035 指名依頼
この世界の1年は360日だ。そして、1月から12月まで暦がある。つまり、1ヶ月は30日きっかりなのだ。なんて分かりやすいのだろう。
私が異世界転生したのは4月だった。そして、今は11月である。この世界にも四季があり、今は秋だ。
今日は、しばらくぶりの冒険者ギルドである。というのも、ここ15日ほど、ツバキさんの実験に付き合わされていたのだ。
「お、カナデ、やっと来たか。探していたんだぞ」
『風の森パーティー』のリーダー、イグニスが走り寄ってきた。B級冒険者だ。
「イグニスさん。こんにちは。どうかしましたか」
私が立ち止まって、尋ねると、
「綿まつりって知っているか」
ん、なんだろう。
「いえ、知りませんけど」
「だよな、この町に来てまだ1年たってないから知らなかっただろう」
ものすごいどや顔でそう言われた。きっと、この町の人なら当然知っている恒例行事なのだろう。
「俺が、詳しく教えてやるから、頼みをひとつ聞いてくれ」
ああ、そっちが本命ですか。
「えー、頼みの内容によりますけど……。面倒なのはいやですよ」
ものすごく嫌そうな顔で、そう言ってやった。
「いや、俺とおまえの仲じゃないか。頼むよ」
どんな仲だ、いいから頼み事を早く言え。
思っていたことが顔に出ていたのだろう。慌てて説明しだした。
綿まつりとは、11月の終わり頃に、世界樹の実が綿になって飛んでくるのでそれを捕まえる事らしい。
実が落ちるのでは無く飛んでくるとは、さすが異世界だ。
で、頼み事言うのが、ベニザクラ号で森の中に連れて行ってほしいという事だった。
どうやら、その実は森の中にも舞うらしい。そして、魔素が濃いほど高く売れる実が舞うとのことだ。
さすがに、この案件は即答できない。サクラさんと相談してみるということで話は終わった。
さて、資料室で調べ物でもしようかと足を踏み出したとき、
「カナデー。指名依頼よー」
力が抜けるこの言い方は、フェロンだ。
ん、指名依頼。そんなのあるんだ。
「誰からですか」
受付に歩いて行き、座ったまま紙をひらひらさせている態度の悪い受付嬢に尋ねる。
「カルコス親方だよー」
何が「だよー」だ。で、親方から何だろう。うっ面倒事の予感しかしない。
「面倒事ですか……」
「魔物の素材集めね。B級だから結構深い層よ」
しれっと、とんでもないことを言われた。
「私は、C級冒険者ですよ。何でB級捕獲の依頼が来るんですか」
もちろん断る。面倒事はごめんだ。
「なんでも、ベニザクラ号の装甲に在庫全部使っちゃったんだって、他の車両の修理ができなくて困っているそうよ」
「……」
「どうする。ことわる?」
「受けます。いや、ぜひ、受けさせてください。誠心誠意務めさせていただきます」
そう言って、両手で「ハハー」となって依頼書を受け取りましたとも。
その足で、案内人ギルドに行くと、サクラさんにも同じ指名依頼が来ていたようで、2人で顔を見合わせて、
「これは受けないと駄目なやつですね」
「ハアー」
と、ため息をついた。
対象の魔物は『まんまる』で、アルマジロ型魔物だ。『とげとげ』とも呼ばれている。
『まんまる』は、身を守るために丸まるからだ。『とげとげ』は、丸まっているときに、近づく者を棘で攻撃するからだ。
樹魔車両の装甲板は、この魔物のうろこを使う。つまり、ものすごく頑丈なのだ。丸まってしまったら、金属の武器では傷すらつけられない。
動きは鈍く普段は大人しい魔物だが、捕獲が困難なので脅威度がB級認定なのだ。
案内人ギルドに依頼受諾を伝えると、
「すみません。2人ともC級なので、このままではこの案件は受けられません」
まさかの返答だった。2人で固まっていると、
「B級冒険者が付き添うなら受けられますよ。誰か、心当たりはありますか」
はい、ありますとも、絶対に断らない人たちがいますとも。
私はもう一度冒険者ギルドに向かって歩きだした。
『風の森パーティー』のリーダー、イグニスを探しにだ。
イグニスは直ぐに見つかった。隣接の酒場で、パーティーのメンバーに、先ほどの私とのやりとりを伝えていた。
「イグニスさん。お話いいですか」
私が声を掛けると、自分が座っていた椅子を差し出し、座席を手でパッパッと払ってから座るように勧めてきた。
「先ほどの話なんですが、条件次第では受けられそうなんです。どんな条件か聞きますか」
私がそう言うと、
「おう、もちろんだ。どんな条件だって受けてやるぜ」
よほど困っているようだ。ここは弱みにつけ込もう。
心の中で「にやっ」としながら、顔はポーカーフェイスだ。ナツメさん直伝の王族対応スキルはいろいろなところで役にたつ。
「まず、一番の問題なんですが、現在ベニザクラ号は、ギルド機密の制約を受けているんですよ」
「ん、……?」
