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058 魔術学院

 



 その話は、突然だった。


「え、私が留学ですか」


 ここは、カボーグ邸にあるカルミア様の執務室だ。そこに、私とサクラさんが呼ばれた。そして、留学の話があると告げられたのだ。


「ああ、ナツメが持ってきた魔術学院からの書簡に、サクラをぜひ受け入れたいと書いてあったんだ」


 ナツメさんもランタナさんも、その学院を卒業している。サクラさんにその話が来ても、確かに不思議ではないな。


「でも、兄様達は、2周期の時でしたよね」


 ん、2周期って何だろう。


 私の頭の上に? マークがあるのが見えたようで、カルミア様が説明してくれた。


「エルフは、人族よりも3倍ほど寿命が長いのは知っているよね」


「はい、人族がだいた100年から150年です。だから、300年から450年位の寿命ですよね」


 この世界の人族は寿命が長い。たぶん、魔素が関係している。


「そう、だから、1周期が50歳頃まででその間にナツメは案内人1級になり、100歳までの2周期目で、魔術学院卒業と案内人S級になったんだよ。そして、今の3周期目で冒険者A級になったというわけさ」


 なるほど、一度にではなく、時間をおいて少しずつランクを上げていったわけだ。通りで全てが完璧なわけだ。納得だ。


 ん、ということは、ナツメさんは少なくとも150歳は超えているということだ。


 えっ、サクラさんは16歳。つまり、130歳以上年が離れているということか。


 ランダナさんも同じぐらいなら、重度のシスコンになるわけだ。


「ナツメさん達の実力が高い理由がよく分かりました」


 満足そうにうなずくカルミア様。で、あなたは何歳なんですか?気になります。


「話を戻すよ」


 う、残念。


「実はね、この推薦留学を受けるには理由が3つあるんだよ」


 カルミア様が3本の指を立てた。


「1つ目は、学院側の事情だよ。来年度の入学生に、5つの国の王太子が集まるんだ。極めてめずらしいことだよ」


 一呼吸置いてから、


「そして、その婚約者も一緒に入学してくる」


 嫌な予感しかしない。この後の話を聞くのが怖い。


「つまり、学園が荒れるんだよ」


 はい、やっぱりです。セルビギティウムの名で仲裁しろってことですね。


「セルビギティウムの名を借りたいんだよ。学院が……」


 そう言って、ひとつため息をついた。


「2つ目だよ。これは、カナデ君も関係する」


 ん、何でしょう?


「王太子と仲良くなっておけば、今後、10層への試練を達成するときに味方になってくれる」


 なるほど。その通りだ。恩を売っておけということですね。


「3つ目だよ。これはサクラとカボーグ家の事情だ」


 何だろう。


「すまなかった、サクラ。事情があったとは言え、おまえの学生生活を3ヶ月で終わらせてしまった。罪滅ぼしと言うことではないが、10層の試練の前に、学生生活を楽しんできなさい。カナデ君も一緒に行ってもらうから、何の心配もないよ」


 え、私が行くの決定ですか。


「カナデ君、サクラのことを頼むよ」


「はい、わかりました。でも、私の立場ってどうなるんですか?」


そう、なにしろサクラさんは大陸の姫だ。案内人としてのパートナーは私ということで決着が付いた。これに異を唱えることができる組織も個人もいないはずだ。


 でも、セルビギティウムの名で乗り込む魔術学院では、きっと、私の立場ってすごく微妙になる気がする。はっきりさせておかないとかなり困ることになると思う。


「そこはこれから相談だね。まずは、サクラの気持ちを確かめようと思ったのさ」


 ああ、確かに。サクラさんの気持ちが大事だ。


 サクラさんを見ると、何やら考え込んでいる。表情も不安そうだ。


「父様、嬉しいんです。学生になれることが……。でも、不安の方が大きいんです」


そう言って、カルミア様を見た。


「父様、わたし、和音も知らなかったんです。それに、学院の生徒なら当然知っている貴族のしきたりとか社交界のこととかなんにも知らないんです」


 カルミア様が大きくうなずいた。


「貴族のしきたりやマナーについては、大丈夫だよ。この屋敷の生活が貴族の生活だからね。サクラはテストなら満点だよ。それにね、案内人C級の試験に合格できるということは、すでに知識としては身についているんだよ」


 カルミア様がなぜか私を見た。 ん、なんだろう?


