032 泣けた王子
「ジェイド、冒険者ギルドの素材処理室からまちぼうけの素材をどうするか聞いてきてくれって言われているんだけど、どうする」
「どうすればいいの」
「全部売るか、ほしい素材をもらって後は売るか……かな」
「うーん、どうしよう。お金にしても、素材にしても、国に持ち帰ったら全部大人達がもっていっちゃうよ」
「だよなー。ナツメさん何か盗られない方法ありますか」
ナツメさんがクターとした状態でソファーにうつぶしている。これには理由がある。サクラさんが暴走したのだ。
ベニザクラ「白銀」は、今、ギルド機密のベールを脱ぎ捨てて完全宿泊型での姿になっている。
「今日はお祝いよ。ベニザクラ『白銀』完全宿泊型よ」
「待て、サクラ、それは機密、まだしてはいけない……うわー」
ということがあった。
「ああ、まあ、そうだな。一番確実なのは、この町でジェイドの口座を作り、そこに貯金してしまうことだな」
少し立ち直ったナツメさんがアドバイスをくれた。なるほど、その手があったか。
「ジェイド、どうする。口座作るか」
私がジェイド様にそう言うと、
「別の国で、子どもで、冒険者でもないのに口座が作れるの」
すごく一般的な当然の質問が帰ってきました。
「うっ……わかりません」
「冒険者になっちゃえばいいのよ」
夕食の準備をしていたサクラさんが、エプロン姿で現れてそう言った。
「ぼく、冒険者になれるの」
ジェイド様の目が輝いた。
「ああ、大丈夫だ。9歳までは見習いだが、10歳からはこの入り口の町の冒険者ギルドでならそれこそ誰ででもなれる。たとえ、それが他国の王族でもだ」
ああ、そう言えば、新大陸の王太子と公女様が冒険者と案内人していましたね。
「なら、明日の朝、ギルドでぱっぱと登録して冒険者になっちゃいましょう」
サクラさんはそう言うと、いつまでも不抜けている兄を見て「フン」とそっぽを向いてから、「夕食よー。ごちそうよー」と言って、豪華な食堂へジェイド様を案内した。
「スゥー」
「なんだろう。この感じ、この洗練された装飾の周りから、暖かい、いや、楽しいという感情が感じられる」
ジェイド様は、とても気持ちよさそうに深呼吸を1つしてからそうつぶやいた。
完全宿泊型の室内は、本気モードの王族仕様だ。パルトさん渾身の希少素材を山ほど使った、豪華と言うよりも洗練された芸術作品のような調度品が揃えられている。
第3世代型次元箱は、部屋1つをユニット状態で収納できる。なので、壁や天井も衝立ではなく本物仕様だ。照明もシャンデリアのように煌めいている。
「そうか、ジェイドは『分かる方』なんだな」
ナツメさんが「やっぱりか」と、うなずく。
「分かる方って何ですか」
ジェイド様が不思議そうにちょっと首をかしげて聞いた。
「パルトの装飾は、その周りから何かを感じる者と感じない者に分かれるんだよ。ちなみに、ここにいる3人は「分かる方」だよ」
「同じなんですね。うれしいです」
ジェイド様の笑顔が弾けた。
うん、協力者が喜んでいる。なるほど、そういうことか。条件が分かったぞ。
ナツメさんも復活し、かなり贅沢なお祝いが始まった。
十分に食事を楽しんで、この4日間の思い出を共有して、ジェイド様が心からコロコロと笑い、和やかで優しい時間が過ぎた。
食事の後片付けも終わり、お茶を飲み、特に会話もない。ただ、このまま寝てしまうのが惜しいという高揚感が漂っている。
ふと、何かに気がついたように、ジェイド様が周りを見る。キョロキョロとし首を傾げる。しかし、勘違いかという表情で、もう一度ぐるりと周りを見渡した。
「このベニザクラ『白銀』 きっとすごい新技術が詰め込まれているんですね」
ジェイド様は、魔法や魔道具にも興味があるようだ。そして、「どんな新技術なんですかー」というような、何も考えていない子どもがするような質問もしない。
「はあー ジェイド、今この部屋が、ギルド機密の中心だよ」
サクラさんの暴走を阻止できなかった自身の未熟さを悔いるようにナツメさんが言葉を吐き出す。
「兄様しつこいです。ジェイド様が言いふらすはずないじゃないですか。ねえ、カナデさん」
うっ、ここで私に振りますか。サクラさん。
だが、確かにいいタイミングではある。協力者よありがとな。
「えーとですね。こうしてはいかがでしょうか。ジェイドにも、国家機密を1つ話してもらいましょう。そうすれば、公平です」
「……?」
「カナデ、ぼくが知っている国家機密なんてないよ」
ジェイド様が、不思議そうに首をかしげる。
