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056 ねこちゃん印

○○○ネタがあります

食事中、苦手な方はご注意ください




 12月も中旬になった。日本にいた頃なら、世の中はクリスマスケーキやおせち料理の予約や準備でお客もお店も大忙しだ。


 しかし、ここ(異世界)では、そんな風習はない。神様を祭るという習慣自体がないのだ。世界樹が確かにそこに行けばあるという事実があるので、神様と呼べる存在は『世界樹の恩恵』一択だ。


 大陸のどの国に行っても、教会と呼べる組織も建物もない。ただ、ナダルクシア神国のみが、秘密のベールに包まれていて不気味だ。




 入り口の町に限ってだが、この時期はかなり慌ただしく過ぎていく事になる。師走のような感じだ。


 理由は大きく分けて3つだ。


 1つ目は、1月から雪が降る。それもかなり本格的にだ。積雪は3メートルを超えるようだ。なので、行政の仕事も学校もいろいろなギルドも全ての業務が止まることになる。つまり、仕事をまとめなければならない。


 2つ目は、帰省だ。この町の3分の1は、他国からの出向者だ。その人達が一斉に自分の国に帰国する。なので、案内人も冒険者もその護衛や荷物運びなどで大忙しになる。


 3つ目は、町の人たちの冬支度だ。特に1月中は雪が降り続けるので外出が困難になる。なのでその期間の食糧確保が必要になる。つまり、お店も稼ぎ時なのだ。


 ちなみに、高ランク冒険者達は、他国で過ごす。綿まつりで稼いだお金でまったりと過ごすのだ。護衛任務で行った国にそのまま滞在して、また春になってから護衛をして戻ってくるというパターンも多いようだ。




