051 9層の魔物 ★
本日2回目の投稿です
それは、戦闘型になった「紅」と、小さな猫のがまるで踊っているような光景だった。
紅の16本の触手が、実を奪おうとする魔物達を威嚇する。
通常なら片輪4本になっている触手が、今は両輪で24本に分かれている。その内の8本が車体を支えているので、残りの16本は自由に動ける状態になっているのだ。
その16本が、ビュンビュンと縦横むじんに振る舞っている。その中を1匹の小さな猫がピョンピョンとその触手を足場にして飛び回っている。
不思議なことに、猫が近づくと、浮かんでいる青い実がふっと消えてしまうのだ。ただし、その事に気がついている魔物は、1体もいないが……。
「ねこちゃん、わたしの実まで集めてもらってごめんね」
サクラが猫に話しかける。
「ふん、暇つぶしだ。気にするな」
その猫は、尻尾を左右にビュンビュンと激しく振りながら、耳をピクピクと動かし瞳孔をまんまるにしてそう答えた。
「そろそろ7層ね。向こうは順調かしら」
サクラが50メートルほど離れた場所に目を向けた。そこには、この車両とよく似たもう一台の樹魔車両が、同じように触手を振り回していた。
猫は、そんな少女を見て、何かを探るように瞳孔を狭めている。
(サクラの加護は変化無しか。やはりな、深層でも力が変わらないのが加護の理だな。俺様の神力と同じか……)
猫は辺りを見回し、魔木達の魔力量が増えてきていることに気がつく。
(さて、7層に入ったか、カルミアから頼まれたことを片付けておくか。カナデを8層に連れて行けばいいんだったな)
猫はサクラの近く行くとエジプト座りをする。そして、触手を振り回す樹魔を見た。
(それにしても、この樹魔という情報分離個体はなかなか強いぞ。分体がこの強さということは、本体であるあの精霊の力もかなり強いということか、敵に回すとやっかいだな)
猫が耳をピックと動かす。光の束が近づいてくることに気がついた。
(どうやら、その、やっかいなのが来たな)
神装結界を張っているのだろう。サクラも樹魔もその接近に気がついていない。
(ねこちゃーん、おひさー)
(……軽い精霊だな。威厳はどうした)
(今日はいいのよ。大サービスの日なんだから。それに、その姿のあなたには言われたくないわね)
(……)
(で、何の用だ。世界樹の精霊)
(9層には、数百年に一度白銀に輝く実が湧くのよ。で、今年がその日なの。でも、人族は来ないからいつもS級達が食べちゃうのよねー)
(別にいいではないか、魔物達に魔素を食べさせるのが目的だろ)
(まあ、そうなんだけどね、最近、生意気なのよS級が……)
(……)
(でね、あまり強くなられても困るの、結界内に入ってこられたらやっかいなのよねー)
(なるほど、そっちが本題か。よしわかった、俺様に、そいつらのお仕置きをして欲しいって事だな)
(ピンポンピンポンピンポ-ン)
(……)
(じゃ、よろしくねー。ちなみに、人間がその実を食べると、第二権限の神装結界張れるようになっちゃうから気をつけてねー)
そう言うと、光の束はふっと消えてしまった。
(ふん、行ったか。回りくどい奴め。サクラにその実を食べさせろって事だろう。初めからそう頼め)
(まあいい)
猫は前足を前に伸ばすと、お尻と尻尾を持ち上げてグーと体をそらしあくびを一つする。4本の白い牙がチラッと見えた。
それからサクラを見上げると、話しかけた。
「サクラ、白と合流だ。カナデに8層へ行けと伝えてくれ」
猫はそう言うと、ピョンと御者台から飛び降りてトコトコと少し歩いてから、ふと気がついたように首だけ動かしてサクラを見上げた。
「俺様は、9層に用事ができた。サクラはそこから出るな。その中ならA級が来ても何もできないから安心しろ」
言葉は乱暴だが口調には、サクラを思いやる優しい響きがこもっていた。
そのまま猫は、さらなる深層に向かって走って行ってしまった。
9層、そこは、強者のみが生存することを許されている魔物達の頂点がいる場所である。
魔物達は調子に乗っていた。すでに1000年以上、自分たちよりも強い生物に出会ったことがない。我々は、いずれあの邪魔な壁を破壊して、更なる高み、そう、かつて存在していたSSS級に向かうのだと信じ込んでいた。
そして、今日はその野望が叶うかも知れない日だった。数百年に1度、銀色の実が舞う日なのだ。なぜか、本能でそれが分かる。
今までも、その実を食べると力が跳ね上がるのだ。いろいろな敵を倒しながら、ここまでやっとたどり着いた王者へのご褒美だと思った。
生物の中で、最強とは何だろう。
