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きよらかな王子さま  作者: しらら
きよらかな王子さま
14/89

上流の婚約模様

 



 反省室のある教員棟の脇で一人、ロッチの罰則終わりを待っているルカに、後ろから声を掛ける者がいた。

 イサドラだ。

 今日はダミアンがいなくて一人。

 本日の午後にあった事件も当然のように把握している。


「まったく何をやっているのよ」


「僕のせいですか」


「ロッチの行動は私たちにだって読めないから、そちらは仕方がないわ。でも、王太子殿下を女の子たちのお遊びの対象に巻き込まないで頂戴」


「それも僕のせいですか」


「知っていて止めなかったんでしょう」


 どこまで筒抜けなんだよ。サロンこわ。


「王太子殿下が一般庶民に人気があるのは良い事じゃないですか?」

「まぁ、嫌われているよりはね」

「女の子たちにとっては、役者や吟遊詩人にキャアキャア言っているのと変わりないですよ。リリィにだって女友達とはしゃぐ経験をさせてあげたかったんです」


「殿下が本気になられたらどうするの」

「えっ」 

「役者や詩人は人気商売だから慣れているでしょうけれど、殿下は人前に出始めたばかり。何の免疫も無いのよ。貴方、殿下にも心があって生身の人間だってこと、忘れているでしょ」

「…………」


「今日、彼女は?」

「停車場まで送って馬車で帰しました。目の前でロッチが飛び降りたショックで、貧血を起こして具合を悪くしたようなので」

「そりゃそうよ、当たり前だわ」


 イサドラは周囲を伺ってから、用心深く話し始めた。


「あのね、これ、サロンでは内密事項だから、他言無用なんだけれど」

「き、聞きたくないですよ。何だか知らないけれど、言わないでください」


「リリシア・ブルーは、ローザリンド王太子殿下の『初恋の人』、なのよ」


 ああっ、言っちゃった。何で今、そんな事を言うの? 聞きたくなかったよ! 


「殿下、入学式の途中で退席されたでしょ」

「そ、そうでしたっけ」

「あれね、急に胸がビカビカ光り始めて、慌てて周囲の者が連れ出したのよ。光を放つのはたまにあるけれど、あんなに長く光ったのは初めてだったらしい。

 それで何て仰ったと思う? 『新入生の中に、二年前に一目ぼれした初恋の人を見付けて、胸躍った瞬間、光り出した』って」

 何その超常現象?


「サロンにお連れして聞き取りしたら、『お忍びで教会のある下街に行った時に出会った』『見た事もない髪色をしていた』『彼女に出会ってから熱を出さなくなった』と仰るの。……王妃殿下が何気ない善意で新入生に捻じ込んだ、リリシア・ブルー…… サロン一同頭を抱えたわよ」

 

 まず身分差の高い壁がある。平民出身の男爵令嬢なんて、本来、王族の側にすら近寄れない。

 通常ならば無理矢理遠ざける所なのだが、本人は何が障りになるか分からない『きよらかな王子さま』。

 翌日も、自分でどうしようもないままビカビカが治まらず、学園を休まざるをえなかった。

 王と王妃が、とりあえずその娘周辺に穢れが入り込まぬよう護衛の支持を出した頃、やっと光るのが治まった。


「護衛……居ましたっけ?」


 イサドラはじっとルカを見つめた。


「えっ、えっ、まさか、僕ら?」

「そう、急遽発生した『案件』。自然にリリシア嬢の側にいられて、ある程度守ってくれる、『穢れ無さそうな同級生』。ロッチは見るからに適任だったけれど、貴方までハマり役だったとはね。馬車にスカートまで用意出来るなんて、想像以上だった」


「はぁあああ――」

 ルカは頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「あれ、サロンメンバーの募集じゃなかったんだ……」

「一応募集も兼ねていたわよ。あんな誘い方で名乗りを上げる子がいるとは思わなかったけれど」

「すみませんね」

「可愛くない」


「これ、ロッチには内緒にしてね」と、イサドラは話を締めくくった。

 ルカたちの報告で、リリシアは今の所、控え目で賢く、身分も弁えている良好な生徒だと判断されている。だからって、殿下との恋愛が可になる事はありえないが。


「可とか不可とか、恋愛なんてコントロール出来る物じゃないでしょう?」


 イサドラはスンと鼻を鳴らした。

「あのね、私たちだって付き合いで好いた惚れたでキャアキャア騒ぐ事はあるけれど、自由恋愛は基本的にはご法度なのよ。貴族令嬢みぃんなそう。上になる程厳しいのよ。

 恋愛なんかしたら、どうしても結婚したくなるらしいの。私にはそんな感覚分からないんだけれどね。だから恋愛したかったら、婚約してからその相手と育めばいいの。私たちはそういう常識で生きているの」


