036 下位層の魔物たち
水の木戸を抜けてから約1キロメートルは、風の道は使えない。ペンテがカラカラとベニザクラ号を引いていく。
今回はペンテ一体だ。他の3体は、深層に行くにはまだ心配な部分がある。
「ここからは、風の道で目的地まで行きますね」
今回の搭乗者は、7人と一匹になる。
私とサクラさん、そしてツバキさん。風の森パーティーが、イグニス、マーレ、クエバ、リーウスの4人だ。全員B級冒険者の実力派だ。あとは、猫。
「サクラ嬢ちゃんの風の道は、おれたち初めてなんだよな」
イグニスが、ベニザクラ号に乗れたのはおれのおかげだぞ。とでも言いたげにメンバーにどや顔だ。
「ええ、噂では、すでにA級の実力があるって聞いたわ」
うん、その認識で間違いないよ、マーレさん。
「S級のナツメが負けたって落ち込んでた。噂だけど」
いや、落ち込んでいたのはきっと別の理由だと思うよ。クエバさん。
「ぼく楽しみです。みんなに自慢します」
いや、契約しただろ。口外しちゃ駄目なんだよ。リーウス。
「発進します」
高速移動型に変形し浮かび上がったベニザクラ号は、無反動で外の景色を後ろに吹っ飛ばした。
「うおっ マジか」
イグニスがうなった。
ベテランB級冒険者だ。それなりにいろいろな案内人の樹魔車両で移動する機会があるだろう。
そのイグニスが、うなるほど、サクラさんの風の道は特別だということだ。
他のメンバーは、声も出ない。目を点にして、外の景色を眺めている。
「普通型からの変形が約5秒ね。車内の揺れもない。発進にぶれもない。ペンテとのタイミングも申し分ないわ。百点よサクラ」
ツバキさんだけが、研究者の顔になって冷静に分析しています。
「ありがと、姉様。兄様にも褒められたわ」
サクラさんが満面の笑顔だ。
車内の和やかな雰囲気と違い、風の道の中のベニザクラ号は、高度20メートル、速度は時速100㎞程で、1層の草原を飛んでいる。
風の道の中のベニザクラ号は、減速無しで止まれる。ピタッと止まるのだ。車内で体が持っていかれる衝撃もない。なぜ、それが必要なのか……。
突然、外の景色が止まった。
「すみません。『ビヨン』がいました」
『ビヨン』は、1層に多く生息しているワーム型魔物だ。
つまり、ミミズの仲間だ。そして、体長が5メートルになる個体がたくさんいる。大きい個体は10メートルになるやつもいる。
普段は、地面の中にいて、めったに顔を出さないのだが、ときどき、空を飛ぶ虫(50センチ位のがいる)や鳥を狙ってビヨンと顔を出し刺激臭のする粘液を飛ばしてくる。
「ビヨンか。何メートルだ」
イグニスが剣を握る。
「大丈夫です。『紅』が触手で吹っ飛ばしました」
『紅』は、前車軸の樹魔の愛称だ。ちなみに後ろ車軸が「白」だ。
「……」
イグニスが、「なんだそりゃ」という顔をしている。
このように、大樹の森では、突然魔物に襲われたり、ぶつかりそうになったりの危険がある。ピタッと止まれると実に安全なのだ。
「あー、うん、リーウス、ビヨンの2匹目はどうだ」
イグニスが、直ぐに状況確認をする。さすが、実力派の冒険者だ。
「出てくる気配はないです」
気配察知ができるリーウスが感覚を研ぎ澄まし確認する。
「ちゃんとお仕置きはできたということだな」
イグニスは、ホッとしたようにそう言うと、
「ビヨンは調子に乗せるとホント面倒よね。次から次にと出てくるから……」
マーレが顔をしかめている。
「一匹いたら百匹いる系の魔物、すべて撲滅」
クエバがひどい。でも、この子はこういうキャラだった。
「ビヨンは大樹の森の耕運機よ。絶滅したら森が痩せるわよ」
ツバキさんの正論が乱入してきた。
まずい、つくも(猫)!
