表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きよらかな王子さま  作者: しらら
きよらかな王子さま
28/89

黒革のファイル

本日は昼にも投稿します




 屋根の傾いた貧民街。

 歪んだ窓に沿って太陽は斜めにしか入らず、建て増し建て増しの建物は、もうどこからどこまでが誰の責任かも分からない。

 それでもここに流れ着き疲れた足を投げ出す者には、優しい寝床であったのだ。



「前に……」


 薄暗い廊下、埃っぽい西陽に、藤色の三つ編みの下半分が浮かぶ。


「前に、下町アパートの話をしたじゃない。大昔の地割れ跡のほとりに、五本足の給水塔があって……って」


 コツコツと学生靴の足音が、灰色の廊下に響く。


「それでピンと来ていました。五本足の給水塔って珍しいもの。向こうに突き出している三角屋根が、孤児院のある教会。割と近い所に住んでいたんですね、私たち」


 暗がりの廊下のドン詰まり、小さく小さくしゃがみこんだ少年の(すず)色の頭を、少女は両手を回して抱いた。


「よかった、居てくれて」


「……リリィ…………」


「私一人よ。昼休みの後すぐ学園を飛び出して走って来たから。へへ、サボりになっちゃった」


「……ダメダロ、サボッタラ…………」


「そうね、明日から挽回します。またお勉強教えてね」


「……アシタ……」


「あのね、下の階の、雑貨屋のおかみさんが、仲良しだったのね、ルカのお母さんと。この場所を教えてくれたわ」


「……………………」


「みんな聞いたよ、ルカ……」



 ***



 もう放課後まで待てなくて、ロッチと殿下は、五現目が終わった時点で、旧棟を出て中庭へ走った。


「侯爵より先にルカに辿り着きたい。遅れを取ると二度と会えなくなってしまう気がする」

「そんな大袈裟な……って言いたいけど、殿下の勘って当たるもんなぁ」

「庶子は就学させる義務が無い、嫡子に比べてあらゆる権利が無いのに何の将来も与えて貰えず、飼い殺され使い潰されるケースが少なくない」


「殿下、意外とそういうの知っているんだね」

「良い子の宮廷人ばかりじゃなかったから。宰相がかなり癖が強くて」

「えっ? 宰相さん、悪い人?」

 宰相は、確かアーサー様の叔父(母の兄)で、穏健派の筆頭だった筈。


「悪人ではない。わたしに『お飾りじゃなくちゃんとした王様になって欲しい』と言うのが口癖だ。家庭教師が教えてくれぬような話を沢山教わった。母上が卒倒しそうな場所へもこっそり連れて行ってくれた」

 宰相、『穢れ』は気にしないのか?


「殿下が妙に落ち着いているのって、そういう下地があるんだね」


 二人は目立たぬように中庭を横切り、サロンのある中央棟の前で別れた。

 殿下は建物に入り、ロッチは入り口に背を向けて、建物に沿って歩く。

 侍従と近衛はロッチを気にしながらも、殿下にゾロゾロと着いて行った。

 

 ロッチは歩いて、建物の中央付近で立ち止まった。

 見上げると、真上に四階サロンの窓。ルカが、昼食中にたまにサロンメンバーが見えると言っていた。


 見上げたままじっと待つ。


 十秒、二十秒、三十秒……


 ドタドタと窓辺に寄る足音。

 次の瞬間窓ガラスがバンと開き、黒い革表紙のファイルが降って来た。


 ――ドササ!


 地面に落とさぬよう頑張ってキャッチする。

 おもっ!!


「すまない、明るい所で見ようと」

 殿下の声。


「だからお見せ出来ないんですってば! 個人情報のカタマリなんですからっ!」

 ダミアンの声。


 そう、ダミアンのファイル。ありとあらゆる情報の詰まった。


「あ、丁度、下に人が。ねぇあなた、それを持っていてくれませんか、すぐに」

「すぐに取りに行きますからっ 中を見ちゃ駄目ですよっ!」


 即走り去る足音。

 ロッチは「はぁい」と返事をしながらページを開いた。


 第一案は、殿下が隙を見てファイルを盗み見る案だった。

 が、やはりそんな隙は無かったようだ(肌身離さず抱えてるもんな)。

 で、第二案、『奪って窓から落っことす』。


(いじめっ子みたいじゃん)


 ダミアンが駆け下りて来るまで何秒か。その間に調べる。

 何でも書いてある黒革のファイル。

 ある筈、今ルカが行きそうな場所、求めるならばお母さんの現在地。


 ――あった、ランスロット・ハサウェイ。

 新入生、Aクラス、瞳 錫色、髪 錫色

 父、ロバート・ハサウェイ侯爵

 母、ルゼ 家門無し


 ・・・・

 ――え??



 草を踏む音がして、黒髪を振り乱した荒い息のダミアンが来た。

 少し遅れて殿下も来る。


「見たのか」


 口を結んで頷くロッチ。


「愚か者が」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