038 中層にいた魔物
ベニザクラ号に戻ると、風の森パーティーのメンバーが、ツバキさんにつかまっていた。
講義ではないようだ。明日使う新兵器の使い方の説明だった。
「このM2っていうのが、平面なんですね」
リーウスが食いついている。新兵器、それはどこの世界でも男のロマンなんだろうな。
「そうよ、平面に振動波が伝わるの。紙が広がっているというイメージよ」
「で、M3が立体なんですね」
「たて、横、高さのことよ。その大きさの箱を思い浮かべれば分かりやすいわ」
他のメンバーにも分かるように、丁寧に説明している。ツバキさんが生き生きしている。
このM2、M3は、ツバキさんと今回の新兵器『振動波発生装置』で工夫したところだ。
M2は、平方メートルで、M3は、立方メートルだ。何かいい記号はないかと相談されたときに思い浮かんだのがこれだった。
この『振動波発生装置』の何がすごいかというと、なんと、振動波の効果範囲を指定できるのだ。
具体的にはM22×5と目盛りを調節すれば、2m×5mの範囲に振動波が流れる。つまり10㎡だ。
そして、M33ならば、(2×5)×3の範囲に振動波が流れるのだ。つまり。10㎡の底面積で3mの髙さに振動波が流れる。
今回は、振動波を地中に向けるので、深さになる。
なぜ、範囲指定ができるのか。それは、魔法があるからだ。異世界恐るべし。
「この目盛りで振動波を流す範囲を指定できるのよ」
「めっちゃ、かっこいいです。この装置、ぼくでも使えそうです」
リーウスの目が輝いている。
「うーん、そうねえ、じゃあ、明日目盛りの調整手伝ってくれる。私は、近くで見てみたいのよね」
「いいんですか。喜んでやらせてもらいます」
他のメンバーは、やれやれという顔でそれぞれの行きたい場所にちっていった。
私はイグニスを追いかけて、ベニザクラ号の外に出た。イグニスは、剣の素振りをしていた。
「イグニス、素振りかい」
「ああ、今日は、全く出番がなかったからな。体がなまらないようにちょと振っておこうと思ってな」
「ビュン」
という風を切る音がする。
「ベニザクラ号、最後の方30ぐらいのスピード出ていなかったか」
「ああ、出ていたな。さすがの俺もついて行くのがやっとだったぞ」
イグニスは剣を振りながら答える。
「やっぱりな。どうする、明日は乗っていくか」
「ベニザクラ号にか、そうだなー。今日の様子じゃ、ツバキじゃねえが、紅と白は、最強だぞ。A級の魔物が2体味方にいるようなもんだ。俺の出番はねえな」
そう言って、剣を降ろして、「ふー」と息を吐く。
「明日は『まんまる』を活動停止で捕獲しなくちゃいけねえからな。力は温存しておくか」
イグニスがニカッと笑った。
イグニスは優秀だ。引く時は引くをわきまえている。無駄なプライドもない。
B級の中では、柔軟な思考をする男だ。今のベニザクラ号の現状を考えると、こんなに適任な男もいない。いや、本当に、運が良かった……。
ん、運が良かった。あれ、なんか都合が良すぎないか。
「なあ、イグニス。どうして俺たちに頼んだんだ」
「ああ、綿まつりのことか。あれはな、なぜか、今回に限って、案内人みんなに断られたんだよ」
「なんでそうなったの」
「わからん。ラウネンの指名依頼を受けて、15日ほど商業連合国に行っていたんだよ。そんで、帰ってきたら、そうなっていた」
「で、どうしたの」
「困っていたら、フェロンが「カナデあいてるよー」って教えてくれたってわけだ。いや、ホント、助かったよ」
確定だ。ラウネンが裏で動いている。そして、フェロンはその手先だ。
「おめでとう。君たちは、選ばれたんだよ」
「ん、何にだ」
「ベニザクラ『白銀』の専属冒険者にだよ」
「そうなのか。めでたいのか?」
まあ、こっちにとっても都合がいいから、ラウネンの思惑に乗っかることにした。
「ああ、最新技術の塊だから、ベニザクラ『白銀』は最高だよ」
イグニスは、「ん」というよく分からない顔をしていたが、やがて私が言った意味を嫌というほど体験することになるだろう。覚悟しておくといい。
6層の夜が更ける。樹魔の壁に守られたこの正五角形の待避場所がなかったら、夜の魔物達に怯えながら、眠れぬ夜を過ごすことになる。
とは、言っても、全く安心という保証もない。なので、交替で見張り番をする。もちろん、サクラさんはない。明日の戦闘に備えて、ゆっくり休んでもらう。
「じゃ、俺とツバキ、カナデとクエバ、リーウスとマーレな、時間は、そうだなー2時間ずつってとこだな」
ん、チーム分けも時間も的確だ。さすがベテラン。
「ホントに、ホントに、このベット使っていいの。だって、これ、パルト作でしょ。王族仕様よ」
マーレさんが、驚いている。
「もちろんです。使ってなんぼです」
どこの関西人ですか。サクラさん。
「やったー、みんなに自慢するぞー」