「にゃー」
つくも(猫)がごろんとへそ天だ。
「ねこちゃん遊んでほしいの。いいわよー」
ツバキさんがお腹を撫でる。
つくも(猫)よくやった。意識をそらせた。ここで講義スイッチが入ったら大変なことになる。
メンバー達もそれぞれ視線をそらし、話を止めた。
ベニザクラ号は、再び景色を後ろに吹っ飛ばして、飛んで行く。
1回目の休憩をフーニス湖ですることにした。入り口の町から300キロメートルの距離なので、丁度3時間の移動時間だ。
これ、高速のサービスエリアに似ているな。日本にいた頃を思い出す。
休憩中に、鼠型魔物『穴叩き』の巣をいくつも見つけたので、モグラ叩きならぬ鼠叩きをして暇つぶしをする。
「穴叩き、一匹いたら百匹系、撲滅希望」
クエバさんが、顔をしかめている。
「以前、何か嫌なことあったんですか」
私が尋ねると、
「……」
しばらく考えてから、
「『うじゃうじゃ』の巣を仲間がうっかり壊した……」
ブルブル震えながら声を絞り出した。よほど怖かったのだろう。思い出すのも嫌みたいだ。
「……聞いてしまってごめんなさい」
私は素直に謝った。
『うじゃうじゃ』は、蟻型魔物だ。1匹が10センチぐらいの大きさだ。それが、数万匹……。トラウマにもなる。
休憩も終わり、目的地のエーランド湖を目指す。ここから大体直線で300キロメートルだ。
「ここから2層上空を飛びます。昆虫型がいると思うので警戒してください」
2層3層の下位層に入ると、昆虫型の魔物が出てくる。そして、やっかいなことに昆虫型は大体が飛べるのだ。ちなみに、1層にいる昆虫は、魔物化していない個体が多い。
大樹の森で飛ぶ事ができるのは、昆虫型と鳥型だが、鳥型は大体が1層にしかいない。理由は簡単だ。餌になる小動物が1層にしかいないからだ。また、3層以降の深層になると、昆虫型の方が強いのだ。
「理由はまだよく分かっていないけど、森の南側には強い昆虫型が多いわよ。気をつけて進みましょう」
ツバキさんの言う通りだ。距離もあるので冒険者達もここまではあまりやってこない。
う、これはトンボ型だ、数も多いぞ……ちょっとやっかいだ。
神装力で強化していた感覚に無数の赤玉反応が出た。前方500メートルだ。
「止まってください。トンボ型多数います。多分食事中です。巻き込まれたらやっかいです」
100メートル手前で、リーウスの索敵にも引っかかったようだ。指示が出る。
ベニザクラ号が空中でピタリ止まる。風の道の中では、重力も無効化される。
「イグニスどうする。数が多いぞ」
「トンボ型か、やっかいだな。迂回はできそうか」
「かなり遠回りになりますね」
サクラさんが答える。
トンボ型は、体長が30センチ位でほぼトンボの姿をしている。特徴としては、顎がかなり発達していることと、翅が虹色に輝き触角が4本あることぐらいだ。
肉食なので、集団でいる時はかなり危険な魔物になる。脅威度は個体としてはD級だが、集団になるとB級判定だ。
「できれば迂回ですね。トンボ型は、優れた飛行能力をもっています。たぶん、飛ぶ奴らの中では最強です」
ホバーリング、急旋回、バック飛行、何でもできるのがトンボだ。
「カナデの言う通りだ。空中では分が悪い。迂回だな」
イグニスがそう言った時、
「駄目です。囲まれています。どうやら餌がこっちに逃げてきたみたいです」
リーウスが叫んだ。
いつの間に集まったのか、数千体はいる。トンボは羽ばたきの数が少なくても飛べるので羽音はほとんどしないのだ。
これだけいると、まっすぐぐらいの大きさなら5分ぐらいで食べ尽くされ骨も残らないだろう
「はあー、仕方ないわね。サクラ、風の道大きくするわよ」
「はい、姉様」
ツバキさんが御者台に移動して、サクラさんの隣に座る。
「世界樹の枝」
ツバキさんの右手に枝が現れる。
「風の道」
頭上でクルクルッと渦を作り、それをポンと前方10メートルほどの所に放り投げた。
風の道の渦が静かに、広さが2倍に回転速度も2倍になった。
周りにいたトンボ型達は、その渦に巻き込まれた。そして、次々と渦の外側に弾き飛ばされていった。自慢の翅は、ズタズタに引き裂かれている。これではもう浮かんでいるだけで精一杯だろう。
「サクラ、発進よ」
「ベニザクラ『白銀』高速離脱よ」