 町全体に慌ただしさが漂っているが、私はこれで少しゆっくりできるとほくそ笑んでいる。冒険者の仕事もない、雪のため外出も困難だ、つまり対人トラブルもない。


 なんと理想的な状況だろう。


 食糧も暖かいままアイテムボックスに入れておけば、暖かいまま食べることができる。いざとなれば、コバルトブルーの実を食べれば、春まで食事の必要がない。


 つまり、基礎研究のやりたい放題の時間なのだ。


 ウキウキと、スキップでもしたい気持ちを我慢しながら、以前からお願いしていたあることの進捗(しんちょく)状況を確認するために、目的の工房へ足を運んだ。




 勢いよく工房のドアを開けて、奥にいるだろう職人に声をかけた。


「ロスナールさん、カナデです。様子を見に来ましたー」


「カナデ君、新しい工場が必要です」


 目の前にお目当ての職人がいて、いきなりこう切り出された。


「いきなりなんですけど……どうかしたんですか」


「例の紙は、ほぼ、完成したんです」


「できましたか。使い心地はどんなですか」


「まあ、男性にしか感想を聞けないのでなんとも言えないんですが、(おおむ)ね良好です。特に、冒険者達に好評です」


「でしょうでしょう。うんうん」


 私が満足してうなづいていると、


「でも、大量生産するには、工場が必要です」


 ああ、納得です。確かにそうだろう。


「それにです。例の黒板ペンキとチョーク、これも生産が追いつきません。これも、工場が必要です」


 ロスナールさんの顔が近づいてくる。


「それにそれにです。この紙とセットで使うあの魔道具。あれだって、きっと、工場が必要になります」


 ロスナールさんの顔がすぐそこにある。


「さらにです。これらの商品をブランド化するシンボルが必要です」


事情も状況も気持ちもよく分かった。うん、いったん落ち着こうか。




 この世界に特許はない。しかし、自社製品であることを証明できるシンボルを魔法刻印できる便利な魔道具が存在する。


 さて、どうしようか。


 少し考える時間をくれと、その場を逃げるように引き上げた。後ろから飛んでくる視線が背中に刺さる。きっと、切羽詰まったのっぴきならない状況なのだろう。


 うーんどうしよう。


ぼんやりとしながら歩いていたら、いつのまにか冒険者ギルドの前に来ていた。習慣とは恐ろしい。




 そうか、ギルドなら依頼ということで暇な人間を捕まえられるかも知れない。例えばイグニスのようなお人好しを……。


一縷(いちる)光明(こうみょう)を見いだしたと勢いよくドアを開けると、


「いつまで待たせるんだ、はやく護衛の冒険者を紹介してくれ」


「すまん、こっちは手一杯だ。誰か暇そうなやつはいないか」


「誰でもいい、とっ捕まえてこい」


 バタンと、そのままドアを閉め、神装結界で身を隠した。


 いかん、ここにいては危険だ。この分だと、案内人ギルドも同じ状況だろう。近づいてはいけない。


 私の危機管理能力が全開になる。


 あまかった、この町は今、臨戦(りんせん)状態だった。




カボーグ邸の前で結界を解除し、サクラさんを探す。こうなったら女神にすがるしかない。邸宅の前でうろうろしていたら、声をかけられた。


「カナデ君じゃないか。丁度よかった。探していたんだよ」


 ランタナさんだった。


 なんだろう。面倒事だとしたら今は無理です。


「どんなご用件でしょうか?」


 恐る恐る声を出す。


「さっき、あの魔道具を試してみたんだ。いいね、実にいい」


 ん、どんな魔道具だ?


