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034 小さな戦い

 



 ここは、5日前にジェイドを出迎えたマイアコス王国の国境砦だ。


 ベニザクラ号は、ジェイドを送り届けるために今ここにいる。




「王子、お帰りなさいませ。今回は、大変な成果を上げられました。おめでとうございます」


 5日前にジェイドに「行ってらっしゃいませ」の言葉がけもなく、ただ、荷物の荷台を私に押しつけた側近と思われる男2人がニコニコ顔で出迎えた。


「ありがとう。でも、ここにいる案内人と冒険者に助けられての成果だよ」


 ジェイドがそう言うが、側近2人は私達の方を見もしないで、片方の男が手を差し出した。


「ささ、『奇跡の魔石』をお渡しください」


「……」


「ささ、早くお渡しください」


「どうして、あなたたちに渡さなければいけないのかな」


 その言葉に2人の男はピクッと額に青筋(あおすじ)を立てた。


「どうしてと言われましても、それが慣例だからでございます」


 手を差し出していた方の男がそう言うと、


「貴重な魔石は、いったん王宮の預かりになるのが慣例でございます」


 もう片方の男もそう言って、


「ささ、早く、その貴重な魔石をお渡しください」


 2人で両手を差し出し、少し腰を曲げ、声を揃えてそう言った。




 ジェイドは、カバンから書類を取りだして、


「はい」


と、両手を差し出している片方の男に持たせた。


「……?」


「この書類は何でしょうか」


 両手を差し出したまま書類を持ち、不思議そうにそう尋ねる。


「『本人魔石捕獲証明書』の写しだよ」


 ジェイド様が静かにそう言う。


「よく分からないのですが、それがなんだというのですか」


 少し腰を曲げ、両手を伸ばして書類を持っている姿は、賞状をもらう子どもの姿に似ている。


 思わず吹き出しそうになるが、必死に耐えた。


「この『奇跡の魔石』を、ぼくが1人で捕獲したことを証明するもので、この魔石は、確実にぼくの物であるという証だよ」


 男が持っている証明書を振り回して顔を真っ赤にして声を荒げる。


「だからどうした、いったん預かるだけだと言っているだろう。いいから早く魔石を渡せ」


 おやおや、本性が出るのが早すぎませんか。


「見るに堪えないな。見苦しい、その魔石はジェイド様の物だ。おまえ達の物ではない」


 後ろで成り行きを見守っていたナツメさんがそう言って、ジェイド様の隣に立った。


「誰ですかあなたは、これはマイアコス王国内部の問題です。部外者は黙っていてもらおうか」


 もう1人の男が、そう言ってナツメさんに詰め寄る。


「おいおい、この耳と青い髪、そして、あそこに止まっている『青竹ミカヅチ号』を見ても、私が誰だか分からないのかい」




 2人の男の後ろには、いつの間にか現れた、メタリック調の青みがかった樹魔車両が1台、止まっていた。


 樹魔車両と、ナツメさんの青い髪、尖った耳を交互に見てから、


「青い樹魔車両……。青髪のエルフ……。まさか、S級案内人のナツメ・カボーグか」


「まあ、そうでもあるんだけどね。その書類の私のサイン見てよ」


 そう言われて、書類のサインを見直す男2人。さっきまで赤かった顔が段々青くなる。


「ナツメスタッロス・セルビギティウム」


 書類のサインは、大陸の王太子の物だった。


「おいおい、それだけじゃないだろう。よく見てくれよ」


 2人の男は、シンクロした動きで、もう一度書類を見る。


「カルミア・エーレ・セルビギティウム……」


『エーレ・セルビギティウム』を名乗ることが許されているのは、この新大陸でたった1人だ。


「ラウネンリヒト・フォン・ペリティア」


 エレウレーシス連合王国のペリティア公爵家は、この新大陸で5本の指に入る大貴族だ。


「ななななな……んで、何の力も無い、ただの第5王子だぞ。なんで、大陸の象徴が出てくる」


「あのーわたしもいるんですけど……」


 空気を読まないサクラ色の髪を持つ少女が名乗り出る。


「誰だ、おまえ……。桜色の髪のエルフ……」


「サクラシア・セルビギティウム」


 もう1人の男が声を絞り出す。


「何でおま……あなた様までいるのですか」


 おお、ギリセーフ。すごいぞ。持ち直した。


「今回の案内人は、わたしとカナデよ。送り届けるまでが仕事なんだから、いるのは当たり前じゃない」


「へぇっ……」


 2人の男は、口をポカンと開けたまま、動かなくなった。




「この3人のサインの意味が分かるかい。この『奇跡の魔石』に関しては、私達の許可無く所有者を変えることは許されないんだよ」


 男達は、しばらく書類を見つめ、ギリギリッと音がするほど歯を食いしばり、目を充血させながら声を絞り出す


「わ、分かりました。その魔石に関しては、王宮に帰ってから公爵と相談をしてしかるべき処置をさせてもらいます」


 すごい、まだ諦めていない。


「さ、王子。帰りますよ。荷物はおまえが運べ」


 1人の男が私に命令する。


「いや、荷物を運ぶのはおまえの仕事だ」


 ジェイドが、その男に命令した。


「……王子、どうしましたか。荷物運びは新米C級冒険者の仕事ですよ」


 男が、顔を引きつらせたゆがんだ顔でそう言う。


「カナデは、(ゴールド)スター冒険者だ。そして、セルビギティウムの姫様のパートナーだ」


「なっ……」


 男2人がまた固まる。


「どうした、荷物を運ぶのは側近の仕事だ。これは、王宮の慣例だぞ」


 ジェイドが、しれっとした顔でそう言った。




 男達は、ぼとぼとと台車を引きながら、砦の方に向かって歩きだした。


