案件』まで持ち上がっているんですから」

「頑張って調整してくれ、ダミィ」

「アーサー様が言うからやりますけどね……はぁ、また研究の時間が減ってしまう」


 この二年生書記のダミアン。入学前から学園始まって以来の天才という鳴物入りで、一応宮中から声が掛かったが、ほとんどの者は彼がサロンへの入会を断ると思っていた。

 何せ彼の家は代々の御殿医で、お伽噺の現場に居合わせて役に立てなかった父と祖父は、解任にこそならなかった物の、未だ不名誉な陰口を被っている。

 そんな彼がサロンに入る気になった心境は誰にも分からないが、今の所極めて優秀でとても役に立ってくれている。


 そうこうと、サロンメンバーたちが、初日の感想を述べ合っている所に、コンコンとノックの音が響いた。





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