だから、自慢しちゃ駄目なんだってリーウス。いい加減自覚しろ。
「じゃ、早速寝るわね。おやすみー」
冒険者は寝付きがいい。3秒で寝息が聞こえてきた。
マーレさんが王族仕様と恐縮していたが、ジェイドが使った天蓋付きの本気モードではない。だが、高位貴族や大商人クラスが使っても文句は出ない高級品だ。
第3世代型次元箱は、本来ならギルド機密で封印され使えない。しかし、神装力第三権限の結界で再封印されたのでその縛りは解除されている。
それは、つくも(猫)の結界を破れるのは、この世界では世界樹の精霊ぐらいだからだ。
それを知ったパルトさんは、創作意欲が止まらないようだ。いろいろな身分に対応した装飾や家具をどんどん作っているらしい。それをシンティさんとエルがユニットにしてパネルに収納している。
10層に向けて必要になる装備をいろいろ試しているんだろう。小さな錬金工房まで用意する計画が進んでいるらしい。
パルトさん、体、大丈夫なんだろうか。なんか、都合よく体調不良になっているんじゃないかと疑いたくなってきた。
それに、予算はどうなっているのだろう。不思議だ。
まあいい、私も、交替までゆっくり休むとしよう。
6層の朝が来た。
さあ、『まんまる』がいる、砂上地帯に向かって出発だ。
昨日の話しの通り、私とイグニスも今日はベニザクラ号の中だ。ペンテも今日は、車両の後ろで丸まっている。
この人数だと、さすがのベニザクラ号もやや狭く感じる。車体のイメージは、定員11人の小型マイクロバスだ。
ベニザクラ号は、シャカシャカと、軽快に森の中を進んでいく。上から見ると、きっと巨大な蜘蛛に見えるかもしれない。
警戒心の強い魔物なら、まず襲ってこないだろう。まあ、来ても紅と白の触手で瞬殺だけどね。
砂上地帯まであと少し、という距離のところにそいつはいた。
「ス、ストップ、止まってください」
リーウスが冷や汗を滲ませて静かに叫んだ。
「やばい、やばい、やばい、『まだら』です」
「ごくり」
風の森パーティー全員がつばを飲む。
緊張が走る。
「なんで、8層のA級が6層なんかにいるんだよ」
イグニスがイラついた声でリーウスに詰め寄る。
「知らないですよ。ぼくに聞かないでください」
リーウスが半泣きで答える。
ベニザクラ号の手前100メートル程のところに、体長3メートルの豹によく似た大型の魔物が座っていた。猫ならエジプト座りだ。
『まだら』は、豹型魔物で体長は2メートル~4メートル位だ。
「出会ってしまったら死を覚悟しろ」そう呼ばれているA級魔物だ。
特徴は、見た目通りのまだら模様の毛皮だ。
「カナデ、ごまかしなしだ。こいつであれに勝てるか」
イグニスがベニザクラ号で勝てるかと聞いてきた。
「ここでなら、何とか勝てます」
私が「6層でなら勝てる」そう言うと、イグニスの緊張が少し和らいだ。
「ふー、そんじゃあ、しばらく様子見だな」
しばらく無言が続く。みんながイグニスの指示を待つ。戦闘リーダーはイグニスだ。
『まだら』は動かない。じっとこちらの様子をうかがっている。
「動かないな……勝てるんならこっちから仕掛けてみるか」
イグニスに冒険者の欲が出た。活動停止状態で捕獲できれば一財産だ。
「やめておきましょう。勝てはしますが、こちらにどのぐらい被害が出るかは分かりません」
「だよな」
イグニスがあっさり引く。本当にやりやすい。
時間にしたら5分ほどだっただろう。しかし、精神的な感覚では、何時間という時間が流れた。
『まだら』は、ゆっくりと立ち上がると、くるりと回れ右をして、後ろを振り返ることもなく、歩いて森の中に消えていった。
「ふー、行ったか」
イグニスが息を吐く。
「なんだったんですかね」
リーウスがつぶやく。
「様子見だったんじゃないですか。A級が2体もいるこのベニザクラ号の……」
私がそう言うと、みんなも納得する。
「いや、ちょっと待て、ということは、これからもあんなやつが出てくるって事か、冗談じゃないぞ」
おいこらイグニス。変なフラグを立てるな。
ギャーギャーうるさいイグニスの頭を小突いてやろうとした時に、
(あいつは、おまえに会いに来たんだと思うぞ)
つくも(猫)から念話がきた。
(えっ、なんで)
(あいつは、おまえがこの世界に来て初めて会った魔物だ)
(そうなの、全く覚えていないよ)
(あの時は、かなり寝ぼけていたからな)
(おれ、戦ったの)
(いや、あいつは襲ってきたが、おまえの『瞬間自動神装結界』が発動して、何もできなかった)
(そうなんだ。リベンジしに来たって事かな)
(どうだろな)
なるほど、あの去り方は、「8層で待ってるぞ」ってことか。
上等じゃないか。俺だって強くなっているんだぞ。
待っていろ、その時は、お仕置きタイムだ。
イグニスの迷惑なフラグは何とか断ち切り、ベニザクラ号は、『まんまる』が生息する砂上地帯に到着した。
次話は明日7時10分投稿




