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きよらかな王子さま  作者: しらら
きよらかな王子さま
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二輪馬車

 



 王室の紋章の着いた馬車でそんな住所になんか行けませんと、この時ばかりは侍従が決死の形相で抵抗した。

 それはそうだ、普段緩い目のこの人たちにだって、守るべきラインはある。


「第一、王太子殿下を予定外の場所……ましてや貧民街などにお連れする事は出来ません。我々が首を飛ばされます」


「飛ばされないよう約束する。頼む、テオ。わたしは……ルカが心配なのだ」


「それは、毎日お供していた我々にだって分かります。でも駄目な物は駄目なのです」


 膠着する主従。

 早くしないと胸騒ぎが的中してしまう。


「殿下――!!」


 カカカカッキュキュキュンパシュ!


 蹄音、聞いた事のない車輪の音とロッチの叫び声。


 放課後、厩横の倉庫で、二人で組み上げていた競技用二輪馬車。ロッチ、全力疾走して取って来た(馬は殿下が城の厩から借りている軽馬車用中型馬)。


「ロッチ!」


 駆け寄って飛び乗る殿下。

 しかしまだ骨組みばかりで座席が無い。


「腰落として、そっちの手摺に掴まって。ぜったい落ちないでね」

「ロッチが落ちない限りわたしも落ちない」

「いっけぇ――!!」


「あああ、殿下!」

「そんなあ」


 慌てて近衛が、馬車から馬を外して追い掛けようとする。しかし馬車装備で鞍が無いので勝手が違う。もたもたしている間に二輪馬車は遥か彼方。


 その横を、完璧な馬装の騎馬が駆け抜ける。

 ジークだ。二人乗りで後ろにダミアン。


 鮮やかに坂を駆け下り、すぐに二輪馬車に追い付いて並走する。


「無茶するな! 王太子を殺す気か!」


「ああ、ガヴェイン卿か、思ったより快適だぞ」

 走る馬車のステップに立って危なげなくバランスを取りながら叫ぶ王太子。


「そんなに行きたいんなら俺が乗せて行きますから、ダミアンと交代して下さい」


「えっ、僕がそっち乗るんですか、嫌です! ぜったいに嫌です!」


「うるさい! お前に選ぶ権利なんか無い! まんまと黙っていやがって! 

 ルカが、母親が死んだ事を受け入れられない『心の病』真っ只中だったなんて、大問題だろうが。

 そんな奴を王太子に近付けていいと思っていたのか!?」

「うう……」


「……本当に大丈夫だ、ガヴェイン卿。馬車は放課後こっそりロッチと練習していた。ルカの事も……大丈夫だ」


「あのぉ、ジーク様」


「何だロッチ、お前は気付かなかったのか、何か変だなと思う事無かったのか」


「分かんないですよっ。あいつはいつも至って常識人で、むしろ周囲に振り回されて対処に奔走する役割だったんだから」


「そうだ、常に自分の事は後回しだった、ルカは……」


「それよりジーク様、俺、この街走るの初めてですよ。先導してくれませんか」


「図々しいぞ、しっかり着いて来い」


「ひいぃ、落ちる、落ちてしまう、ジーク先輩ぃ!」



 ***



 中央棟最上階サロン。

 窓辺のイサドラとマリサ。

 ついさっき、ダミアンの訴えでジークが六限目の授業を放棄して、慌しく飛び出して行った所だ。


 彼女たちも、それぞれの家内の『影』に、指示を出して情報を集めている。


「アーサーは?」

「駆けずり回っているわ。ハサウェイ公爵が勢いに任せてやり投げて行った退学届けや退寮届けを差し止める為に。あの人本当、苦労性」


「放っておけばいいのに、あんな可愛くない子」

「本当にそう思ってる?」


「そもそもジークもアーサーも、何でいちいち殿下に従っちゃうのよ。拘束してでもお止めする所じゃないの?」

「あの二人は私たちと違って、幼少時から、殿下とのお付き合いが長いから」

「そうね、よく付き合えると思っていたわ、あんなビカビカ光る子供」

「殿下の胸騒ぎは、ほぼ外れないんだって」

「…………」


「特に悪い方の胸騒ぎは」



 ***



「ロッチ、ねぇロッチ」

「何だよ殿下、舌噛むぞ」

「わたしの初恋の話を聞いてくれるか」

「ええっ? それ、今でないと駄目っ!?」


「宰相に連れられてとある下町に行った時……」


「うわっ始まっちゃった」



 ***



 再び、サロンのイサドラとマリサ。


「正直言って、入学式の真っ最中にあわや大騒ぎを起こし掛けて、翌日も一日じゅう身体が光って学校に来られない理由が、『初恋の人を見付けたから胸踊った』だとか、何なのよ、この王太子、私たちの苦労も知らないで! って思ったわ」


「ふ、ふ。そうねぇ、拍子抜けしたわね。このお人形のような方にも、そんな普通の感情があったんだ、って」

「要らないわよ、そんな感情。愛だの恋だの、この世からみんな消えて無くなってしまえばいいのに」

「イサドラはいつもそれね」



 ***



「――という訳で、わたしは入学して初恋の相手に再会出来て、ずっと幸せだった」

「そ、それは、ヨカッタネ!」


「フロレイン嬢に、『誰かに恋をしたのなら、その相手が一番に幸せになれる道を考えろ』と言われた」

「へえ、意外。そういう事言うんだ、イサドラ様」

「それ以来ずっと考えているのだが、いまだ答えが出ない。どうすれば相手が幸せになれるのか」


「俺に言わせりゃ、グダグダ考える前に、飛べ! だけどな」

「と……」

「道が悪くなって来た、口閉じて、落ちない事に集中して――!」




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