033 冒険者の顔
5日目(大樹の森滞在の最終日)
私達は、早めの朝食を取り、ジェイド様の帰り支度を整えてから、入り口の町に向かった。
風の道のベニザクラ『白銀』は、リムジン型だ。2体の賢魔鳥が牽引する。
ジェイド様は、今日自分が冒険者登録をして、冒険者の仲間入りをすることになるのが嬉しくてたまらないという感じだ。
思いっきり泣いて、話を聞いてもらって、ぐっすり寝て…… スッキリした表情だ。
気持ちのリセットはしっかりとできたようなので、一安心だ。
ベニザクラ号は問題なく『火の木戸』を抜けて町中に入り、やがて2つのギルドが向かい合って建っている『本部ギルド区』に到着した。
「ギルドマスター。ベニザクラ『白銀』帰還しました。依頼任務は達成されました。これが依頼主の確認サインと評価です」
そう言って、1枚の書類をカルミア様に手渡す。書類の内容を確認し、
「評価はA+。最高評価だね。初任務完了だ。お疲れ様」
そう言って、やさしくサクラさんの頭を撫でた。
サクラさんも、照れくさそうに笑った。
それから、私の方を向き、静かに頭を下げた。
「今回の依頼は、カナデ君の力がなければかなり難しい依頼になったと思うよ。ありがとう。サクラを助けてくれて」
「パートナーですから、当然です」
いつものサクラさんの言葉をつい真似してしまった。
「カナデさんだから、当然です」
サクラさんが、コロコロ笑った。
ナツメさんとサクラさんは、昨日3人で計画したあることを実行できるように、カルミア様を引き連れてギルドマスター室に向かった。
私は、ジェイド様と歩いて冒険者ギルドに行き、受付に向かった。
受付に着くまでに、
「よっ奇跡の魔石」
「偶然の加護持ち」
「偶然の貴公子」
などなど、冒険者達が勝手につけた二つ名を次々に投げかけてきた。
悪気はない。みんな陽気な気のいい冒険者だ。
「冒険者登録をお願いします」
ジェイド様が、少し緊張しながら受付嬢にそう言うと、
「あーぼく何才」
でた、フェロンだ。よりにもよって今日の担当はこいつか……
「10才です」
「なら、問題ないわ。こっちに来て」
フェロンさんはジェイド様を受付横の小さな部屋に押し込んだ。
「文字は書けそうね。じゃ、この用紙の四角い枠の中にカードに登録する名前を書いてちょうだい」
「あれ、名前だけですか。それに、登録する名前って、偽名でもいいんですか」
ジェイド様が不思議そうにそう聞くと、フェロンさんは、めんどくさそうに手を振りながら、
「偽名だって、かまわないわよ。どうせ、それが偽名だって証明することなんてできないんだもの」
と言って、早く書けと用紙をジェイド様に押しつけてきた。
あれ、このやりとり、なんかどっかでやったような……
私が「うーん」と考え込んでいる間に手続きは進み、
「はい、これで登録終わりよ。このカードはちょっとした魔道具になっているの。この町への出入りや別の国に行った時に、このカードをここにかざせば、カードの持ち主が本人であることを証明してくれるわよ」
と言って、無表情でカードをジェイド様に手渡した。
真新しい、E級カードを手にして、ジェイド様は感動で動けないようだ。
うんうん。ほのぼのとした気持ちでその様子を見ている時、
「さて、E級冒険者のジェイド君。早速の依頼よ。奥の部屋で所長と面会よ」
フェロンさんの悪魔のささやきが聞こえた。
全て思い出した。私の全てが、ここから始まったのだ。
私にとってはもはや恒例となったラウネンさんとの所長室での面会…… なぜかいつも説教だけど。
しかし、10才のジェイド様をあのゴリラに合わせていいのだろうか。
そんな心配をよそに、フェロンさんが所長室の扉を叩く。
「ショチョー。カナデとジェイド君連れてきたわよー」
相変わらずの言葉づかいにガクッとなる。
「入れ」
フェロンさんが扉を開けると、やはりそこにはゴリラがいた。
