王子さまとランチ・Ⅰ
「リリィが王子さまにぶつかった時ぃ?」
朝、登校して来たロッチを廊下で掴まえて、ルカは小声で聞いてみた。
「なに? 用事があるって一人で先に登校したけど、何かあったの?」
「その件は後でちゃんと話す。ごめんだけどこっちを先に思い出してくれないかな」
「誰かに何か言われたの? リリィは自分からぶつかりに行くような奴じゃないぞ」
ロッチは先程のルカと同じ事を言って、不機嫌な顔をした。
「僕もそう思うよ。ロッチもそうだろ? 変な所なんか無かったよな?」
「うん……」
「ロッチ?」
「スカートに振り回されてよろけただけに見えたよ。変な所なんか無かった」
「だよな、だよな」
もうっ、サロンの人たちは、お伽噺を信じ過ぎて浮世離れしちゃってんだよっ。
そこで話を一段落させて、ルカは朝のリリィとの会話を、かなりオブラートにくるんで打ち明けた。
『リリィが自分の点数を減らせないかと教師に突撃しようとしていたので、やめさせた』程度に。
答案改竄に手を染めかけたのは伏せた。
「何で一人で行くんだよ。誘ってくれれば加勢したのに」
「ごめん。僕の何となくの予想だけだったから。早起きさせて空振ったら申し訳ないし」
「ルカ、変な所で遠慮するよなぁ。今度からは何でも言ってよ」
「うん」
「サロンに何か無茶振りされても、一人で抱え込むなよ」
「あ……」
ルカはもう一つの連絡事項を思い出した。
・・
・・・・
「はあああっ!? 王子さまがっ? 今日からっ!?」
「うん……」
「そ、そっちを一番に言えよおお!!」
***
王太子殿下は朝一番、自分の机に行く前に、ルカとロッチの所へやって来た。
プラチナブロンドのまつ毛をフサフサさせて、
「ハサウェイ卿、ラツェット卿、本日、昼食をご一緒させて頂いて良いか」
ニッコニコだ。
「勿論でございます。王太子殿下」
「いつもの場所でいい……よろしうゴザイマスカ」
「ああ、楽しみにしている」
これだけの会話なのに、教室中が静まり返った。
そして足取り軽く席に戻る殿下。まるで白兎が跳ねているようだ。
(そうか、思えば僕たちと同い年だもんな。同じに試験勉強を頑張ったんだもんな)
午前の授業の間中、二人は教室の注目とヒソヒソ声の標的となった。
悪意ある囁きは、例の真ん中好き男子と、初日にサロンに呼ばれた面々。
(王太子殿下に近付きたければクラスメイトなんだし幾らでも機会はあっただろ。っていうかサロンメンバーに立候補しろよ、そしてコキ使われろ!)
この日の午前は、隣のBクラスでも変化があった。
前回の試験の成績優秀者が編入されて来たのだ。なんと四名も。
話を聞いて、ルカとロッチは慌てて休み時間に覗きに行った。
ケイト・ベペーはいたが、リリィの姿は無い。
編入したのは、ケイトの他は男子学生三名だった。
美人のケイトは周囲を囲まれて質問攻めに合っていたが、二人と目が合うと、恥ずかしそうに礼をした。
(良かった、リリィが先走った事をしなくて)
他の三名、キョドキョドと落ち着きのない編入者。
周囲の話を聞くに、男爵や子爵の子息で、試験順位は二十番台。
やっぱり基準は決まっていなくて、その時々で変動するようだ。
毎回ある訳でなく、知らなかった生徒も多いようで、周囲の会話が耳に入る。
「九位の子はどうしたんだろ? Fクラスの」
「二十七位の子が選ばれているのにね」
「ほら、あの子アレだから、平民だし……コショコショ」
「ああ、孤児院出身の……」
「侯爵家令息に昼飯たかられてるっていう孤児だろ?」
いつもは聞き流しているコソコソ話に『new』が混じっていて、ルカとロッチは足を止めて振り向いた。
言ったのは一階から編入して来た男子の一人で、その侯爵令息が誰なのかまでは知らない感じだ。
「なに? その話――」
Bクラスの耳敏い子が食い付く。
「何かさ、侯爵とか伯爵とか上の方の身分の奴で、平民出身の孤児に昼飯食わせて貰ってる奴がいるんだってさ――」
「何だよそれ、サイテーだな」
ルカとロッチは真ん丸にした目を見合わせて、そして思わずケイトの方を見てしまった。
その事実を知っている人間は限られるのだ。しかもつい先日知った所の。
噂話が聞こえていた彼女は、顔を真っ赤にして俯いている。
ああ――・・・・