 何が何だか分からないが、王子の命令であり、騎士達にも(にら)まれたのでは、従わないわけにはいかないだろう。


 砦の入り口まで後数メートル……というところで、ふと立ち止まった。


「あれ、王子はどうした」


と、一人の男がつぶやいた。


 そして、2人の男が後ろを見て、王子がついてきていないことに気がついた。


「どういうことだ?」


 そのまま、そこで困惑していると、


「ああ、言い忘れていたよ。帰ったら父に伝えてくれないか、ぼくはこのままエレウレーシス連合王国の『大陸総合研究所 魔術学院』に飛び級入学することになったってね」


 そう言って、ジェイドはナツメさんの『青竹ミカヅチ号』に乗り込んだ。


 そして、窓から顔を出すと、大きな声でこう叫んだ。


「カバンの中身は、王宮の家族へのお土産だ。しっかり届けてくれ」


 青竹ミカヅチ号はゆっくり浮かび上がると、そのまま、あっというまに数十メートルの高さに高度を上げ、エレウレーシス連合王国に向かって飛んで行った。


 それを、ポカンと口を開けたまま放心状態で見つめている男2人と、


(王子、よくやってくれました。すっきりしました。行ってらっしゃいませ)


 そう思っているのだろう、にこにこ顔の護衛騎士達が敬礼をして、青竹ミカヅチ号を見送っていた。




「さて、私達も帰りますか」


「はい、でも、サクラさん、法定速度は守ってくださいね」


 ナツメさんがいないので、お目付役(めつけやく)は私になった。







 ジェイドがエレウレーシス連合王国に旅立ってから20日が過ぎた。


 無事『大陸総合研究所 魔術学院』に飛び級入学し、今は、初等部の学生だ。


 第5王子で、優秀で、端麗(たんれい)な顔立ちの金髪の少年。


 しかも、推薦人が新大陸の象徴であるあの『セルビギティウム』だ。


 話題にならないはずがない。今や注目の的らしい。


 しかし、当の本人は、学ぶことが楽しくて仕方がないということだ。

 

 いろいろな誘いや誘惑には一切興味を示さず、ひたすら勉学にいそしんでいる。


 『奇跡の魔石』を譲ってほしい、我が国の王様に献上(けんじょう)しては、売ってほしいなどなどと、かなりしつこい接触もあったようだが『本人魔石捕獲証明書』のサインを見せると、全てすごすごと引き上げて行ったとのことだ。


 『まちぼうけ』の狂乱状態の(つの)は、この世界に1つしかないということもあり、オークションは荒れに荒れた。


 最終的な落札額は、なんと、日本円にして、1億3千500万円になった。


 なんでも、テスポロ商業連合国の大富豪が落札したらしい。


 ジェイドは今やかなりの資産家だ。


 手数料が10%なので、冒険者ギルドのラウネンさんもほくほく顔だ。


 私は、報復(ほうふく)しようと思っていた年間予算の4分の1の素材持ち込みはやめておいた。


 ラウネンさんの命令に逆らったことによる悔しがる姿を見られたので許してやることにした。




 ナツメさんが、ジェイドの兄から聞いたマイアコス王国のその後も話してくれた。


 ジェイドが今回『大陸総合研究所 魔術学院』に入学できたのは、この兄様のおかげでもある。


 兄と国王と母親は、このままではジェイドを守り切れないと密かに感じていたらしい。


 しかし、予算の執行権(しっこうけん)を握っている有力貴族が相手なので、打てる手もあまりない。


 そこで、兄様の母校である魔術学院の学院長に学期の途中からでも入学できる『飛び級』ができないか相談をしていた。


 本来入学も12才からなのだが、優秀で、勤勉なジェイドだからこそ実現できた『飛び級途中入学』だ。


 なので「エーレ・セルビギティウム」の推薦状を持ったナツメさんの申し出は、あっさりとその日に受諾された。




 ナツメさんは、S級案内人の特権である。高度100メートル以上の速度制限がない超高速ゾーンを使って、時速300㎞以上で学院と入り口の町を往復したのだ。まるで新幹線だ。


 もちろん、他国の学院に入学するなどと言う、そんな慣例はないと、その有力貴族は大反対をした。


 そして、『奇跡の魔石』やオークションの売上金なども、公費での国務なのだから、所有権はすべて国にあると主張した。


 しかし、どこを調べても、ジェイド本人が公費を使った形跡がない。書類もない。サインもない。


 それもそうだ、ジェイドのお小遣いでの旅だったのだ。しかも、側近が誰もついて行っていない。


 結局、公費ではなくジェイドの私的な旅だったということになった。


 ついて行かなかったあの男達は、公爵からかなり叱責(しっせき)されて追放された。まあ、自業自得だ。




 第1王妃は、今度こそはと期待していた『魔石の試練』が、自分の思惑とはかけ離れた結果になり、大いに荒れたようだ。


 ストレスのはけ口にしていた嫌がらせという行為もできなくなり、そのイライラの矛先は、自分の子どもや周りの取り巻き達に向けられることになった。


 今や、誰からも相手にされない()れ物扱いのようだ。


 ジェイドの兄も、このままではすまさないと何やら画策しているらしい。




 これはまだ、ジェイドには内緒にしておいてほしいと言われていることだが、王室の慣例に「魔石の試練で特別な成果を上げた場合は、本人が願うことを1つ認めることとする」という項目が、公文書として残っていたらしい。


 もちろん、今回のジェイドの成果はこれに該当する。さて、ジェイドはどんなお願いをするのだろうか。





SS2 カナデの記録ノート 本日12時10分投稿

長い説明文になります。

次話は明日7時10分投稿

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