熊型『魔獣王』を代表とする哺乳類型。
蛇型『おろち』を代表とする爬虫類型
そして、
ムカデ型『千本刀』を代表とする昆虫型。
9層にたどり着き、2000年にわたる壮絶な戦いの頂点に立った王者は、昆虫型だった。
蟻が、10メートル程の巨体だったら、その蟻に勝てる生物はいるだろうか。
「ほう、この俺様がもらってやろうとしているこの白銀の実を横取りしようというのか」
「ギチギチ」
10メートルはある巨大な蟻が小さなねこを威嚇している。
「ふん、蟻型か。本当に生意気なやつだ」
(さて、お仕置きタイムだ)
「ねこパンチ、かなりきつめ」
10メートルの蟻が一撃で霧散した。直径が30センチほどの魔石が残る。
「ん、カナデの魔道車で使えそうだな。一応回収しておくか」
巨大な魔石がふっと消える。
「さて、次はどいつだ」
9層が震撼した。
もはや『白銀の実』を気にしている場合ではない。こいつは危険だ。排除しなければ……。
しかし、本能が警告する。こいつに逆らうな。
小さな猫を前に、10メートルを超える様々な昆虫型が恐怖した。
その時、周りの魔素を大量に取込ながら近づいてくるたくさんの足音が聞こえてきた。足音の数は数千を超えている。援軍が来たのか……いや違う。来たのはたった1体だ。
昆虫型の頂点に立つ魔物、ムカデ型「千本刀」がそこにいた。
体長は30メートルを超えている。そして、数千本はある足一本一本に鋭い刀のような外皮が光っていた。最大の武器になる毒顎も数十本ウネウネと動いている。
本来、ムカデには発声器官がないので鳴くことはない。しかし、進化した魔物は、顎を震わすことで音波を出すことができる。
「ギュルギュルギュルー」
9層の森の中に震動波が広がっていった。
「なるほど、こいつはやっかいだ。あいつが警戒するのも納得だ」
猫の神力が膨れ上がった。
ダブルコートの上毛が逆立つ。そこに光の波ができた。『超計算』いや、量子コンピューターと表現した方が正確か、それが発動している。
千本刀が動いた。30メートルの巨体が新体操のリボンのようにしなやかに渦を作る。
数千本ある刃付きの足が小さな猫めがけて容赦なく襲ってきた。
猫は数千本の刀一つ一つを数ミリ単位で見極め避けている。まるで動きを全て計算しているように見える。いや、実際そうしているのだろう。
巨体が動く度に、直径が1mはある魔木が野菜のように輪切りになる。しかし、刃が猫に届く様子はない。
千本刀に焦りが見え始めた。
1000年、誰にも止めることができなかった必殺のトルネードだ。全ての魔物が粉々に刻まれ霧散していった。
千本刀が止まった。
残っている攻撃は、毒顎による神経毒攻撃だ。本来は食事をするための捕獲に使う物だが、威力は絶大だ。
ギチギチと顎が動く。前足が変形した毒顎も動く。そこから神経毒を噴霧することもできるのだ。
猫が動いた。
「貴様の毒など、直ぐに無効化できるが、そんなことをしている暇はなさそうだ。どうやら、白銀の実が舞う時間は決まっているらしい。仕方ない、少し本気を出してやろう」
瞳孔を狭め、かかかかと短く鳴くと、一気に神力を開放した。
立ち座りの状態で右前足を大きく振り上げる。一つ一つの指球が大きく開き、爪が見えている。掌球が黒光りしている。肉球と呼ばれている部分が獲物を捕らえるために大きく広がっていた。
それは猫の手だ。それも、這って逃げていく獲物を容赦なく叩き潰すときの必殺の構えだった。
肉球を中心に集まった神力が肉球そのままの形で数十メートルの大きさに膨れ上がった。そこには、紅色に輝く半透明の巨大な猫の手があった。
「神装力猫の手」
ズドーーーーーーン
爆音と共に、30メートルの巨体が猫の手に踏み潰されていた。
ビリビリビリビリーーーーーー
振動が波になって9層に広がっていった。
半透明の猫の手が消えると、そこには直径1mはある巨大な魔石が残されているだけだった。
「この大きさになると、災いしか起きないな、破壊するか……」
そう言って、爪を伸ばした猫の手を振り上げた時、
「いや、10層のイベントが終わった後、カナデに必要になるかも知れないぞ」
そう言うと猫は、巨大な魔石を異次元収納に送った。
さて、次はどいつだ。
「ニィヤァーゴー」
低く短く鳴いて威嚇する。
魔物達は一斉に逃げていった。
この日、9層の魔物達は思った。
「調子こいてすみませんでしたー」
そのあと、9層には、尻尾を左右に大きく振りながら、瞳孔を狭め、ゴロゴロと喉を鳴らした猫が、ご機嫌な様子で白銀に輝く世界樹の実を回収して歩く姿があった。
次話は明日7時10分投稿




