055 サクラの講義
12月に入ったが、秋はまだ続いている。本格的に寒くなるのは、1月に入ってかららしいが、段々と冷え込んではきた。
この世界に来てからの、初めての冬がもう直ぐやってくる。雪は、結構積もるみたいだ。なので、冬の間は冒険者も案内人も休業になる。
冒険者達は、綿まつりで稼いだお金で冬を越す。稼ぎ損ねた冒険者は、冬も町の中の細々とした依頼を受けることになる。
イグニス達は、今や羨望の的だ。単独パーティーとしては、歴代一位の売り上げを果たしたからだ。
私はと言うと、今、案内人ギルドの養成学校に来ている。なぜかというと、サクラさんがこの養成学校で講義をするので、そのお手伝いをするためだ。
「カナデさんすみません。無理なお願いをしてしまって」
サクラさんが申し訳なさそうにしている。
「これも、パートナーの役得ですよ。それに、実は、私もサクラさんの講義を聴いてみたかったんです」
ぱっと明るい表情になるが、すっと、心配そうなそぶりになる。
「講義と言っても、『修了生の話を聞く会』というイベントみたいなものですから、たいしたことではないんですよ。それに、うまく話ができるかどうかの方が心配なんです」
「大丈夫ですよ。サクラさんなら問題なくできますから」
すでに、A級並の仕事をさらっとやっているんです。話を聞いた生徒が理解できるかの方が心配です。
養成学校は、1月からは雪のため休校になる。なので、12月が節目の季節となる。日本でなら3月と同じだ。
会場には、たくさんの案内人を目指す生徒が集まっていた。年齢は、15歳から20歳ぐらいまでだ。
「たぶん、初めましてのみなさんもいると思います。私は、サクラと言います。今年の7月にC級になった案内人です」
さすがは、ラウネンの威圧を受けてもけろっとしていられるだけはある、覚悟が決まれば落ち着いたものだ。
「ここに集まっているのは、この12月で養成課程を修了する人たちです。そして、3ヶ月後には、案内人として、仕事を始める人たちになります」
サクラさんは会場を見渡した。
「この後みなさんには、2つの選択肢があります」
黒板に文字を書き始める。
「ひとつ目は、D級までで、他の仕事をするです」
「ふたつ目は、C級試験を受けて、高ランクを目指すです」
黒板には、『D級まで』『C級試験を受ける』と書かれている。
「ひとつ目から説明しますね。E級の仕事は、入り口の町の中での配達業務が主です。配達するのは、手紙や荷物、それに情報です。綿まつりの開始を伝えてくれたのも、E級のみなさんです」
「E級の仕事には、賢魔鳥の協力が不可欠です。身体強化系の魔法が使える人でも、賢魔鳥は必ず必要になります。研修でも言われているとは思いますが、この冬の間に、賢魔鳥牧場に行って、気の合う相棒を見つけておいてください」
「D級は、町の外の配達と、町の中の『乗り合い鳥車』の御者が大きな仕事になります。町の外の配達には、案内人ギルドで樹魔車両の貸し出しもしています。ただし、この後にも話しますが、『風の加護』が必要になります」
「加護がなく、案内人の仕事を目指している人たちは、乗り合い鳥車の仕事までになりますが、この仕事は町の移動を支える大事な仕事なので、町職員採用となります」
「次に、C級試験を受ける。を説明しますね。高ランクを目指すためには、風の加護の力が必要です。加護無しでは風の道は出現しません。
そして、風の道がなければ、大樹の森では活動できません。この養成学校にいるみなさんは、ほとんどが加護持ちのはずですのでそこは大丈夫でしょう」
「C級試験は、毎年1回しかありません。高ランクを目指すなら、かなりの覚悟でD級での経験を積んでいくことになります」
「加護の力は人によって異なります。D級の仕事は3層までですが、全く危険がないわけではありません。自分の力を過信しないで、仕事を選んでください」
「最後に、D級での経験で、自分にはC級は無理だと思った人たちにです。この入り口の町には、D級までの経験を活かせる職業がたくさんあるんです。例えば、毎朝用意されている仕出し弁当は、D級の経験を活かしてメニューを考えたり、指定された場所に配達したりしています」
「魔物がいる大樹の森は、実力の世界です。自分の力を過信してはいけません。命を落とすことになります。これだけは、覚えておいてください。これは、自分の国に帰る予定でいる人たちも同じですよ」
ここでサクラさんはひと息を付いた。
見守るような笑顔でサクラさんの話を聞いていた、養成学校の校長がサクラさんの隣に並び拡声魔法を使う。
