009 サクラの買い物
「フェロンさん、戻りました。急ぎの素材は素材部に提出済みです。これが受取証です。確認してください。それから、新しい吹きだまりスポットの位置、地図に書きこんでおきました。品質はBランクって所ですね」
「はい、両方確認できたわ。相変わらず仕事が丁寧で正確ね。それと、予定よりもずいぶん早いんじゃないの」
「ああ、1層でサクラさんに会って送ってもらいました。風の道で……」
「なるほど……速いわけだわ」
「よし、サクラちゃんもいるなら、今日はお姉さんがお昼をおごってあげるわ」
「やったー。いいんですか。うれしいです」
ギンギツネ号を置いてきたサクラさんがいつの間にか私の直ぐ後ろにいた。
お昼は、フェロンさんお勧めのお店に行くことにした。お肉とスープが美味しいお店だ。どうやら、猫に気をつかってくれたようだ。
「マスター、3人と1匹ね」
「おう、フェロンさんいらっしゃい。今日は、サクラちゃんとねこちゃんもいっしょかい。うれしいねえ。こりゃ張り切らないとな」
すみません。私もいるんですが……。
つくも(猫)はすっかり町ねこ状態だ。町を歩いていると、いろいろなところで声をかけられる。住宅の玄関扉にもいつの間にか、ねこ専用の扉が備え付けられていた。というか、この世界にもあるんだ。キャットドアが。
「サクラちゃん。試験勉強は順調なの」
「はい、筆記の方は小さいときからコツコツ勉強してきましたから問題ないんですが、実技の……戦闘の方が心配です」
サクラさんが猫の頭をなでながらうつむき加減で答えた。
「えっ 試験に戦闘なんてあるんですか」
「何言ってるの、冒険者の方だってあるでしょうが」
あきれた表情でフェロンさんが私の頭をコツンと叩いてから、
「ああ、そうか……戦闘と言っても、冒険者みたいな身体強化しての殴り合いじゃないわよ。樹魔車両の触手を使った戦いよ」
私の疑問点に思い当たったのか、フェロンさんが補足をしてくれた。
そうなのだ。樹魔車両は、単なる運搬車両ではなく、5層から先では戦闘体型になって、後方支援をする役割を担うのだ。
「でも、C級は、5層より深いところには潜れなかったような気がするのですが……」
私が、試験勉強で習ったことを思いだしながらつぶやくと、
「単独ではね。でも、B級やA級とチームを組めば潜れるのよ」
なるほど、危ない危ない、試験に出たら間違えるところだった。
「戦闘は、経験して強くなっていくしかないから、試験では基本動作ができるかどうかに重点を置くはずよ。瞬時の変形ができれば問題ないわ。ギンギツネ号ですもの。油断さえしなければもっと問題ないわ」
大丈夫だけど、油断は禁物よ。と暗にアドバイスをしてくれる。ありがたい。
やがて、料理が運ばれてきた。今日は、牛肉がメインの料理だった。
牛や豚に似た動物は、1層の草原にたくさん生息している。これを狩ってくるのもD級冒険者からの仕事になる。
つくも(猫)は最近、スープの他にいろいろな肉も食べられるようになったようだ。ねこと言えば魚のイメージだが、この町は川魚がメインだ。海は遠く、今の流通網では新鮮な魚が届くことはない。
明らかに、ねこ専用と思われるお皿にのって料理が運ばれてきた。もしかして、つくも(猫)って、ここの常連さんなの……?
「カナデさんの勉強の進み具合はどうなんですか」
食事を食べながら、サクラさんが心配そうに聞いてきた。
「それがねー。全く問題ないのよー。ほんとあきれるわ」
フェロンさんが、ため息をつく。
「私の分担は、試験全般の広い教養なんだけどね。私が教えられる部分は、最初の1ヶ月で全て暗記してしまったのよ。だから、今は、町の図書館の資料で自習してもらっているわ。ねえ、すでに、B級の範囲も終わってるんじゃないの」
「はい、だいたい、読み終わりましたね。今は、この町の史跡について調べているところです。なかなか、おもしろいですよ」
「ねっ、本当に優秀よ」
「うーん、私も負けていられません。がんばります」
サクラさんのやる気スイッチが入った。第1任務完了!
「ああ、そう言えば、伝えるの忘れていたわ。あのね、所長の夜の講義、しばらくお休みですって」
ラウネン所長からは、貴族や王族、大商人との付き合い方を教わっている。といっても、「もう、俺に教えられることはない。後は自分で実践しろ」と言われてしまったが……。
「わかりました。これで少し夜がゆっくりできそうです」
私が嬉しそうにニヤニヤしていると、
「油断は禁物よ」
フェロンさんの鋭い視線が飛んできた。
町に来たのは久しぶりだ。身の回りの小物を購入した時いらいだ。
あの時は、着替えはもちろんカバンもない状態だったので、サクラさんにひとつひとつお店を教えてもらいながら一通りの物を購入した。
それからの日々は、冒険者ギルドの依頼をこなすのと、試験勉強でとても忙しかったので機会がなかった。
今回は、町の様子をじっくりと観察しながら歩く余裕が……ない。にこにこしながら隣を歩いている美少女をどう扱ったらいいかが分からない。
日本なら、間違いなくトップアイドルレベルのかわいさだ。研究にしか興味がなかったおれとはそもそも住む世界が違う。
だれか、取扱説明書をくれ!