「あるじゃないですか。今、ジェイドがいる王宮内で、陰湿な人権侵害が起きているじゃないですか。他国の暇な貴族達が噂話にしたくてウズウズするような国家機密が」
私がしれっとそう言うと、
「そうね。ジェイド様。このベニザクラ『白銀』の最重要機密を知ってしまったのだから、ジェイド様も知っていることを包み隠さず話してもらいますよ」
よし、サクラさんが食いついた。
「えっ、でも、こんな話聞いたって、なんにもおもしろくないですよ」
ジェイド様が、そわそわしている。「聞いてもらいたい」でも、王族の話なんて迷惑だろうかと悩んでいるのだろう。
「ジェイド、話してごらん。ここにいるのはジェイドの味方だ。そして、仲間だ」
ナツメさんが、最後の王族の鎖を断ち切ってくれた。
「にゃっ」
つくも(猫)も、香箱座りでしっぽをあげた。
ぽろっ
ぽろぽろっ
「うわーん」
ジェイド様が泣いた。
かなりの長い時間。ジェイド様は泣いた。顔をくしゃくしゃにして、流れる涙を拭きもせず、ただ、一心に泣いた。
その姿は「やっと泣けた」そんな風に見えた。
私達は、そっと、その姿を受け入れ見守った。
今のジェイド様に必要なこと。それは、『泣くこと』だ。
ただ泣けばいいでは駄目だ。
ジェイド様は、長い間自分が望まない環境の中にいたはずだ。そんな生活が長く続くと、脳は誤作動を起こす。
本当は泣かなければいけない場面でも泣くことが許されないと、心は泣きたいのに現実は泣かないという矛盾が生じる。ここで、「いやだー」と言って大暴れをして、それを母親や家族が受け止めてくれれば安心感を獲得できるが、ジェイド様はそれもできない。
ジェイド様は聡明だ。なので、ある程度は自分の中で心が壊れないように調整してきた。しかし、10歳の子どもだ。限界は来る。
全てを受け入れてくれる人が見守っている、母親のような安心感がただよう状態の中で心から泣く。そして、全てを話し、負の感情を一度リセットする。それが、今のジェイド様に必要なことだと私は考えた。
あの時のつくも(猫)の言葉がなかったら、この大事な感情も忘れていたんだろうな。姉が『読め』と命令した時の気持ちが、今のおれなら分かる。
流れる涙がなくなった頃、ヒックヒックとしゃくり上げながら、サクラさんが差し出したタオルで涙を拭きながら、語り出した。
全てを話し終えると、ジェイド様は深い眠りについた。その目には、まだ涙の名残が残っていた。
ジェイド様を抱き上げ、ベッドに運びそっと寝かせてから、3人で話し合う。
「愚かだとは聞いていましたが、ここまでアホだとは……」
私がつい本当のことを言うと、
「いや、アホというよりただの駄々っ子だろ」
ナツメさんが更なる核心に触れる。
「やっぱり、我が儘娘にはしつけが必要ですね」
サクラさんは静かに怒っている。
ジェイド様の話をまとめると、次のようになる。
お金が必要な時に必ず何か理由をつけて出させない。母親との面会の時になると第1王妃の子ども達が用事を言いつけたりじゃまをしたりする。学習や稽古の時間になると第1王妃の側近たちが用事を言いつける。それがどんどん酷くなってきた。
困っていると、必ず「早く泣け」とはやし立ててくる。第1王妃は近くで見ているだけで子ども達や側近の行いを止めない。
王族の慣例に「王族間の問題には本人が立ち向かわなくてはならない」というのがあり、国王や兄も何も言えなくて困っているように見える。
母親は、仕事でいつも忙しそうなので相談できないし、心配を掛けたくない。
王族は自分で解決しなければいけない。なら、自分一人が我慢すればいいと思っている。
「ナツメさん。ジェイド様の敵はなんだと思いますか」
「王妃……は駄々っ子だ。ジェイドが泣く姿でも見て、何かの憂さ晴らしでもしたいんだろう。かなりきついお仕置きが必要だな。だが、それだけではないな」
「私もそう思います」
「じゃあ、だれが本当の悪い人なの」
サクラさんが不思議そうに聞いてきた。
「慣例ですよ」
私がそう言うと、ナツメさんもうなずいた。
「慣例って、今回の魔石のこと」
「それもそうですが、今回は慣例があるから誰も助けてあげられないというところです」
「ああ、王族間の問題には1人で立ち向かえってやつね。アホよね。子どもが大人にどう立ち向かえるのよ」
「そうです。そして、慣例の裏でうごめいているのが、第1王妃の実家です」
「ああ、つまり有力貴族ね」
「ええ、有力貴族が、慣例を理由にして自分たちに都合がいいようにゆがめています。やりたい放題です」
見ていろ、C級ごときの策謀を思い知れ!
次話は明日7時10分投稿