「サクラさんは、すでに王族対応の依頼も経験している実力者です。みなさんもいろいろ聞きたいことも多いでしょう。ここで質問を受け付けましょう」
ババババっと勢いよく手が挙がった。
「ふふふ、たくさんありそうですね。時間はたっぷりあります。端からいきましょう」
このあと、C級になってからの活躍のことを、根掘り葉掘りしゃべらされることになる。
サクラさんもだんだんと、緊張が解けてきて、最後は友達口調の講義になっていた。
ものすごい拍手を浴びて、恥ずかしそうに教室から出てきたサクラさんは、16歳の学生のような表情だった。
「サクラさんも、この養成学校で学んだんですね」
「はい、でも、3ヶ月で終了だと言われました……」
「……」
「12歳で入って、13歳でE級の仕事しました。D級が14歳からです。それから2年間、C級目指しての仕事でした」
「わたしの学生生活って、3ヶ月で終わってしまったんです」
サクラさんが、少し寂しそうに微笑んだ。
「……飛び級ってやつですかね」
どうフォローしたら良いかわからない私は、こう答えるしかなかった。
その後、サクラさんに養成学校の中を案内してもらった。
つくも(猫)はお散歩中のようで朝からいない。最近はちょくちょく出かけている。何をしているやら、誰かに迷惑をかけていなければいいのだが……。
案内人養成学校は、入り口の町のほぼ中心にある。近くには冒険者の訓練所と大劇場があり、学術区と呼ばれている。実は、音波研究所もこの近くにあるのだ。
養成所から東に5キロメートルほど行ったところに賢魔鳥牧場がある。講義にも出てきたが、案内人と賢魔鳥はパートナーだ。気の合う相棒と出会えれば、一生の宝物になる。
養成学校は、日本の専門学校のような場所だ。授業は、読み書き計算の基礎学習から、賢魔鳥の生態、樹魔車両の知識や扱い方、大樹の森の地形や魔物の生態など、自分が目指す仕事内容にあった講義を選ぶ事ができる。
学校の敷地は50万㎡、東京ディズニーランドぐらいの広さになる。そこに、食堂、講堂、体育館、訓練施設、学生寮等が完備されていて、大陸中の国から生徒が集まっている。
樹魔車両の講義が行われてる施設に行くと、そこには見慣れた車両が止まっていた。ギンギツネ号だ。ということは……、恐る恐る様子を覗いてみると、いました。大陸の象徴が。
「ああ、今日は父様が講師の日だったんですね」
サクラさんが何でもないようにさらりと言っている。
いや、大陸の象徴ですよ。受講生のみなさん緊張するでしょう。
と、思ったらみんな普通だった。どうやらこれが通常のようだ。
なら、どんな講義なのか気になります。サクラさんとワクワクして始まるのを待っていたら、こちらに気がついたカルミア様から手招きされた。
う、何だろう? 嫌な予感しかしないぞ。
躊躇していたら、
「カナデさん、父様が呼んでいますよ」
そのまま、背中を押されて連れて行かれました。
「カナデ君、丁度いいところに来てくれた。模擬戦闘の魔物になってくれないか」
ん、ランダナさんがやっていたことかな?
「ランダナさんみたいにやればいいんですか」
「うん、そうだ、話が早くて助かるよ」
カルミア様がギンギツネ号の御者台に座った。似合う。似合いすぎる。
ギンギツネ号の渋い銀色の車体とカルミア様の銀髪が重厚な雰囲気を醸し出している。
「ちょっと面倒な見学者がいてね。すまないが本気で排除をするよ。そのつもりで避けてくれ」
え、ちょっとまって、そんなことしたらこの施設吹っ飛ぶよ。
(それはない、俺様が結界を張るからな)
いつの間にか足下に猫がいた。
「ギンギツネ号、戦闘型だ」
カルミア様の声が静かに響いた。
シュパッ 一瞬で戦闘型になるギンギツネ号。
(神装力第三権限開放 神装身体強化)
イメージ、80パーセントだ。
つくも(猫)のねこパンチ弱めだが、8層のB級を吹っ飛ばす力がある。
「いきます」
ランダナさんと同じなら、魔物が狙うのは御者台のカルミア様だ。
私が動くと同時に、ギンギツネ号の触手が襲ってきた。鋭い。『紅と白』以上の速さと正確さだ。これが、S級カルミア様とギンギツネ号のコンビネーションか。
あの時のランダナさんの動きを再現する。
魔物が触手を掻い潜り、御者台に肉薄する。それを12本の触手が阻止しようと連携して襲ってくる。
ベテランのボクサーが相手の動きを読んで紙一重で避けながらジャブを放つ。そんなところだろう。
本気か、確かに、赤玉だ。