「おっ、サクラじゃねえか。久しぶりだな」
「あれ、ねこちゃんじゃないの。今日はいつもと違う時間のお散歩なの」
「おう、ねこちゃん、スープ飲んでいくか」
サクラさんと同じぐらいの頻度で、つくも(猫)に声がかかっていた。
「ねこちゃん人気者ですね。でも、かわいいから当然です」
サクラさんがなぜか自分の事のように嬉しそうだ。
商店街は、行政区と呼ばれている一番人が集まる場所にある。いろいろなものが売っているスーパーのような店はない。肉なら肉、野菜なら野菜を売る専門店だ。そして、その専門店の種類と店の数がとても多い。しかも、同じ区画に集中しているので、買い物をするにはとても便利な場所だ。
紅茶を飲んだり軽食ができるお店も多く、ケーキのような甘いものの専門店もある。どの店も、花や装飾などで彩られ、歩いているだけでウキウキするような場所だ。
案内所養成学校の学生らしき若者もちらほらと歩いている。サクラさんに会うと、みんなびっくりして会釈をしている。ちなみに、E級、D級の冒険者達も、私を見ると何故か直立不動で敬礼をしてくる。なんで?
サクラさんは、仕事帰りなので制服姿だ。そう言えば、サクラさんの私服をあまり見たことがない。まあ、私もいつも同じ服だが…… 確かにこれでは、仕事の延長だろうと思われても仕方がないか。若い男女が並んで歩いていても誰も気にしない。
よかった、誰かに何か言われても、絶対にうまく反応できない自信があるぞ。助かった。
いろいろな店を見て回ると、あることに気がつく。どの店にも、『ちょっと高級品コーナー』なるものが設置されている。つまり、個人が使うお金に余裕が出てきた人が増えているということだ。うん、私の働き方改革の成果が少しずつだが出てきている。つい、ホクホクと笑みが出てしまう。
サクラさんが、小物を売っているお店に入った。しばらく店内を物色してから、筆記用具コーナーで立ち止まった。
試験用に何か買いたいのかな。そう思って、ボーとして見ていると、
「どれが似合いそう」
と、突然すごい難題を投げかけられた。そこには、万年筆がたくさん並んでいた。
え、サクラさんに似合う万年筆……ヒア汗が出た。前の世界を含めて、自分の美的センスが最悪なのがわかっている。
そもそも、プレゼントなど、女性どころか家族の誕生日プレゼントでさえ渡した記憶が無い。
「うーん。そうですねー どれも似合いそうなんですがー」
頭の中は真っ白だった。
その時、
「ニャッ」
と鳴いて、猫が、桜色の本体に黒いねこの足跡が付いている万年筆を前足でタッチした。
「うっわー。ねこちゃんの足跡ね。かわいいー」
これだ!
実は、フェロンさんが去り際に、「何かプレゼントの1つぐらいしなさいよ」と、肘鉄をしていったのだ。地味に痛かった。
「つくも(猫)が選んだのなら、間違いないです。それ、私にプレゼントさせてください」
えっと、一瞬びっくりする。かなり意外な言葉だったようだ。
「そんな、自分で買うから大丈夫よ……でも、ありがとう……」
サクラさんがオロオロしている。しまった、困らせてしまったか。なら、何が正解だったんだ、うーん難しい。
ここで成り行きを見守っていた店員が動いた。
「ここは彼の好意を受ける所よ」
サクラさんも、断るのはダメだと気がついたのか、恥ずかしそうにうなずいた。
店員がきれいな袋に万年筆を入れて私に手渡した。それを、サクラさんに差し出すと、うれしそうに受け取ってくれた。
ありがとう、つくも(猫)と店員さん。感謝です。最難関任務完遂です。
その後も、サクラさんが行きたい場所に付き合ってゆっくりと買い物を楽しむことができた。どうやらいい気分転換になったようだ。
サクラさんは『C級案内人』への昇級試験、私は『C級スター冒険者』への昇級試験の日まで、後7日後に迫っていた。
おや、スローライフ、スローリサーチの事は、後回しでもいい気がしてきたぞ。
前の世界でのことを思うと信じられない。おれの一番はいつだって『基礎研究』だった。誰かが発見していない全く新しい事を見つけるとワクワクした。その発見が『応用研究』で役立とうが役立たなかろうが関係なかった。自分が楽しければよかったのだ。
この世界でも、基礎研究仕放題な場所だと言うことが分かった時は、理想郷だと思った。町に行こうと思ったのも、ノートと鉛筆が欲しかったからだ。
キラキラした目でいろいろな事を見つめている風使いの少女といると、心が穏やかになる。基礎研究よりもこの子の願いを叶えてあげたくなるのはどうしてなんだろう。
それに、実はこの『C級スター冒険者昇格試験』がとても楽しみだと感じている自分がいるのだ。前の世界では感じたことのないワクワクした気持ちだ。
何故かというと、この試験には得体が知れない何かとんでもない秘密が隠されている気がする。油断ができない。おれの能力を最大限に発揮しても足下をすくわれそうな緊張感がある。前の世界では味わえなかった新鮮な気持ちだ。
やるからには手をぬかない。傾向と対策もバッチリのはずだ。準備は万全にしてきた。
そう、おれは、生まれて初めて、試験前にワクワクしている。
次話は明日7時10分投稿