「はい……」


 イサドラに何かのスイッチが入ってしまった気がする。

 取りあえず、口を差し挟まずに聞きに徹しよう……


「世界史の得意な貴方なら分かるでしょ。世界の歴史には、愛だの恋だのに執着して身を滅ぼしたり戦争を引き起こしたやんごとなきお方の事例が、わんさかあるんだから。

 愛だの恋だのあんな物、この世に無い方がいいのよっ」


 まだまだ止まらない、恋愛にどんな恨みがあるの……



   ***



「王子さまの婚約相手が決まらないから、あの辺の高位身分令嬢十人近く、宙ぶらりんなんだって」


 寮への帰り道、窮屈な反省室から出て来たばかりで伸びをするロッチに、ルカは今聞かされた愚痴を吐き出した。

 

「イサドラ様も候補なの? 未来の王妃さま?」

「あの辺の身分の高い令嬢一律みんな候補。マリサ様も入ってるって」

「三つも上なのに?」

「女子がそんなに待機しているんじゃ男子も決められなくて、殿下の世代周囲だけブラックホールみたいにみぃんな未婚約」


「迷惑な話だな。王太子様、なんでとっとと決められないの? 他の令嬢は知らないけれど、マリサ様とかイサドラ様とか、文句の付けようがない女性じゃない」


「一番の問題は病弱だったこと。十歳くらいまでは熱を出す事が多くて、いっぺん死にかけた前科があるだけに、王太子になれるかどころか大人になれるかってラインで心配されて。

 王妃殿下が優しい人だから、そんな王子に婚約者として令嬢を縛ったらお気の毒、と」

「そんで今、それが裏目に出ちゃっている訳?」

「言っちゃえばそう。宮廷から『待機していろ』って命令が出ている訳じゃないんだから、牽制なんかし合っていないで、とっとと皆『イチ抜け』して行けばいいのに」


 いつになくルカが毒を吐くので、ロッチの方がひやひやした。イサドラに絡まれたのがよっぽどストレスだったのだろう。


「ふぅん。そういえばジーク様も溢していたっけ。通常はうんと小さい頃に婚約者が決まっているから、男性は責任感が自然に育って強く逞しくなる物だけど、独り身で腑抜けている奴が多いのが嘆かわしいって」

「それは……そればかりが原因とは言えないのでは。それよかジーク様と話す機会なんかあったの?」

「俺、剣術の課外授業受けてるじゃん。あの人、教官の補佐で稽古つけに来るの」


 初っ端に目を付けられて、半分我流だった剣筋をこてんぱんに叩かれた。それでも根性見せて喰らい付いて行ったら、気に入られて、最近は合間の休憩に雑談などをしてくれるしい。


「ルカこそ、イサドラ様に目を掛けられてて良いじゃん」

「嬉しくないよっ。今日なんか上流の婚約パズルの解説、ロッチが出て来るまで聞かされていたんだぞっ」

「何だそれ」


「殿下が誰と婚約するかによって、周囲もドミノ倒しみたいに自動的に決まるんだってさ」


 例えば、A嬢に決まったら、B令息はこっちの派閥の令嬢と、C嬢は向こうの派閥へ嫁ぎ、D令息はそっちの派閥へ婿入り。

 C嬢に決まったら、B令息はあっちの派閥の令嬢に変更、A嬢がこっちの派閥、D令息は向こうの派閥で爵位貰って独立、という風に。


「本当にパズルだな」

「派閥とか力関係とかバランス良くしなきゃいけないみたい」

「本人たちの意向は無視かよ」

「貴族だもん」


「ルカは巻き込まれないの? 一応同世代の侯爵家だろ?」

「僕は急に出現したからね。まぁ庶子なんか誰も欲しがらないよ」

「そうかなあ……」

「そう言うロッチはどうなの、地元に彼女とかいるんじゃないの?」

「うちの地元なんか猿と熊と猪しかいねぇぞ」


 二人は夕暮れの道、笑い合った。


 イサドラがその話の最後にポツンと愚痴った言葉は言わなかった。


『だから今更、候補じゃない所から突然新たな女性が湧いて出ても困るのよ』





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