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きよらかな王子さま  作者: しらら
きよらかな王子さま
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王子さまとランチ・Ⅳ




「先程の、私が好きな物のお話ですが」


 学園中庭。

 お昼休みの四人。ご飯が終わってお喋りタイム中。

 先刻の殿下の質問に、リリィが改まって答える所。


「私が一番好きなのはお父さんです。大きな手が暖かくて、私を膝に置いて深い声で、沢山のお伽噺を聞かせてくれました。もうこの世にいないのですが」


「お優しい方だったのだな」


 ルカは緊張して口を結んでいた。

 殿下の今の反応で、リリィの父親の正体を知らされていないままなのだなと分かった。

 侍従はさすがに知っているか? 見回すと、毒見を終えたテオは離れた所に(はべ)っていて、会話を聞く気は無いようだ。

(頼りにならない……)


 リリィも、自分の父親が何者なのかを知らない筈だ。そう報告されている。

 孤児院長も王妃もブルー家も、知らないなら知らないままの方がいいと判断して、教えていない。

 ただ、父親が亡くなるまでの一年間、何も聞いていないというのはあくまでリリィの自己申告だ。五歳の記憶がどの程度残る物なのか、人それぞれだとは思う。


 ルカは今一度サロンの窓を見上げた。

 近衛Cしか見えないが、あの奥にはきっとメンバーが勢揃いして、勝手な議論をしている事だろう。


(いっそ爆弾を落としてやろうか)

 なんて黒い事を考えている横で、ロッチが

「お父さん、どんな話をしてくれたの?」と突っ込んだ。


「そうね、耳の聞こえない仔馬のお話が印象的だったわ。耳が聞こえないから周囲の蔑みや悪口が聞こえなくて、ずっと清らかな、優しいままでいられるの」


『清らか』というワードにルカはドキリとしたが、ロッチは気に止めない風に続けた。

「あれ、俺、その絵本、実家で見たような気がする」


「本当?」

「うん、外国語の絵本で俺には読めなくて、ちっちゃい頃、兄貴か誰かが読み聞かせてくれた。確か狐も出て来るよね」

「そうよ、そうよ」

 リリィの顔が輝く。


「そんで狐が遭難して……」

「待ってくれ! 結末を言わないでくれ!」

 一所懸命に阻止する殿下。

「わたしもいつか読んでみたいので、楽しみにしていたい」


「オッケ、じゃ、好きな物の話の続きに戻ろうか」

 仕切るロッチ。相変わらず言葉遣いにヒヤヒヤするが、父親の記憶の話から離れてくれて、ルカも取りあえずホッとした。


「はい。私の好きな物…… 笑顔の食卓、帰るのが楽しみなおうち、もふもふの大きな犬、丈夫な屋根、雨上がりの朝、一人で使える勉強机、素敵な友達…… あれ? 私の好きな物ってもう充分に与えられて満たされている物ばかりだわ」


「だってさ。残念でしたね、殿下」


 ロッチ~~ 本当に、もうちょっと言葉選んで!


「むむ」

 殿下は不満そうだが、何だかその辺の子供と同じような利かん坊の顔になって来ている。

「『素敵な友達』ならわたしにだってなれる!」


 ルカは我に返って喉がヒュッと鳴った。

 そうだ、そういう流れが要注意なんだった。


「え、あ、そ、それは……」

 リリィも我に返ってくれた。

 そう、貴族社会の末端の身分で王太子と友達になろうなんて言われたら、困る以外の何物でもない。まだ平民の方が現実味が無さすぎて笑って済ませられる。


「殿下、ローザリンド王太子殿下~~」

「なんだい、ラツェット卿」

「さっきお教えしたじゃないですかぁ」

「むむ?」

「欲しい物を聞いて直接それを贈るよりも……って」

「・・・・」


 殿下は数秒考えた後、ハッとして言い直した。

「ブルー嬢、今のは無しだ」


「え、は、はい」


「貴女の身分では、わたしに何を言われても断る事が出来ない。そういうやり方では友達にはなれない。だから忘れてくれ」


 リリィはホッと胸を撫で下ろしたがルカだって力が抜けた。良かった、殿下も賢いお方で。


(何も告げず心の中だけで)


 ――ん? 微かな呟きがルカにだけ聞こえて来た。


(黙って心の中だけで思い続けるのだ。常に心に置いて慮っていれば、いつかはより尊い深淵たる友となれよう)


 王太子の口の中だけでの呟きは、隣にいたルカの喉をヒュヒュヒュッと鳴らさせた。


 いや、余計に厄介な方向へこじらせていないですか?

 ロッチを見ると、罪のない顔でソフィーおばあちゃんのクッキーを頬張っている。お前のせいだからなっ!



 貴族学園のお昼休みは社交も兼ねているので、ゆったり取られている。

 その後は殿下の趣味の模型細工へ話を持って行き、ロッチが割と詳しくて二人で盛り上がってくれた。ルカとリリィは聞き役で穏やかに過ごせた。

 そろそろ教室に戻ろうという所で、


 ――「この先には行けないんですか?」


 遠くで女生徒の声が聞こえた。

 こちらへ来ようとして近衛に声を掛けられているのだろう。

 珍しいな、昼休みにこっちに来る生徒なんて滅多にいないのに。そう思っていると、隣のリリィの肩が強張っている。


 背伸びをして覗くと、庭の入り口で近衛と話しているのは、艶やかな赤毛のケイト・ベぺーだった。

 ルカと目が合うと、すがるように見つめて来た。


「ブルー嬢の友人か? 用事があるのなら、わたしは構わぬぞ?」


「いえ、ここに招くには及びません」

 リリィは固い表情でルカとロッチを見た。

 一階には二階より早い勢いでよりえげつない噂が広がっているのだろう。


「『まだ』友人なの? リリィ」

「それは……」


「ロッチ、リリィを教室まで」

「うん、送って行くよ、殿下、お先に失礼します」


 ロッチはサッと立ってバスケットを持ち、殿下に礼をして、リリィを連れてFクラス側の裏玄関へ歩いて行った。

 ケイトのいる方向ではない。彼女は無視された形だ。


「どうしたのだ? 友人ではないのか?」

 怪訝な顔の殿下。

 こういうのってどこまで話せばよいのだろう?

 友達に噂話を広められて悲しいのって、『穢れ』にあたるのかな?


「先程階段の踊り場で低俗な噂がお耳を汚しましたでしょう? 我々が勉強を教える礼にランチを御馳走になっている事、教えたのはベぺー嬢だけだったんです。

 最初は悪意無くとも、噂というのは面白い部分だけ誇張され歪んでしまう物ですし、彼女を責めるつもりはありません。

 ただ、ブルー嬢は彼女をランチの席に誘った事に責任を感じ、仲の良い友人だっただけに余計に傷付いているでしょう。だから僕たちは、ベぺー嬢とは穏やかに離れて行こうと思っております」


「ふむ」


 殿下は長いまつげをフサフサ揺らしながら瞬きをしていたが、最後まで聞き終わると


「では行こう」


 と、方向を変えて、ロッチ達の後をズンズンと追い掛け始めた。


「殿下!?」

 侍従も近衛も大慌てだ。


「殿下、殿下?」

 声を掛けても王太子の脚勢は止まらない。意外と足が早い。ルカも小走りで着いて行くしかなかった。



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