「カナデ、やっと来たな。てめー、何したか分かってんだろうな」
威圧が飛んできた。えっ、ジェイド様いるよ。大丈夫なの。
私がけろっとして、ジェイド様を見ると、なんと、ジェイド様も全く動じていない。
どうやら威圧への耐性があるようだ。さすが王族。
「やだなーラウネンさん。ちゃんと核心部分は隠してますよ」
私がしれっとそう言うと、
「そういう問題じゃねえ。俺が絶対公開するなといった命令に逆らったということだ」
まあ、そうだけどね。テヘッ
「まったく、そっちの坊主も俺の威圧に無反応かよ。最近の若いやつはどうなってるんだ」
ラウネンさんは、ブツブツ言いながらも、言いたいことは言ったと、気持ちを切り替えたようだ。
「今日の要件の主はこっちだ」
ラウネンさんは、机上に置かれた狂乱状態のままで処理された『まちぼうけ』の素材に視線を移した。
「どうするか決まったか」
ラウネンさんがジェイド様に聞いた。
「魔石以外は全部売ります。そして、売上金は貯金します」
「わかった、いい判断だ。フェロン。手続き頼めるか」
「はーい。まかせてー」
フェロンさんは、ジェイド様を見てパチンと軽くウインクをすると、そのまま素材を持って出ていった。
その姿を見送ってから、改めてラウネンさんはジェイド様の顔を見た。
「坊主、いい顔つきになったな。それは、覚悟を決めた冒険者の顔だ」
そして、姿勢を正した。
「マイアコス王国第5王子ジェイドスター・フォンターナ様、偉業達成おめでとうございます」
ラウネンは、エレウレーシス連合王国正式の敬礼をした。
ジェイド様は、黙って王族のおじぎをした。そして、そのままくるりとまわり、静かに扉を自分で開けた。
所長室を出て、受付に行くと、すでに素材の査定が終わり換金されていた。
「ジェイド君、査定結果の説明をするね」
フェロンさんが、査定結果が書かれた書類を指さし説明を始める。
「魔石は換金しないでの持ち帰りにするでいいわよね」
ジェイド様がうなずく。
「活動停止状態での持ち込みがD級5体よ。素材は食肉用と毛皮ね。これが銀貨5枚」
換金用の樹銀貨を5枚テーブルに置く。銀貨は1枚が日本円にして一万円ぐらいだ。
「次に、狂乱状態のC級が1体。これは、査定するのにかなりもめたわ。なにしろ、今までに一度も持ち込まれたことがない素材だからね」
そう前置きをしてから、
「換金はしていないけど、称号持ちCプラスの『奇跡の魔石』はA級と同等の価値があるわ。金額は天井知らずよ。欲しがる貴族も多いはずよ。気をつけてね」
チラッと、私を見てそう言う。私は「対策はしてある」とうなずく。
「素材は、高級食材と高級毛皮が金貨10枚」
樹貨金貨を置く。金貨1枚が日本円にすると10万円ぐらいだ。
「狂乱状態の角は……査定不能よ。オークションに掛けられるわ」
そう言って、フェロンさんは、お手上げをした。
オークションの売上金を手数料を引いてジェイド様の口座に振り込むということで、その場の話はまとまった。
たぶん日本円で何千万円というすごい金額になるだろう。
換金用の樹貨を持って、行政区にある銀行へ向かう。そこで口座を作って全て入金をするためだ。
入り口の町では、金貨、銀貨を使わない。全て樹魔硬貨で取引をする。お金の価値がそれぞれの国で違うので、両替の時にその差を調整するためだ。そして、この硬貨はこの町から持ち出せない。なぜなら、樹魔の結界で弾かれてしまうからだ。
「ジェイド、口座の記録はギルドカードにされるから、だれも取り上げることはできないよ」
「うん、安心だね」
本人の血液で登録されているので、ギルドカードも本人しか使えない。魔法のある世界のセキュリティは万全だ。
口座開設も入金もすべて問題なく終了した。
お金を引き出したい時は、その国の銀行か冒険者ギルドでできる。
これでこの町でするべき事は終わりだ。
この後は、ジェイド様と入り口の町の観光をして、夜はカボーグ邸で食事会だ。
