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きよらかな王子さま  作者: しらら
きよらかな王子さま
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サロン・Ⅰ

 



「この国の者なら路地裏の子供までが(そら)んじている、お伽話だ」


 大きな円卓の向こうで、指を組んでにこやかに話すのは、昨日の入学式で在校生代表の挨拶をした、最上級生筆頭、輝く金髪のアーサー・ストラスフォード。


「ここまでで、何か質問は?」


 対峙して、テーブルの反対側半分にギュムっと詰まって七名ほどの新入生。

(質問って言われても……)と戸惑いの顔。

 本日、新学期一日目、クラス分けとホームルームだけだった筈が、「君たちは残って」と、何の先触れもなく案内されて来たのがここだ。


 王立貴族学園中央棟、最上階。

 一般生徒入室不可の、生徒自治会特別執務室、通称『サロン』。


 正面に座る五人のメンバーは、通常の社交の席では長い列を作ってやっと一言だけ挨拶出来るような、雲の上の人々。


「あらあら、緊張しないで。お茶を召し上がれ、イサドラの入れてくれたお茶は絶品なのよ」


 淡い栗毛をきっちり結い上げた上品な女子生徒は、アーサーと同じ四年生のマリサ。前々王の筋の公爵令嬢にありながら、今のお話を優しい声で読み上げてくれた。

 叔母が王妃の側仕えで、その摩訶不思議な夜の体験者である。


「マリサってば、すぐそうやっておだてる」


 銀髪麗しいイサドラは、マリサの一つ下の従姉妹。この国最古の筆頭伯爵家令嬢。


「まぁ、巷では信じる派と信じない派が半々だけれど、ペテンだとしたら、それこそ神憑り的な運と度胸が必要だぜ、なあ」


 頭の後ろで両手を組んで不遜な事を言うのは、赤銅色の巻き毛のジーク。宮廷騎士を統括する侯爵家の子息。


「ジーク先輩、不敬発言イエローカードです。その時駆り出された騎士団にはお父君もいらしたのでしょう? 新入生を挑発したって何も出ませんよ」


 手にした書類から目を上げる黒髪のダミアン。

 二年生の下っ端書記という立ち位置で、他が輝々しいのに彼周辺だけ黒っぽい。

 

「真面目人間ダミアンまで俺を苛める、助けてマリサ」

「ジークの自業自得です」

「そうよ、そうやってすぐマリサに助けを求めるの、良くありませんわ」


「あ、あのぉ……」

 楽しそうな先輩たちの掛け合いの隙間を縫って、とうとう新入生の一人が声を出した。

 七人の真ん中にいる子だ。

「僕たちが呼ばれた理由は……」


「うん」

 アーサーが穏やかにテーブルの上で指を組み直した。

「君たちはこのサロンの事をどういう風に聞いている?」


「せ、生徒会的な……」


「遠慮せずに言ってくれていいよ」


「生徒会の衣を来た、王族の為の側近養成所」


 ズバリ言ってしまった真ん中の男の子に、左右の新入生は(おいお前!)という表情になる。

 が、上級生たちはニコニコしている。


「構わない、その通りだ。この王立学園の創設時から、中央棟最上階のサロンは、王族に仕える人材を育む為にある。

 学生に王族がいる時代は、共に成長し信頼を結ぶ『ご学友』を、いない時代は宮中が干渉して優れた人材をキープする。

 ああ、僕は後者ね。親族が宮中の上方で、在学中はそちらから指示を受けてサロンの差配をやらせて貰っている。未来ある人材は掛け替えのない宝だからね」


 新入生たちは唾を呑み込んだ。

 宮中の上方って、この人の伯父の宰相閣下の事?

 それどころか父親のストラスフォード大公は現王の弟。この人本人が王位継承権持ちのベストオブ雲の上なのだ。

 何で下働きみたいなのやってるんですか。


「まぁ君たちだって、この学園に勉強だけをしに来た訳ではないだろう?」


 引き続きカエルみたいな口をしたまま、新入生たちは頷く。

 彼らはこれでも家格の高い門の子供で、貴族の子弟が集うこの学園で十二歳からの四年間、いかなる縁を結べるかを実家に試されている。家門の中でも出世競争があるのだ。

 だから今、このサロンに招かれた事に胸踊らせている。


「王家だって君たちと同じ。信頼できる優秀な人材は幾らでも欲しい。成績だけでなく普段の学生生活でも、そういう目で見られている事を忘れないでね。

 先程のお伽噺なんかも、常に信じている体を保っていないと、心で馬鹿にしていたりしたら、自ずと態度に出ちゃうから」


 新入生たちは神妙な面持ちで「はい」と返事をした。

 もうちょっと堅苦しい話をされると思っていたが、優しく分かりやすい言葉で言ってくれるので、ホッとしている。


 先程のお伽噺は、確かに国民の誰もが知っている。

 が、誰もが頭から信じている訳ではない。

 王と王妃は肯定しているが、特に信仰などの強制を行わなかったので、信じる信じないの論争はあまり起きない。

 当の治療師がそのあと取り立てられもせず、静かに市中に消えたせいもある。


(要するに、サロンに入って王族に近付くには、信じている体でいろ、って事か)