今までの倍の感覚で、景色が後ろに吹っ飛んでいった。
風の森パーティーメンバーはもちろん、私もびっくりして声も出なかった。
ふと我に返ると、ベニザクラ号はいつも通りの通常運転をしていた。
ツバキさんは何事もなかったように座席に座り、つくも(猫)の背中を撫でていた。
カボーグ一族……恐るべし。
その後は魔物と遭遇することもなく、ベニザクラ号は、今日の宿泊地であるエーランド湖に到着した。
「ベニザクラ『白銀』簡易宿泊型よ」
サクラさんが、指示を出し、制御木琴を奏でる。
樹魔車軸の紅と白は阿吽の呼吸で車軸部分を伸ばしていく。それに伴い、装甲板も広がっていく。
約15秒ほどの変形時間を必要とする。
その様子をじっと車両の外で見ているツバキさん。
変形が終わると、樹魔車両の周りを一回りして、「問題ないわ」とつぶやいていた。自分の仕事の結果に満足したようだ。
ベニザクラ号の車内で変形する様子をみていた風の森のメンバーは、
「すげえ、床が動いている」
「いや、床が沈んだんじゃないか」
「壁がどんどん伸びていったわよ」
「床と一緒にベットや壁が出てきたように見えましたが……」
いろいろうるさい。
サクラさんは、それらの声を全て無視をして、ペンテのところに向かう。
長旅をねぎらい、ペンテの食事を準備するためだ。
その後、サクラさんには休んでもらう。長距離バスの運転手のような仕事だ。重労働のはずだ。
ただ、本人が言うには、速度制約があったD級の時よりも、樹魔車両の制御が楽になったとのことだ。
でも納得だ。F1のモンスターマシンを速度制限がある町中で運転していたような感じだ。そりゃ気疲れしますな。
ペンテが食事をしている様子を嬉しそうに見つめているサクラさんに話しかける。
「サクラさん、さっきのあれ、加護持ちなら誰でもできるんですか」
「ああ、姉様の風の道ね。あれは、風の道の事を調べ尽くした姉様しかできないわよ」
「なるほど、納得です」
だよなー。他人の風の渦に自分の渦の回転速度を同期させるなんて、普通できないよな。
ツバキ姉様、恐るべしだな!
夕食は、案内人ギルドが提携している食品工場で作っている弁当だ。まあ、コンビニ弁当みたいなものだ。
今回のような深い層に行くときは、外で野営など絶対にできない。樹魔車両の中で過ごすのが基本だ。
なので、数日分の弁当を魔法で冷凍し、それを次元箱に保存してある。
魔法で冷凍されているので、魔法で解凍できる。魔法があると、日本でのような電気で動く器械は必要ない。
夕食を食べ終わって、明日の予定を確認しているときに、それは起こった。
「なによ、私が悪いっていうの」
クエバさんの声だ。相手は、……ツバキさんだ。
「そうは言っていないわ。ただ、穴叩きは、食物連鎖の下の方にいるの。彼らは、1層の肉食獣達の命を支えているのよ。だから、必要な魔物なの」
どうやら、休憩時間の話を聞いていたようだ。その事で、意見をしたのだろう。
「だから何。餌ならまちぼうけだっている。いつの間にか増えて、うじゃうじゃいるのは気持ち悪い。がまんできない」
そう言うと、そのまま寝室に行ってしまった。
うん、これは、『正義は立場の数だけある』ってやつだ。クエバさんのつらい体験を考えれば、そう言いたくなる気持ちは分かる。ツバキさんの言っていることも正論だ。
周りがとやかく言うことではない。ただ、これから深い層に潜るのだから、ギクシャクしているのは良くない。
私はツバキさんに近づき、クエバさんのトラウマ体験の話を教えた。
しばらく考えてから、ツバキさんは謝罪するために寝室に向かった。
次の日の朝、クエバさんとツバキさんは、お互いに目は合わさないが、言い合いするということも無く、いつも通りに過ごしていた。
クエバさんも高ランク冒険者なので、気持ちの切り替えは得意だ。
さて、これからが本番だ。
6層の魔物達は、1層のようにはいかない。一匹一匹の力が跳ね上がる。
それに、6層に行くまでの間の層にも、強かったりやっかいな能力を持っている魔物が多数いる。
油断はできない。
パーテーメンバー達も、個人のカバン型次元箱の中から、今回使うと思われる武器や装備を出して、確認している。
さあ、出発だ。
次話は明日7時10分投稿