「ベニザクラ号、最新技術の塊なんですよね。だから、本当は誰も乗せられないんですよ」
「そんな……」
「でも、ひとつ方法があるんです」
「……」
ゴクリとつばを飲む音がする。
「秘密保持の契約をギルドでしてください。もちろん、メンバー全員がです」
「それをすれば、乗せてもらえるのか」
「はい、ギルマスには確認してあります」
「どうする……」
パーティーメンバーで小さな輪を作り、顔をつきあわす。
ヒソヒソと話し合っている。
結果、パーティーメンバー全員の賛同を得て、無事、規約成立となった。
今回の依頼への同行も、快く承諾してくれた。
依頼料は、綿まつりの依頼料と今回の依頼料で相殺するということになった。
実は、ベニザクラ号はいろいろな制約があり、本当に冒険者を乗せられなかったのだ。
『風の森パーティー』は、いわばベニザクラ号専属の冒険者パーティーになった。
出発は、『風の森』の準備もあるので。3日後だ。
出発までの間に、ツバキさんが、新兵器の実験がしたいからと今回の依頼への参加を求めてきた。
ああ、あれね。確かにいい機会ではある。まあいいか。
一応お伺いはしておいたほうがいいだろう。
ギルド隣接の食堂で休んでいる『風の森』パーティーを見つけたので話しかける。
「イグニス、追加メンバーが出た。音波研究所のツバキさんが魔物捕獲用装置の実験で同行することになった。何か不都合はあるか」
「おれはいいが、他のメンバーはどうかな」
イグニスがメンバーに説明する。
「いやよ。彼女が行くなら私は行かないわ」
マーレさんである。まさかの拒否だった。
ツバキさん、一体何をした。
「マーレさんが、そこまで警戒するなんて、ツバキさんは何をやらかしたんですか」
「こうぎよ」
ん、抗議? 何を?
「樹魔車両で移動している間、ずうーーと、樹魔車軸の調整方法とか大樹の森の成り立ちとか……とにかく、ずうっと喋り続けているの」
ああ、講義ですか。なるほど、それはとてつもなく迷惑だ。納得です。
イグニスとどうするかを相談する。マーレさん抜きでは、戦闘での連携がうまくいかない。どちらかを説得するしかないということになる。
では、どちらを説得するのか…… これに選択肢はない。マーレさんだ。
あのツバキさんが、研究のことで妥協することは天地がひっくり返ってもない。それに、あの研究は、今後の冒険者達にとっても有用だ。私としても実証実験をしたい。
「マーレさん。ツバキさんのことは心配無用です。こちらには強力な切り札があるんです」
なに? と言う不思議そうな顔で私を見たので、つくも(猫)を抱き上げた。
「こいつです。この猫がいる限り、ツバキさんは私に絶対服従です」
何で猫が……と、不思議そうにしている。まあ、そうだろう。
「それに、サクラさんもいます。マーレさんに迷惑がかかることはありません」
イグニスが懇願するようにマーレさんを見る。
「わかったわよ。行くわよ」
マーレさんが諦めたように天井を見た。
そのまま、音波研究所に向かった。
猫を見て舞い上がるツバキさんに誓約書を見せる。
そこには、『何か問題を起こしたら、つくも(猫)の訪問を禁止する』と書かれている。
「なにこれ?」
不思議そうに誓約書を見ているツバキさんに、これまでの経過を説明する。
「なによ、ちょとぐらい説明したっていいじゃない。移動時間なんだからどうせ暇でしょ」
「だめです。今回は強い魔物がいる深層です。移動時間は戦闘待機中なんです」
ぶつぶつ文句を言うツバキさんに、両脇を抱えたびろーん状態のつくも(猫)を見せる。猫好きにはたまらない必殺のポーズだ。
誓約書の文面を読み。つくも(猫)を見てから、
「わかったわよ」
しぶしぶとサインをする。
「まさか、本当に、ここまで普通だなんて、あのねこちゃん何者」
うーん、猫だから何猫?
「ツバキさんには、問題起こしたら猫禁止だと言い聞かせてありますからね」
ここは、ベニザクラ号の中である。今、マーレさんとツバキさんを見ながらひそひそ話をしている。
ツバキさんは、猫を抱いたまま、大人しく椅子に座っている。
その様子をみて、普通でいることがマーレさんにとっては不思議なようだ。
ベニザクラ号は入り口の町にある5つの出入り口の1つ、水の木戸に向かっている。
そこから、大樹の森南側にある『エーランド湖』を目指すためだ。
今日は、そこで簡易宿泊型での野営になる。明日の朝早くに出立し、『まんまる』が生息する6層の砂上地帯を目指す。
距離は、水の木戸からエーランド湖までがおよそ600キロメートルでエーランド湖から砂上地帯までが300キロメートルだ。
大樹の森の中では、C級案内人から、速度制限も高度制限も存在しない。案内人の能力と樹魔車両の性能が試される純粋な実力の世界なのだ。
次話は明日7時10分投稿