明日の朝早くにここを出発し国境に向かう。
そして、王子のいやジェイドの小さな戦いが待っている。
「さて、ジェイド、この町を案内するよ。どこか行きたい所はあるかい」
「うん、素材研究所とパルトさんのお店に行きたい」
なるほど、ジェイドらしい選択だ。
「わかった、じゃ、魔鳥車で移動だね」
「うん、それにも乗ってみたかったんだ」
魔鳥車が出発する場所まで2人で歩いて行く。いや違った、いつの間にか一匹が、ジェイドの横をトコトコと歩いていた。
この一匹は本当に神出鬼没だ。
魔鳥車乗り場で、貸し出しの申し込みをする。レンタカーみたいなものだ。
何故おまえがいる…… 私に絶対服従のメガロがいた。つくも(猫)がどや顔だ。そうか、おまえの企みか…… たまには相手をしてやれということだな、まあいい。
メガロが引く魔鳥車で、ジェイドと私と一匹が揺られている。
「カナデ、あらためてお礼を言わせてね。いろいろありがとう」
「子どもを守るのは、大人の役目だよ。気にするな」
「カナデって、まだ16歳だよね。そうか、16歳は大人なんだね」
う、どうなんだろう。この世界の成人て何歳なんだ。
「うん、まあ、そうだな」
魔鳥車は素材研究所の入り口に止まった。
本当なら、何日も前に書類を提出して許可を得なければ入れない場所だ。しかし、私は入れるのだ。それは『円周率』の採点をするために特別なカードをもらっているからだ。
調子に乗って、暗記していた円周率を100桁ほど暗唱したのがいけなかった。ここの職員たちが、本当に合っているのかと確かめ計算をし出したのだ。
しかし、計算機がなければ数十桁で行き詰まってしまうのが現状だ。どういうことだと騒ぐ職員を煙に巻くために、何かの教養番組で見た、アルキメデスの正多角形の辺の数を増やしていくやり方を教えたのだ。
「カナデ君待っていたよ。早速お願いするよ」
目の下にものすごく濃い隈を作った研究員が1人、フラフラしながら近づいてくる。ゾンビみたいだ。
貴重な紙に細かな字でびっしりと書かれた数字や図形。それを、確認していく。
「正96角形まで行きましたね。頑張りました。合格です」
そう、合格を出してあげないとやめられないのが研究者の性なのだ。
「よかった、これでやっと寝ることができそうだ」
この人が最後の一人だったはず。これでもう、この計算に挑戦しようとは思わないだろう。研究所所長のラスパスさんが、ホッとした顔をしている。
見学許可は直ぐに出た。さすがに次元箱の製造工房には入れてもらえなかったが、最新の素材研究の成果を見せてもらい、ジェイドも満足そうだ。
次にパルトの店に向かう。ここからだと10キロメートルぐらいの道のりだ。時間はある、町並みを見ながらゆっくりと進む。会話も弾む。
パルトの店には、シンティさんとエルもいた。
「あんたが奇跡の魔石の子ね。うちはシンティよ、これはエル。よろしくね」
「あの角、ちょっとでいいから見てみたかったです」
エルが悔しがる。ならオークションで競り落とせばいい……はさすがに無理か。
「パルトさんの家具見てもいいですか」
ジェイドの目的は、ここでも何かを感じられるかを確かめることらしい。
「どうぞ、こちらです」
パーソンさんが案内をする。
「聞こえます。『楽しい』と言っています」
ジェイドの目が輝く。この目は、何か目標を見つけたときの目だ。
うん、ジェイド、自分で調べたいんだね。なら、あのことは黙っておこう。
カボーグ邸で夕食を食べている時、ナツメさんがやや疲れた足取りで部屋に入ってきた。
テーブルに1枚の書類を置き、その効力を説明した後、ジェイドに『選びなさい』と静かに告げた。
ジェイドは迷わず、『自分を守る』選択をすることができた。
王族という氷の鎧を陽だまりの中で流した涙が溶かした結果だった。
次話は明日7時10分投稿
新しい活動報告があります。もしよろしかったらご覧下さい。




