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きよらかな王子さま  作者: しらら
きよらかな王子さま
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王子さまとランチ・Ⅲ


  


 殿下は、慣れない食事形態ながら、何でも美味しい美味しいと喜んで召し上がってくれた。

 リリィは最初こそ緊張していたが、元気なロッチが会話の先導役をしてくれるので、徐々に口を開くようになった。


「私の好きな物……でございますか?」


 食事終わってレモネードを飲みながら。

 ひょんな事を聞かれて戸惑うリリィと、真面目な顔の王子さま。


「うむ。わたしは誰かに礼をする時、相手の好きな物を聞いてから贈りたいと思っている。きちんと喜んで貰いたいのだ」


 真っ正直だな、王太子。

 物を贈られる機会は多いのだろうが、中には困っちゃうような物もあったんだろな。

 そういえば、好きな物を侍従に聞き回らせていた事もあった。


「殿下、それ半分正解で、半分不正解であります」

 またもやヒヤヒヤするロッチの発言。


「そうなのか? 不正解とは?」


「『これが欲しい』って言って贈って貰っても確かに嬉しいけど、何も言わないのに欲しい物が贈られて来た方が、百万倍嬉しいじゃん、です」


 確かにそうだけれど、


「難しそうだな。密かに探れ、という事か」

 真面目に考え込む殿下。侍従が大変になるからやめてあげて。


「ロッチ、それって逆に地雷踏む率も高いんだぞ。先週の噴水広場の惨事を忘れたか」


 先週末の試験終わりの日。

 一人の令嬢を友人全員で取り囲んでトンチキなダンスを踊った三年生男子が、公衆の面前で、差し出した指輪を叩き落されていた。三年も付き合って、彼女がそういうのを嫌がる事すら知らなかったのだ。

 多くの男子が反面教師にし、パートナーときちんと会話をするきっかけとなった事件であった。


「そんな事があったのか。わたしも現場で見てみたかった」

 王族に目撃されたら当主にまでお叱りが行くからやめてあげて。


「まあ――、あれはねぇ」

 ロッチも苦笑しながら話を続けた。

「じゃあさ――、うちの地元に伝わる、『とある領主一族のお伽噺』するわ」


 珍しくロッチが語り出したので、ルカは口を閉じ、リリィも小首を傾げて聞き入った(小鳥みたいに可愛い)。

 殿下も興味深げな顔をしている。


「むかしむかし、とある帝国の国境に、防衛の要の砦の領地がありました。武の強い騎士団長が領主に据えられ、それはそれは護りの固い、勇猛気強(ゆうもうきづよ)い土地でした。

 もう底抜けに強くってさ、その騎士家さえあれば大丈夫って国じゅうが誉め称えるぐらい。

 沢山の勲章や『辺境伯』の称号も与えられた。知ってる? 辺境伯って、侯爵と同じくらい威張れるんだぜ」


「うん……」

 自分たちの王国には今は無いけれど、そういう特別な階級が存在するのは、ルカは学んだ事がある。

 功績に報いる意味合いがほとんどだが、『王の身内と婚姻を結ばせ首輪を繋いで置く為に、即席の上級身分をが必要だった』なんて穿った説もある。


「ところがある時、帝国の外交政治がヘマをやらかして、隣の国に大きな負債を作っちまった。隣の国は濡れ手に粟で、その要の領地を欲しがった。砦と領主と騎士団ごと寄越せって。

 普通は新しい領主を遣わす物なんだけど、人材がいなかったのか、そっくりそのまま国境線だけの移動になった」


「忠誠を誓う相手を替えねばならぬのは辛い事だな……」

 殿下はしんみり呟いた。


「新しく主になる王さまの、遠くのお城で拝命が行わる事になって、領主一人で出掛けて行ったんだ。拝命って言っているけれどどうだか、今まで散々闘って来た相手、最悪首を落とされるかもしれない。

 残された地元の者だって何が何だか分かんない、今日から違う国になるって」


「そうね……」

 リリィが我が事のように言った。そういう時の領民の心細い気持ちは、彼女に想像出来るのだろう。


「領主様に何かされたら黙っては置かない、最後の一人まで抵抗するぞ、そういう覚悟で家門の者も兵士も、剣を研ぎ槍を掲げて待っていたんだ。

 そしたら領主はケロリと無事に帰って来て、後ろに荷馬車が何十台。冬だったんだ、雪の中。皆ビックリだよ。

 領主が言うには、王都を出た外門でいきなり渡されたって。新しい王さまの個人資産からの『贈り物』だと。

 麦と保存食、炭、油、脚気に効く食品、貴重な医学書、医薬品」


「…………」


「知っててくれたんだ、長年の闘いで領民が弱っていた事を。秋の長雨で食料が不足していた事、日照不足で脚気が蔓延していた事、領地の端から流行り病が広がり始めていた事を。

 脚気なんて当時は教えて貰うまで、病気の名前すら知らなかったんだ。

 この地に必要なのは、勲章でも称号でもお姫様の降嫁でもなかった。帝国だって知ろうとすれば知り得た事だった。

 昨日までの敵国の、こんな田舎の端っこの領地の事を、こっちの国の王さまは、ちゃんと知っていてくれたんだ」


「……どなたの、治世の時代だ?」


「知らないです、ただの大昔のお伽噺だもん。今は帝国なんか無いし、お隣は共和国でしょう?」


「…………」


「そんなこんなでその地の家門一同、王さまにめっちゃ忠誠を誓っちゃったんだ。もう遺伝子に刻まれちゃうって程に。

 今でも領主一族郎党、脳筋で暑苦しいったらないの。隣の国自体は大人しいもんだけれど、国境の治安が悪くて野盗やら山賊やらワラワラ湧くし、畑も領民も守んなきゃなんないし。

 ってな感じで日々チャンバラやってたら、中央から『子供に街場の教育も受けさせろ!』ってお達しが来たの。どうやら中央のお貴族さまの常識と武闘派領主一族が解離して行くのが心配されたらしく」


 うん、ロッチ見てても分かる……

 あと、地方領主の子息を中央に集めるのは、遠回りな『人質』の意味合いもある。ロッチも多分知っていて口には出さぬのだろう。


「十二歳ともなるともう一端の戦力になれるんだよね。地元に硬派な武官学校があるし、本家の嫡子はそんな何年も領地を離れてる暇ねぇって、上から順番に拒否するし。

 で、何年もお達しを反故にしてギリギリまで来て結局、教育の予定なんか無かったお味噌の末っ子にお鉢が……」


 ハッとしてロッチは自分の頬をギュッと引っ張った。

 ルカもリリィも、王太子も、口を結んで彼を凝視している。


「ちょい脱線しちゃった、ごめんごめん」


「うぅん」

 リリィが慌てて首を振った。


「以上、たった一回の贈り物が場合に寄っては因縁地の領主領民の心をも塗り替える、ってお話でした」


(場合に寄り過ぎだろ……)

 ルカは内心で呟くが、

 王太子は、「心して置く」とゆっくり応えた。


 最初に必要な物資を聞いて、手続きをし、国庫から持ち出したのなら、贈り物の中身は同じでも、そのように語り継がれるまでの感謝には至らなかっただろう。

 掌握術と言ってしまえばそれまでだが、そうと知りつつ乗ってしまいたい感謝もある。

 そういえばラツェットという家名は、この国の発音には無い綴りだと、ルカは気付いた。



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