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050 大樹の杜人

 



 7層から幅は狭くなる。といっても、一つの層で50キロメートルぐらいはある。


 その距離も、神装力(しんそうりょく)で身体強化をした脚力なら20分ぐらいで到達してしまう。在来線の特急列車が時速130㎞ぐらいなので、それよりも速い速度だ。


 8層は、初めてこの世界に来たとき以来だ。


 あの時は魔物の体が真っ赤に輝いた赤一色の世界だったが、今回は青一色の世界だ。ただし、魔物がみんなお友だちになったわけではない。青は実の色だ。




「うお、A級がうじゃうじゃいるぞ。さすがは8層だ。できればコバルトブルーの実ってのを見つけたいな」


 移動しながら。大きめの青い実をひょいひょいつかんではアイテムボックスへ送るを繰り返していく。どのぐらい確保できたかは、300を越えてからは数えていない。


「8層のだいぶ奥まで来たな。なんか、実も少なくなってきているぞ」


 その時、目の前をコバルトブルーの実がふわふわと浮かん飛んで行くのが見えた。


「見つけた」


と、手を伸ばそうとしたとき、『瞬間自動神装結界』が発動した。


「う、なんだ」


 そこには、A級魔物『魔獣王(まじゅうおう)』が爪を伸ばして立っていた。熊型魔物だ。ただ、私を見てはいなかった。コバルトブルーの実しか見ていない。


 爪は私の90センチ頭上で結界に阻まれて止まっていた。


 この結界は、意識していないときは10㎝~100㎝の間で発動する。


「うわー。『魔獣王』か、全く気がつかなかったよ」


 それもそうだ、殺意が全くない。赤玉も出ていない。ただ、実を食べるために手を振っただけなのだ。


「結界がなかったら、やばかったぞ」


 私は冷や汗を流した。


 さてと、次をさがしましょうか……。


 移動しようと顔を上げた時に、目の前に緑に白が混じった髪の毛のエルフが立っていた。




「なんじゃ、その結界は、無意識に張っているのか」


 その、エルフが聞いてきた。


「……」


 私が固まっていると、


「ああ、すまん。びっくりさせたかな。なに、おぬしが危険じゃったから助けようとしたんじゃよ。じゃが、わしが動くよりも早くその結界が張られたから、ちょっと気になったんじゃよ」


「そうだったんですか。すみません」


「で、あなたは誰ですか。あっ、私はカナデです。冒険者です」


「おう、知っとるよ。わしは、ネポスじゃ、目覚めの杜人(もりびと)一族の者じゃよ」


「ああ、カルミア様達と同じ一族ですか」


「ああ、そうじゃ。今日は、おまえさんを里に招待しようと思ってな、迎えに来たんじゃよ」 


「里って、もしかして、『大樹の杜人』の里のことですか」


「ああ、そうじゃよ。何しろおぬしはその里で育ったんじゃからな」


 そう言って、ネポスさんは、ニヤッと笑った。




 前を歩いていたネポスさんが、スッと見えなくなった。


 何も言われないので、そのまま後を追って進んでみた。


「ズン」


 軽く衝撃が来た。どうやら、『瞬間自動神装結界』が発動したみたいだ。


 おいおい、てことは、命の危険があったって事だぞ。|勘弁(かんべん)《かんべん》してくれ。


 里は、9層と8層の間ぐらいのところにあった。そして、なんと、世界樹の結界と同じ結界が張られていた。


 そりゃ、見つからないはずだ。そこにあると認識できないんだから……。


 結界は、正五角形に張られている。里の広さは、五角形の一つの辺の長さが3キロメートル位だろ。


 住んでいる人は、多くはないようだ。出歩いている人がいない。




「いつもなら、もう少し人がいるんじゃが、みんな実を取りに行ってしまったんじゃよ。なにしろ、貴重な保存食だからの」


「え、保存できるんですか。すぐ、劣化しちゃうって聞きましたけど」


「青やコバルトブルーの実は、大丈夫じゃよ。10年位は『次元箱』の中で保存できるかのう」


「なるほど、そうだんたんですね」 


 家は、全て太い枝の上に作られている。


「おお、これぞエルフの家だー」と感激していると、


 ズォーーーーーーン


 ビリビリビリーーー


 いきなり大地が揺れ結界もビリビリと振動した。


「めずらしいのう、9層がざわめいとるわい」


 ネポスさんが、目を細めた。


 9層……嫌な予感しかしない。つくも(猫)がなにかやらかしたんじゃ……。


「さて、今日の要件じゃ、そっちも時間がないだろうから手短に済ますぞ」


「はい、おねがいします」


「名前じゃ、おぬしに名前をやろう」


「……」


「ん、いらないのか。あった方が便利じゃぞ」


「いや、状況がよく分からなくて」


「ああ、そうか、すまんすまん。説明してなかったの」


「ルーサスがな、カルミアの書簡を持って来たときに、他の里の者達が心配したんじゃよ」


 あやしい転生者だもんな。そりゃ心配もするだろう。それと、カルミア様が言っていた協力者って、あの梟の神獣しんじゅう様だったのか。


「でだ、綿まつりのときに8層に行くから試験をしてくれって言われてたんじゃよ」


 え、これからするの? どんな試験なの?


「で、合格したから名前をあげるんじゃよ」


「……ぼく、いつ試験したんですか」


「ん、この結界内に普通に入れたじゃろ、それが試験じゃよ」




 納得です。結界なかったら死んでました……。ルーサス様、(ひど)いです!