 新入生たちはそれぞれに理解して呑み込んだ。



「それでね」

 アーサーは息をついた。

「ここまではサロンの基本。先代まではそれで良かったんだけれど、今年の新入生に限っては、ちょっと余分な通達があってね」


 新入生の何人かは、大きなテーブルの一番奥の空席に目をやった。

 その椅子だけ背もたれが大きく、肘掛けや布の意匠も違う。


「宮殿から連絡があり、本日は臨時の公用で欠席されるとの事です」

 マリサが柔らかな口調で報告し、アーサーが継ぐ。


「そう、お伽噺の病禍から八年、王太子は健やかに成長され、今年めでたく就学年齢になられた。君たちと同学年だ。昨日の入学式でお姿を拝見したよね」


「はい……」


 少年たちは歯切れの悪い返事をした。

 そう、確かに王太子は入学式にいらしたが、生徒側ではなく、特別席の大人の中に埋もれて、しかもいつの間にか姿を消していた。

 紹介も何も無かった。ただ遠目に『やたらと白い』と印象付いただけだった。


「幻みたいでした。本当に存在するんで……」

 真ん中の子がまた口を滑らせかけ、

「初日のホームルームに公用で欠席なんてお気の毒ですね」

 マリサが遮るように言った。


「自己紹介の機会を逃して次の日に『あれ誰?』ってなる奴だよな」

「ジーク、茶化さないの」

「ジーク先輩、少しは後輩の手本になって下さい」


 軽口で場を埋めるサロンメンバーを横目に、アーサーも笑みを絶やさず続ける。

「だから君たちの世代は特別だ。良き『ご学友』を目指しての精進を期待するよ」


 新入生たちは互いの顔を見合わせた。

 自分たちは全員同じ、王太子と同じAクラス。

 担任は何も言わなかったが、最後列真ん中の席が一つ空いていた。

 

「ええと? ……普通にクラスメイトしていればいいんですか? 何か特別な配慮が必要なんですか? はっきりした指示を下さい」

 また真ん中の子が声に出した。彼は思った事がフィルターを通らず口から滑り出すタイプなようだ。


「うん。それじゃあ、あんまり知られていない方の、『お伽噺の続き』を聞いて貰おうか。ダミアン」


「はい」

 アーサーに命じられて黒髪の書記は、先程とは別の書類を出してマリサに渡した。

 優しい声がお話の続きを読み上げる。



 ***



「終わった」


 治療師の言葉に、王も王妃も、その場にいた全員が顔を輝かせました。

 気が抜けて倒れてしまう者もいます。


「この子は、王子はもう大丈夫なのですか。もう触れてもよいのですか」


「ああ、穢れはすべて取り除いた。触れるなり抱擁するなり好きにしろ。そっちの残骸は必ず聖職者に焼いて貰うんだぞ」


 治療師の言葉の半ぐらいには、王妃は王子に飛び付いて喜びの涙に噎せていました。

 黒い残骸は慎重に運び出され、王子さまは死にかけていた様子は何処へやら、すっかり肌にピンクが戻って安らかに呼吸をしています。

 王も涙でべしょべしょです。


「おおお、治療師殿、褒美……褒美を取らせよう。なんなりと申してくれ」

「いやいらんよ、余分な物はいらん。規定の治療費と、深夜割り増し料金ぐらいで」


 面倒くさそうに辞退する治療師に、周囲の者も驚きました。

 王の斜め後ろにいた宰相も、「そういう訳に行きませぬ」と食い下がります。けれど


「欲をかくと揺り返しがある。俺の能力はそういった類いのモノだ。俺一人の中に終わらない。周囲の強欲も俺の能力を損なわせる」


 そう言われてしまうと、王も宰相も目を白黒させながら引き下がるしかありませんでした。


「事情は分からぬが、貴殿は大変な運命の中にあるのだな。では我らは貴殿への感謝をどう示せばよい? 何らかの特権でも差し上げるか? 王侯貴族に物申しても不敬にならない権利など」

 宰相は頑張って、欲とは無縁な方向で、治療師に役立ちそうな褒美を考えます。


「本当にいらんよ、そっとしておいてくれ。出来ればあんた達の今夜の記憶を消してしまいたいくらいだ」


「そんな事まで出来るのか。やめてくれ、皆が忘れてしまったら、消えた宝石や掘り返された庭で大騒ぎになる」

「ふむ、それもそうだな」

「それに、単純に、今夜の事を……貴殿の事も、忘れたくない」

 宰相は最後だけ、個人の本音を口にしました。


「分かった。どうせこれだけの目撃者がいるんだ。今夜の事を隠し通すのは無理だろう。せめて俺の人相や外見だけは、箝口令を敷いてくれ。

 そうだな、人ならざる妖の化身で、煙みたいにドロンと消えた、とでもしておいてくれ」

「無茶を言う……」



 帰りがけ、治療師は門の手前でふと足を止めて振り向きました。


「ああ、ところであの子供だが、完全に他の子供と同じって訳には行かないぞ」


 見送りに立っていた王と王妃は、額を曇らせました。

「そうか、元々身体の弱い子ではあったが、健康まで望んでは贅沢か」


「今の状態を維持すれば、もう命の危険にまではさらされまい」

「むむ? 今の状態とは?」

「この世には『穢れ』がうじゃうじゃ存在するが、大概の者はそれに触れても消化分解出来る。あの子は何故か『穢れ』をいなせず溜め込みやすい体質だった。

 今回すべて追い出したので体内は浄化されたが、一度膨らませて風船のように広がってしまった器は元に戻らない。今はその場所を大量の『清らか』で満たしているが」


「う……うむむ?」

 王や周囲の者は一所懸命理解しようとしました。

 多分治療師は難しい概念を、分かりやすい言葉で例えてくれているのでしょう。


「『清らか』が減って隙間が出来ると『穢れ』が入り込みやすい。穢れは穢れを呼ぶ。だからあの子供の身辺は常に『清らか』で満たされていなければならない」


「それは……え? どういう風に……?」

 具体的にどうすれば? 出来うる事なのか?

 頭が追い付かなくて、王も周囲も言葉を失くして慌てます。


「出来るだろ、王さまなんだから」


 唖然とする一同を残して治療師はスタスタと門を出て行きました。

 我に返って追い掛けましたが、本当に煙のように消えていました。





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