「それでだ、あれを製品化するための相談がしたいんだ」


 製品化? まさに今その事で困っています……。


「すみません、私もその製品化という問題で今手一杯の状態でして……」


「ん、何を製品化するんだい」


 神がいた。


 今置かれている状況をかいつまんで説明した。


「なんだ、なら、目的は同じだよ。私の言っている製品化が、まさにその事だからね」




 その後、ランタナさん主導でいろいろな人材があっという間に集まり、あれよあれよという間に工場建設打合せ、シンボル図案化まで進んでしまった。




「では、シンボルはサクラさんの描いたねこちゃんに決定しました」


 パチパチパチと拍手が起きる。


 司会進行は、なぜかエルだ。


「ありがとうございます。嬉しいです」


 照れるサクラさん。


「なんで……私のねこちゃんの方が絶対にかわいいのに……」


 悔しがるツバキさん。


 いや、ツバキさん。シンボルだから、デッサンじゃないから。


「では、工場の名前というか、もう会社の名前ですね。こちらもシンティさんが提案した『ねこちゃん印』でよろしいでしょうか」


「異議あり!」……と手をあげようとしたら、


「いいね。すごく響きが良い。斬新(ざんしん)な名前だよ」


 まさかのカルミア様の絶賛感想が先に出た。


 言えません。象徴(しょうちょう)相手に文句など……。


「はい、カルミア様絶賛の名前に決定しました」


 パチパチパチと拍手が起きる。


「ありがとうございます。嬉しいです」


照れるシンティ。


 くっ、同じパターンか。




「ところでカナデ、新しく作る工場で何を生産するの」


 ん、シンティよ。知らなかったのか。


「これだよ」


 そう言って、1枚の四角い薄い紙をテーブルに置いた。


「何これ、ずいぶん薄くて柔らかい紙ね。何に使うのこれ」


「トイレで使うんだよ」


「……」


「つまり、○×▽□だよ」


「なななな、なんですってぇー!」




 この世界に来て、とにかく困ったのが、排泄後の処理だった。日本での暮らしが快適すぎて、なかなか慣れなかったのだ。


 世界樹の葉はいろいろな事に利用されている。


 緑色の葉は、体力回復ポーションになる。

 黄色い葉は、毒消しや解毒薬になる。

 赤い葉は、魔力の回復ポーションになる。

 白い葉は、怪我の治療薬になる。


 そして、茶色い葉には、分解促進の効果があるのだ。


 冒険者達は、この茶色い葉を粉にして持ち歩いている。


 それはなぜか、人間誰にでも訪れる生理現象「胃や腸で消化されたものを排出する行為」で使うためだ。


 排出後の物体にこの粉を振りかけると、直ぐに分解されて土になる。実に環境に優しい仕組みなのだ。


 しかしだ、問題は、○○の後処理なのだ。日本のような温水シャワーで洗う仕組みやトイレットペーパーはないのだ。


 これは、駄目である。ダメダメである。なのでこの問題に果敢に挑戦したのが私なのだ。


 そして、協力者が『ロスナールさん』という『紙』職人だったわけだ。まさに『神』職人だ。


「いやね、カナデさんに相談されてはじめて、何でいままでそんなことに気づかなかったんだろうと、自分の頬をひっぱたいてしまいましたよ」


 ロスナールさんの苦労話が始まった。


「冒険者のみなさんは、魔物がいる森の中では次元箱の利用はできないんですよね」


 入り口の町ではどこの家庭にも、排泄専用の次元箱が置いてある。この中に世界樹の葉の茶色い粉を入れておけば、出すときは土になっている。下水道いらずのすごい仕組みだ。


「この紙には、茶色い世界樹の葉が混ぜられているんです。この比率を出すのにどんなに試行錯誤を繰り返したことか……あ、すみません、つい、つまり、○○○にこの紙をかぶせれば、なんと土になるんです。それにですね、拭き取りもこの紙でできるんです」


「こりゃ、画期的だな。冒険者達の救世主だな」


 ラウネンさんが、涙ぐんでいる。きっと、現役時代に苦労したんだな。

 

「よかったな、シンティ。この紙が作られる会社の名誉ある名付け親だぞ」


 ラウネンさんに、肩を叩かれて、固まるシンティ。


「サクラは知っていたの」


 サクラさんに詰め寄るシンティ。


「ええ、もちろんよ。これは、女性の冒険者や案内人達にとっても救世主よ」


「そんなあー」


 崩れ落ちるシンティ。まあ、ドンマイ。




「で、こちらの魔道具が、ぼくが試作したものです。いや、ロスナールさんじゃないけど、何でこのことに気がつかなかったのかって、ぼくも自分の頭を殴りましたよ」


 エルが試作した魔道具は、そう、温水シャワーで○○○を洗う装置だ。


「水属性の魔石と火属性の魔石は、E級魔物のもので十分です。効果も長持ちするので、これも画期的ですよ。後は、どう軽量小型化するかですね。樹魔(じゅま)車両に設置するには、もう少し改良が必要です」

 

 エルが得意げに一気に説明した。


「でも、家庭用としては、もう実用化できるんだろ」


 イグニスが聞いてきた。


「はい、すでにカボーグ家で試しています。ビオラ様からも絶賛されました」


 どや顔のエルである。




「よし、では、直ぐに工場の建設を始めよう。もう、場所も決まっている。これから行って打合せをするぞ。カナデついてこい!」


 ラウネンさんが、すごいやる気だ。きっと、冒険者達からせっつかれていたんだろう。特に、女性冒険者達から……。




 ラウネンさんににらまれて、さて動こうかと椅子から立ち上がった時、パーソンさんに話しかけられた。


「カナデ君。このサクラさんが考えたシンボルマークは良いね。尻尾をピンと立てている姿が、何というか神々しいね」


 図案を絶賛している。まあ、モデルが本当の神様だから、神々しいのは納得だ。


「それにね、このシンボルは今後の大きな武器になるよ」


 ん、なんで。


「カナデ君が考案したものを、ロスナールやエルが製品化する。そして、それが大陸中に広まるんだよ。この、ねこちゃん印のシンボルと共にね」


 なるほど、ねこちゃん印があるものは、私が関係しているぞっていう印籠(いんろう)みたいなものか。 


「カナデ君の名が、このねこちゃん印とともに広がり、大陸中にこのねこちゃん印の製品が行き渡る頃には、カナデ君にかなう権力者はいなくなるね」


「いえ、そこまでの影響力はさすがに……」


「ふふふ、カナデ君は今後、もっと影響力があるとんでもないものを世に発表するんだよ。そうなっていくのが、定めなんだよ、きっとね」


 そう言って、予言者パーソンさんはその場を離れていった。




 打合せの結果、なんと、雪が降る前の12月中に完成させてしまうそうだ。


 まあ、紙を溶かして世界樹の葉を混ぜて、伸ばして、乾燥させるだけの施設だから、できちゃうのかな……魔法がある世界だから……。


 エルの魔道具は、もう少し検討してからになりそうだ。それでも、4月になったらすぐに工場建設を始め、6月にはフル生産に入れるように準備を始めるらしい。


 紙の原料となる魔力草集めも、今後E級、D級冒険者の安全な仕事になりそうだ。これは、喜ばしいことだ。





次話は明日7時10分投稿

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