王子さまの取り扱い
夜。
寮のルカの部屋。
本日、懲戒で半分受けられなかった六限目の授業の内容を、ルカに教えて貰いに来ているロッチ。
「サンキュ、助かった」
「僕も復習になるから、ついで」
ルカの教え方は丁寧で、その辺の講師より分かりやすい。
「そっちの机にある紙は何、随分大きな文字だな?」
「あ、それはリリィの為の設問集」
「リリィの?」
「今の所、授業に着いて行くだけでやっとって言ってたから。でも勉強なんかコツが分かればすぐなんだ。リリィは賢いから、ツボにはまったらいい線行くんじゃないかな。
ほら、ブルー家のランチのお礼だよ。リリィの成績上がったらあの人たち喜ぶだろ」
「あ、それは賛成、そうだよな、クッキー美味しいし」
勉強が一段落して、ソフィーおばあちゃんのクッキーをかじりながら、外では出来ないひそひそ話をする。
「しっかし厄介だよなあ。穢れを避けなきゃならない王子さま。そんなに心配なら学校になんか通わせなきゃいいのに」
「でも、ロッチ、将来王様になるんだから、まったくの社会性無しじゃ不味いだろ? せめて学園生活ぐらいは経験しておかなくちゃ」
「あーーそうかなぁ。まぁ宮殿でも意見が割れていたみたいだよ。最終的に殿下が希望したから入学が決定したらしい」
「よく知ってるな、ロッチ」
「ジーク様情報」
「意外と口が軽いの? あの人」
「剣の打ち込みは重いよ」
「侍従のおじさんたち見ても思ったけど、みんな自信なさげで押しが弱そうだよね」
「そうだね。『穢れ』が障るったって、前例も参考にする物もないし、たまにビカビカ光るし、どう扱っていいのか分かんないんだろうね」
サロンでメンバーと取っているという昼食も、宮中の食事と同じに侍従がサーヴして、当たり障りのない会話の中、静かに食べているという。
せっかく望んで学園へ来たというのに。
窓辺で外ばかり眺めている王子さまをちょっとだけ不憫に思った。
「あんなんで大人になって王様やれるのかなぁ」
ルカの呟きに、ロッチは意外とキッパリ答えた。
「居てくれるだけでいいらしいよ」
「え?」
「今の所の方針はそうらしい。存在感だけは凄いじゃん、王子さま。居るだけで目が引き寄せられるし」
「う、うん」
「あの強烈なカリスマ性は唯一無二の、どこの国の王様も持っていない物なんだってさ」
「ま、まあね」
「立っているだけで民衆は『何か凄いうわ――』って支持してくれるし、諸外国は『何だこいつ只者じゃない』って勝手に怖がってくれるし」
「ずいぶん具体的だな。それもジーク様に聞いたの?」
「うん。あの人まだ三年生なのに、卒業したらローザリンド殿下専属の近衛に内定しているんだって」
「へええ」
「殿下には表で清らかな王様をやって貰って、その隙に裏で側近たちが政務をババッと熟しちゃう予定なんだって」
「ぶっちゃけ過ぎだな」
「だから最後はいつも『側近候補が足らん、もっと骨のある奴を集めねば』って言ってる」
「ああ……」
ルカは一応サロン入会希望。
でも今の話を聞いて、ローザリンド殿下に人生を捧げる気になるかって問われると、自信がない。
(僕は、アーサー様たちみたいにガン決まりな目にはなれないし)
「俺はどうするかな――」
ロッチが最後のクッキーを頬張った。
国元の父親へ手紙を送ったら、『若い内の苦労は金を払ってでも経験しておくように』との、丸投げな返事が帰って来たらしい。
「ジーク様には気に入って貰ってるんだけどね。最近は『騎士たる者、もっと胸板が分厚くなくてはいかん』って、時間外なのに筋トレさせられてる」
気に入られ過ぎるのも考え物だな。