王子さまツアー(らく描きあり)
学園生活が始まって三週間ほどが過ぎた。
ブルー家は最初の一日だけでなく、毎日、リリィに三人分のお弁当を持たせてくれた。
ルカとロッチは、週末にブルー男爵邸に赴いて礼を言い、年寄りばかりで手の届かない所のメンテを引き受けて、お化け屋敷感をかなり解消させた。
週に二度サロンに報告書を出しに行くが、結局最初に呼ばれたAクラスの面々を見掛ける事は無かった。誰も立候補しなかったのか。皆ギラギラしているように見えたのに。
学園では下位身分女子に対して、立ち居振る舞いの補講が始まった。放課後週二回、希望者のみで、リリィは勿論申し込んだ。
普段多少失敗しても、その授業で努力している所を見せれば、周囲も寛容になってくれる。まるでリリィの為に始まった授業のようだ。
サロンの権力が怖くなって、イサドラに聞いてみるのはやめた。
往々にして、波風もなく平穏な日々。
そして、ぼちぼち最初の試験が迫る。
Aクラスは上流の者が多いので皆澄ましているが、身分の高さはプライドの高さ、内心は燃えているだろう。空気がヒリヒリする。
ローザリンド王太子は、その後リリィに近付く事はなく、昼食時にサロンに行く他はあまり動かず、窓辺の席で物静かに外を眺めていた。ルカやロッチとも、他のクラスメイト同様、日々のあいさつ程度しか交わさなかった。
男女問わず目を奪われる存在感だが、幸いにして二階へ上がれるのは弁えのあるA、Bクラスの生徒のみ。廊下から覗いてキャーキャーなんて現象も起こらない。
と思っていたら、下位クラスの間で、外庭から窓辺の王子さまをチラ見するツアーが流行っていると、リリィが教えてくれた。
「声を出さない立ち止まらない、あからさまに見上げない、などのルールが決まっているみたいです」
「教師から?」
「いいえ、女子の間で。学園にバレて外庭が閉じられたら困るので」
昼休みの中庭。
繁みに隠れて目立たない例の芝生が、ルカ、ロッチ、リリィのランチの定番場所になっていた。木の葉がいい感じに伸びて繁ってくれて、今は秘密基地みたいになっている。
上からは丸見えで、たまにサロンの誰かが窓を横切る。長く見られている時もあるが、目が合うと罰が悪いので、こちらからはあまり見上げない。
食事を終えたらノートを広げて勉強会だ。ロッチはリリィと教えっこしている事が多い。ルカは二人の会話を聞き流しながら勉強すると何故か一人の時より捗って、この芝生の時間が好きだった。
「私も行かないかと誘われました、王子さまツアー。そういうお誘いは応じた方がよいのでしょうか」
淑女教育の補講が効いているのか、リリィの話し方はかなり洗練された。
「へぇ、誰に誘われたの?」
「ベぺー男爵令嬢のケイト様。一番後ろの席の、明るく優しいクラスのリーダーみたいな感じの方です」
「そういう女子ノリの恒例行事みたいなのは、一回付き合っておいてもいいんじゃない?」
入学初日に悪いのに絡まれたリリィだが、今は穏やかに過ごせているようだ。
あの絡んでいた子爵家子女含め五名は、翌日から自宅謹慎。一週間ほどで登校して来るようにはなったが、まるで最初からそうだったかのように違う派閥のC~Eクラスに分断された。そして嘘みたいに大人しくなったらしい。あの封書に何が書かれてあったのやら。
「ベぺー男爵は評判良いよね」
ルカはダミアンに教えられている情報を元に喋った。
「本当なら上のクラスにいてもいい大きな家だけれど、無派閥だからFクラスに振り分けられてるって。誘って貰えるなら大事にした方がいい」
リリィがクラスの女子の輪に入れるのはいい事だ。そう思ってルカも後押ししたのだが……
「キャア――ッ」
「キャアッキャアッ」
雀の巣をつついたみたいな女の子の悲鳴。
教室の席で報告書を作っていたルカとロッチは、ハッと顔を上げた。
午後の授業の五限目と六限目の間の小休止時間。
声は窓の外からで、廊下側で過ごしていた二人はそちらを見て仰天した。
窓辺の王子さまが、立ち上がって、外に向かってヒラヒラと手を振っているではないか。
外の女子たちは、いつもは不動の王子さまがいきなりアクションを始めたので、ルールを忘れて色めき立っている。
ルカとロッチは恐る恐る窓辺に寄って、カーテンの影から見下ろした。
案の定、五、六人の女子の中にリリィが混じっている。
真ん中の、身なりがワンランク上の令嬢の後ろに隠れているが、王子さまの視線が明らかに彼女に向いているのがごまかせていない。他の女子に訝しげな目を向けられている。
当の王子さまは女の子の黄色い声に驚いたのか、手を上げた姿勢のまま固まってしまっている。
もっと自分の破壊力を自覚してっ!
「よぉし、こっち見ろっ!」
ロッチが叫んで窓枠に足を掛けた。
そのまま躊躇せず、外へ身を踊らせる。
えええええっ?!?
仰天するルカの目の前で、まさかそんな所に届くと思っていなかった木の枝まで軽く飛び、クルリと回って地面へ飛び降りた。古い校舎ったって二階だ、結構な滞空時間だった。
「ギャアアッ」
女の子は今度は黄色くない素の悲鳴を上げる。
ルカだって背筋が冷えた。
王子さまも「ぇ」と声を出し、窓辺で外を見ていた数人の生徒も「うおおお!」と歓声を上げている。
下の階や隣の教室でも同じ現象が起こっているようだ。
外庭に渦巻く歓声と悲鳴。
「どうだ! 俺の方が(王子さまより)カッコイイだろ!」
両手ピースのドヤ顔で立ち上がるロッチ。しかし
「あれ、リリィ……?」
リリィは真っ青で腰を抜かして、ベぺー男爵令嬢に支えられている。
「酷い、婦女子を驚かせて何が面白いのよ!」
「そうよそうよ、野蛮人!」
キャアキャア女子が自分たちの事を棚に上げてロッチを責め始めた。
誰かが言い出したらそこに倣うのが女子集団。ロッチ可哀想。
ほどなく教職員が駆け付け、こってり絞られるロッチ。可哀想……
『窓から見えた女の子たちが可愛かったんで、思わずいい所を見せたくなった』
という言い訳は、田舎伯爵子息のわんぱく行動という事で納得された。
教師は呆れた溜め息と共に彼に罰則を言い渡した。
「放課後反省室だって。大袈裟だよな、貴族のガッコ」
「それだけで済んで良かったよ、ロッチ。停学食らってもおかしくないし、何より足でも折ったらどうするんだ」
「そんなヤワじゃないって」
「もう」
それでも、彼が『やってくれた』お陰で、王太子殿下が一人の女子にだけ特別扱いでお手振りした事実は、うやむやに出来た。
ついでに、どの時点で悲鳴を上げたかもあやふやになって、『王子さまツアー』なんてやらかしていた女子生徒たちも、教職員にバレずに済んだ。
***
らく描き
~中庭木洩れ日~