「わかりました。名前下さい」


「ん、さて、どんな名前がいいかのー」


「『カナリズマ』が、ぴったりだと思いますよ」


 奥から、緑色の髪の毛を持つ女性のエルフが何か飲み物を持って出てきた。


「私はプリズよ。目覚めの杜人の一族よ。カナデさんよろしくね」


「なるほど、カナリズマか、うん、ぴったりな気がする。それにしよう」




『カナリズマ・デ・ソピステラ』


 古代エルフ語で『学者の子守歌』のことをこう言うとのことだ。




由来(ゆらい)を教えてもらった。


 昔、ある高名な学者がいた。その学者はとても音楽を愛していた。その学者は、紅色の横笛をいつも持ち歩いていた。


 夜になると、その横笛で美しい音色を(かな)でた。


 すると、どんなに泣いていた赤子も、どんなに疲れていた大人達も、みんなぐっすりと眠ることができた。


 そして、いつしかその紅色の横笛の音色は、『学者の子守歌』と呼ばれるようになった。




 由来を聞いて、なるほどと、私も納得した。横笛奏者、奏でる、学者など、私を連想する言葉が出てくる。


「この里は、あなたの故郷になったのよ。いつでも遊びに来ていいわよ」


 プリズさんにそう言ってもらい。ちょっと、嬉しくなった。


 この世界に、『入り口町』と『大樹の杜人』の二つの故郷ができた。




「それから、カナリズマこれを預けておくわ」


 プリズさんはそう言うと、右手を差し出した。


「世界樹の横笛」


 プリズさんの右手に紅色の横笛が乗っていた。私が神楽(かぐら)の演奏でよく使っていた横笛によく似ていた。


「なんとなく、これからのカナリズマに必要な気がするの」


 そう言って、私に横笛を渡してきた。


「いいんですか。大事な物なんじゃないんですか」


 私がそう言うと、


「今この里にこの笛で音色を奏でられる人がいないの。たぶん、カナリズマには吹ける気がするわ。時間がある時に試してみて」


 そう言って、プリズさんが優しく微笑んだ。


「わかりました。やってみます。では、サクラさんも心配するので戻ります」


「ええ、カナリズマ・デ・トゥーラまた来なさい」


「はい、ありがとうございます」


『カナリズマ・デ・トゥーラ』


 これが、この世界での私の本名ということになった。『トゥーラ』は、目覚めの杜人の子孫一族が名乗ることができる名の1つということだ。ネポスさんとプリズさんも『トゥーラ』だ。


 他の住人にも紹介したいから、また来なさいと言ってもらえた。素直に嬉しい。


 もう直ぐお昼だ。コバルトブルーの実はあきらめるか、そう思って帰り支度をしていると、


「そう言えば、コバルトブルーの実を取りに来たんじゃったな。この8層と9層の間だけなんじゃが、11時55分ごろになると30秒だけ特別なのが湧き出てくるぞ」


 ネポスさんがそう教えてくれた。


「この実はね、いろいろと役に立つのよ。取れるだけ取っておきなさい」


 プリズさんが遠慮する事はないのよと、念を押してくれた。


「わかりました。ありがとうございました」


 2人のエルフに見送られて、結界を出る。


 ズンという衝撃が来る。うん、結界がない人は絶対に入れないな……ん、ということは、この里の人たちはみんな神装結界が張れるということなのかな? え、どういうこと。調べることがまた増えたな。




 時間は11時50分だ。しばらく待っていると、本当にコバルトブルーの実がいくつも空から湧いてきた。


 数が多くて面倒なので、浮かんだ瞬間にアイテムボックスへ送ることにした。


 30秒でその実はふっと消えてしまった。


 急いでベニザクラ号に戻る。


 時間はもうすぐ12時だ。お昼にしよう。




 ベニザクラ号は、リムジン型になっていた。車内に入ると、


「おう、カナデ戻ってきたか。俺たちはもうお昼食べたぞ」


 ティカップを片手に持ち、くつろぐ風の森パーティーの面々がいた。


 がっくりする。緊張感も何もない。まあ、このベニザクラ号の中にいたら、そうもなるか。


「で、成果はどうだった」


「ええ、バッチリです。そちらはどうですか」


「ふふふ、聞いて驚け、なんと、コバルトブルーの実を1個、つかんだんだよ。この俺様が、わっはっはっは」


 ふんぞり返ってどや顔をするイグニス。


 私のアイテムボックスの中に、数え切れないほどその実があることは、この際だから黙っておこう。


「つかんだけど、お調子者に盗られた」


 クエバさんが真実をボソッと言う。


「そうなんだよ、くそ、あのやろう。今度あったらただじゃ置かないぞ」


 悔しがるイグニス。やっぱり、1個ぐらいあげようかな。


事前の打ち合わせで、私とサクラさんが確保した実は、自分の物にすると決めてある。案内人と冒険者の取り分は、その都度しっかりと打ち合わせをしておかないとトラブルの元になる。




「サクラさん、つくも(猫)は帰ってきているの」


「ええ、そっちのソファーで、マーレさんと昼寝しているわよ」


「……」


 ここ、7層だよね。大丈夫かな。この人達。ベニザクラ号にすっかり骨抜きにされちゃったぞ。




 私もお昼をいただき、紅茶を飲みながらゆったりとくつろぐ。ああ、私も骨抜きにされている。


「午後はどうする。もう、実は十分集まったぞ」


 イグニスがみんなに相談する。


「帰るでいいんじゃないですか」


 私がそう言うと、


「賛成に一票」


 クエバさんが真っ先に賛同した。そして、他のメンバーも、うなずいた。


「じゃあ、帰りますか」


 サクラさんの宣言で、帰還が決定した。





次話は本日12時10分投稿

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