「カナデ君。サクラの言っている和音とはなんだい?」


 え、まじですか……象徴様!


「言葉での説明は難しいです。2つ以上の音、それも違う高さの音です。それが同時に鳴っている状態のことを言います」


「ベニザクラ号の樹魔を同期させる時に私が演奏した音です」


 サクラさんも、目を丸くしていた。以外だったみたいだ。


「ああ、あの演奏ね。確かにツバキが和音だと言っていた。私達も大劇場に楽団の演奏は聴きに行くよ。魔術学院で音術も学んだ。音が重なっていることは理解している。曲に奥行きや感情を与える役割をしている事だね。つまり、言葉の問題だ」


 カルミア様が何かを考えている。


「そういう貴族のたしなみに関係する教育は、兄たちは2周期で行ったからね。サクラはまだまだ先だから考えなかったよ」


そう言って、椅子から立ち上がると本棚に向かった。その中から、何かの書類をまとめたファイルのような物を取り出しめくりだした。


「サクラ、この町では一流の芸術家達がたくさん活動をしているんだよ。その人達は、事情があって本国には帰らないから、今は仕事もお休みしているはずだよ。その人達に、講師になってもらうというのはどうだろうか。挑戦する気持ちはあるかな」


 サクラさんの眼が輝いている。スイッチが入ったときの顔だ!


「もちろんです。やります。カナデさん、いっしょに頑張りましょう」


 あー、ですよね。私がセットですよね。


「はい、もちろん、いっしょに頑張ります……」


 カルミア様が、すまなそーな顔をして、芸術家達の情報が書かれている書類を私に手渡してきた。




 入り口の町はもう直ぐ2月に入る。あれほど降り続いた雪はもうやんでいる。ここからは、穏やかな天候が続くので、雪の上での生活が始まる。


 そり仕様の魔鳥車が動き出したので、移動もできるようになった。




 3日後、サクラさんの英才教育が始まった。


 この世界の芸術については、図書館の資料で分かる範囲のことは私が全て暗記している。これも、C級スター試験の範囲だったからだ。ナツメさんが言っていたように、王族対応ができるレベルの知識は身についている。


 つまり、サクラさんもある程度のことは身についていたのだ。カルミア様が言っていたように、言葉の問題だった。私の多言語翻訳君が『和音』と翻訳してしまったので、混乱させてしまったようだ。


 なので、後は実技だ。まあ、こっちの方が知識よりも数倍大変なのだが……。




「カナデさんずるいです。なんで教えてくれなかったんですか。本当は、音番じゃなくて楽譜なんですね」


「すみません。私も音楽の専門家がどうしているか知らなかったので……」


「こっちに方が断然分かりやすい……というか、曲のイメージが見て分かります」


 サクラさんがバイオリン練習の時、渡された楽譜を見ながら私がなんなく演奏したのを見て、「どうして?」という疑問から実は知っていたという事が分かり憤慨(ふんがい)している。


案内人養成学校でも、きっと3ヶ月で終了にならなければ習った内容だろう。


 カルミア様が言っていた事情とは、やはりストラミア帝国の思惑の事だった。彼らの思い通りにさせないために、一日でも早くサクラさんの実力をC級レベルにしておく必要があったようだ。本当に迷惑な国だ。


 楽器は、弦楽器と打楽器の中から好きな物を選んで集中的に練習をした。サクラさんはバイオリンとシロフォンを選択した。私は、ビオラと打楽器ではないがクラリネットを選択した。