あのカルミア様が、怪我をさせてもいいという覚悟でいる。つくも(猫)は動かない。なら、こちらも本気でいけということか。
イメージ100パーセントだ。
一段階ギアを上げるというやつか、ギンギツネ号の触手が微妙に後手に回り出した。私の動きに追いつけないのだ。
触手を紙一重で避けながら、ジリジリと近づいていく。
カルミア様の体内魔力が膨れ上がる。
ギュルルル
空中に突然氷柱が生成された。
カルミア様の魔法だ。
触手と氷柱が交互に襲ってくる。
これには参った。さすがに避けきれない。
仕方ない。
イメージ120パーセントだ。
ここで『超計算』は使えない。髪の毛に光が走るからだ。目立ちすぎる。
(神装力『俊足』 発動)
もう一段階ギアが上がった。もはや、触手も氷柱も届かない。
もう少しで獲物に届く、というタイミングで乱入者が現れた。
その乱入者は金色に輝く髪の色を持ったエルフだった。
「ごめんね、ちょっと試させてもらうわよ」
どことなく誰かに似た雰囲気を持ったその金髪のエルフは、長い髪の毛をなびかせて鋭い手刀と蹴りを浴びせてきた。
ギンギツネ号の触手と氷柱が舞う中で、金髪エルフの手刀と蹴りをよけるのは流石の120パーセントでもかなりしんどい。
チラッとつくも(ねこ)を見る。知らん顔だ。まあ、猫なので表情少ないけど……。
しかたない、『柔力』
体がしなる。
金髪エルフに少し動揺が見えた。手刀や蹴りを打ち込んでもそこに体がない。
金髪エルフの体内魔力が膨れ上がった。
「そこまでよ」
ビオラ様の声だった。
「まったく、心配になってきてみれば案の定ね。姉さん、何してるの」
金髪のエルフはビオラ様のお姉様でした。
つくも(ねこ)がビオラ様に近づき足下に顔を近づけスリスリしている。
「ねこちゃんありがとね。あとでご馳走よ」
おい、つくも(ねこ)! 買収されていたのか。
「姉さん、様子をみるだけだって言っていましたよね」
「いや、そのつもりだったんだけど、この子があまりにも強いからついね。テヘッ」
何だろうこのエルフ。戦闘している雰囲気とずいぶん違うぞ。
「ビオラ、助かった。乱入された時はどうしようかと思ったよ」
カルミア様がヒア汗を拭きながらギンギツネ号から降りてきた。
「カナデ君。ますます強くなったね。10層が本当に近づいてきたよ」
カルミア様が満面の笑顔だ。
「そうね、これならあの頑固者たちを説得できそうよ」
そう言うと、金髪の髪の毛をフサッと手で払い整えてから、私の方に近づいてきた。
「私は、エレウレーシス連合王国王都城で近衛隊団長をしているアルティーヌよ。ビオラの姉でもあるわ。よろしくねカナデ君」
握手を求められた。
この世界では、握手をするという習慣が無い。この意味を知っているのは、どうやら探求者だけのようなのだ……。
私もその手を軽く握り返した。
アルティーヌさんは、意味ありげな微笑みを残して、そのまま去って行った。
その後は、ポカンとした顔で固まっている学生たちを、カルミア様が軽く冷気を漂わせ覚醒させた。そのまま、解散と告げられると、
「なんだ今のは」
「すげーぞ」
「あれがC級Gスター冒険者のカナデさんか」
「あの金髪エルフは何者だ」
などなど、大騒ぎをして散っていった。さすがは学生、順応が早い。
「そ、れ、でー、どうしてこうなったんですか!」
サクラさんの頬がピクピクしている。これはかなりお怒りの時の反応だ。
「うっ、それはだな」
カルミア様が冷や汗を流す。
つくも(ねこ)はもやはどこにも姿がない。逃げたな!
「そーねー。家に帰ってから、説明しましょう」
ビオラ様は、いつもと変わらない。
カボーグ邸で詳しい話を聞くことができた。
10層攻略に消極的な貴族たちへの説得材料がないか、アルティーヌさんが相談に来た。
ならば、ツバキさんから聞いた新しい力を示せばいいと、丁度講義で養成所に行っているカナデ君との模擬戦闘をする事になった。
強い者を見ると暴走する姉の性格を心配したビオラ様が、定期訪問に来ていたつくも(ねこ)に、危なくなったら力尽くでもいいから止めてほしいとお願いをした。
すべて、ビオラ様の心配の通りになった。 以上である。
という経緯だった。つくも(ねこ)、疑ってすまなかった。おまえは無実だ。
どうやら、私が思っている以上に、どんどんと話が大きくなって行っているようだ。
だが、もう、後には引けない。
10層を中心に、大陸全体が動き始めていた。
次話は本日12時10分投稿
SSカナデの記録ノートです
長い説明文になります