 楽器は、多少見た目は違うが、基本的な作りは前の世界と同じだ。


 楽器が3時間、ダンスが2時間、絵画が2時間、専門知識が1時間……。


 それを1ヶ月間毎日みっちりだ。


 元々スペックは高いサクラさんなので、あっという間に、芸術家達の知識と高いスキルを身につけてしまった。




「サクラシア様、合格です。これ以上は私達では教えることができません。サクラシア様としての個性を磨いてください」


「カナデ君も付き合ってくれてありがとう。でも、なんて言うか、カナデ君の芸術スキルも知識も、私達とは違う世界のもののように感じるよ。不思議だね」


 いえ、その通りです。すみません。


「ダンスは、学院でも必ず必要になるから、しっかり身につけておくと良いよ。ダンスが上手だと、一目置(いちもくお)かれるからね。また、その反対もあるよ。へただと舐められる」


「まあ、今の君たちの動きは、一流と言ってもいいほど磨かれているから心配はしていないけどね」


 そう言って、天才達は去って行った。







 カボーグ邸に、風の森パーティーのメンバー達が呼び出されている。


 イグニス達は、ベニザクラ号専属という立場から、12月の護衛依頼は受けられなかった。例年だと、ここでも稼がないと冬越しが厳しいので困るのだが、今年はお金には困らない。本人達も納得している。


今年の冬は、やや高級な旅館でゆっくりしてる。ややというところが、イグニス達らしい。高級すぎると落ち着かないようだ。




「なあ、カナデ、なんで俺らもその魔法学院に行かなければ行けないんだ」


 イグニスが、心底わからないという顔だ。


「護衛だよ護衛。俺の他に、シンティとエルも行くことになったから、護衛が足りないんだよ」


 いま、入り口の町にはB級以上の冒険者がほとんどいない。だいたいが他国でゆっくりと過ごしている。


「A級への指名依頼、第一号」


 クエバさんが、指を一本立てた。


 そう、風の森パーティーは、ツバキさん、ロギスさん、ランタナさん達の推薦による審査の結果、無事、A級冒険者に昇格したのだ。




 私とサクラさんの留学のことを聞きつけたパーソンさんが、良い機会だからとエルとシンティも留学できるように学園に掛け合った。


 学園も、サクラさんに無茶なお願いをしていることもあり、友人枠として快く了承してくれたらしい。




 カルミア様達と相談した結果、私の扱いは、サクラシア様の正式なパートナーとしての役割と、姫を守るナイトとしての仕事を兼務することになった。


 シンティは、サクラシア様の側近みたいな役割をするとのことだ。意外なことに実家で貴族の超英才教育を受けていた……。


 エルは、パーソンさんの知り合いの研究室に入るとのことだ。


 学院の入学式は4月中旬になる。それまでにやって置かなければならないことがたくさんある。




 季節は3月になった。


 町は白一色の世界だ。積雪は3メートルぐらいある。天候は安定している。


 この町は、どのお店も民家も大体が2階建てだ。そして、なぜか2階にも出入り口がついている。初めは疑問に思ったが、雪がたくさん降るという話を聞いてなるほどと思った。


 今、まさに、その出入り口が使われている。なので、お店も普通に営業している。


 魔鳥車(まちょうしゃ)も、車輪の代わりにそりを付けて運行している。賢魔鳥(けんまちょう)は足下にかんじきのようなものを付けて、(なん)なく雪の上を走っている。


 生活するだけなら何も困らない。人とはたくましい。


 これからどんどんと雪が解けていく。雪解け水はなぜか1層がほぼ吸収してしまうようだ。4月になる頃にはもう雪はなくなるらしい。またにぎやかな町の風景が戻ってくる。


 あの、横笛の検証は延期になった。今は、サクラさんの魔術学院での生活に専念しなさいとカルミア様が言ってくれた。




 そして、4月になれば、私とつくも(猫)がこの世界に来てから1年が過ぎたことになる。






次話は明日7時10分投稿

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