027 S級案内人
大樹の森は、樹魔の壁でぐるっと囲まれている。その壁の総延長は、2000キロメートルにもなる。
マイアコス王国国境までは、その樹魔の壁沿いに広がるグリーンベルトと呼ばれる草原を通って行かれる。
この場所なら風の道が使用できる。道のりにして、だいたい400キロメートル位なので、時速60㎞で7時間位だ。
1日でも行ける距離だが、簡易宿泊型の予行練習を兼ねて2日の予定になる。
「兄様、テネリの準備ができたので、風の道で高速移動します。慣れていないので私はテネリの風制御の補助をしますので、御者台任せていいですか」
「ああ、任せてくれ。ペンテを前にするでいいんだね」
「はい、テネリが後ろです」
「いやー 最新型を操れるなんて最高だね」
ナツメさんは右手を前に差し出した。
「世界樹の枝」
ナツメさんの右手に小枝が現れた。サクラさんの小枝に似ているがちょっと形が違う。
その枝を、頭上にあげ、何もない空間を叩く仕草をする。
ビーン
空気が振動した。
「めざめよメーム」
キーン 金属音の澄んだ音がする
「太古のメーム」
キーン 振動が魔法陣のように広がる。
「自我のメーム」
キーン 振動が樹魔を包み込む。
「ふるえよメーム ひとつになれ」
「ホスタンツァ ライエン」
制御木琴を奏でる。
「シャラララーン」
木琴を左から右へ木の枝で打ち流したした。
「ベニザクラ『白銀』、高速移動型だ」
双子の樹魔車軸が直ぐに反応した。
後ろの樹魔が車輪の形からそりのような形に変形した。
前の樹魔が、戦闘機の翼のように三角形になった。
ここまでの変形に3秒もかかっていない。さすが、ツバキさんの調整だ。
「風の道」
世界樹の枝を頭の上でクルクルと数回回すとそこに風の渦ができた。
その渦をボールを投げるように3メートル程手前に放り投げた。
すごく乱暴そうに見えるがその一連の動きはとても美しかった。
透明な風のトンネルが静かに数百メートル先までつながって行った。
その動きに合わせて、ペンテも動く。羽を広げて後ろに伸ばすと、ハングライダーのような姿になった。
そして、風のトンネルの中で静かに浮かんだ。
次にテネリが動く。ただ、テネルの背には、サクラさんがまたがっていた。
テネリも羽を広げ、ハングライダーになる。そして、サクラさんを乗せたまま、静かに浮かび上がった。
「そう、いい子ね。うまく風をつかんだわ」
サクラさんが、テネリの首を撫でていた。
「発進」
ナツメさんがそうつぶやくと、衝撃を感じることもなく、周りの景色が後ろにぶれるように飛んで行った。
えっ、何これ。特撮映画、CG?
昔見た宇宙戦争の映画で円盤がワープする時のような映像だった。
すごい! これがS級案内人の風の道。
S級案内人は、グリーンベルト内では高度20メートル以上で移動しなければいけない。
あっという間にその高度に達すると、ベニザクラ号は時速100㎞の高速移動に入った。
快適だ、新幹線のグリーン席だよこれ。
この速度なら、4時間で着いちゃうよ。魔法ってすごいぞ。自分が魔法がある異世界に転生したということを実感した。
右手には樹魔の壁がはるか遠くに見える。左手には樹木の壁がある。ベニザクラ『白銀』は、その中を高度30メートルぐらいで進んでいる。
草原を半透明の風の道が何本か進んでいた。D級の案内人だ。それをあっという間に追い抜いていった。
サクラさんは、C級に上がったので、風の道の透明度も飛べる高さも1ランク上がっている。サクラさんの風の道がどう変わったかも今回見せてもらえるので楽しみだ。
あの速度が出せるのに、なんで2日も余裕をもったのか理由が分かりました。私が原因です。
今、S級案内人でありA級Gスター冒険者のナツメ様から、王族対応のいろはをレクチャーしてもらっています。
場所は、マイアコス王国国境砦まであと100キロメートル程の森の中だ。近くには湖がある。大樹の森でも、湖の側で野営をする予定なのでここが選ばれた。
ベニザクラ『白銀』は、簡易宿泊型になっている。内装は第3世代型の次元箱のパネルを使わない予定だ。一応、他国の要人と側近達なので用心はした方がよい。なので、従来型の人の手による設置をする事になる。
「サクラさん、王族仕様の家具なのでかなり重たいです。設置は身体強化ができる私がやりますね」
「はい、お願いします。この時は私が王子達の相手をしていますね」
「そうなりますね。お願いします」
何もない車内に、大型次元箱から家具を出して設置していく。この家具は、ギンギツネ号のを借りてきた。車内の広さは、ギンギツネ号の完全宿泊型と同じ位なので丁度いい。
ベットは王族用の天蓋付きだ。それを車体の真ん中辺りに設置する。周りには衝立を置いて視界をさえぎる。側近達の二段ベットは車体の奥に3つほど用意する。
人が多い場合は、入り口の町で待機してもらうことになる。もし、いろいろ言ってきたら、サクラさんの出番だ。
ソファーやテーブルは前の車両に設置する。調理はユニットキッチンのようなものがあるのでそれをポンと前車両に置いておく。それと、1層なのでユニットトイレは外に置ける。あとは、壁に豪華に見える衝立を設置して終了だ。
「こんなもんですかね。どうですかナツメさん」
「うん、いいね。これなら側近達もとやかく言わないだろう。何しろ大樹の森の中だからね。本当なら王族が泊まるなんて事はあり得ないことだ」
「はい、もし、ブツブツ言う側近がいたら、その方は外で過ごしてもらいましょう」
サクラさんが、すごく嬉しそうだ。多分本気だろう。
せっかく設置した部屋なので、今日はこのままで過ごす事にした。
ちょっと休憩と言うことで、王族仕様のソファーに座り、王族仕様のティーカップで普通の値段の紅茶を飲む。
しばらく待ったりとした時間が流れた。
そろそろ飲み終わるだろうと言うタイミングで、ナツメさんが話しかけてきた。
「カナデ君、C級スター試験を受けてみてどう思った」
「うーん、油断がならない試験でしたね。至る所に罠のような問題があって、うっかりしていると不正解になりそうでした」
「確かにそうだね。400問を越えたあたりからかなり難しくなる。まあ、大体の受験者はそこまで行かないけどね」
「ナツメさんも、身体強化をしたんですか」
「当然だよ。トリコン様達が問題を作るようになってからは、身体強化をするのが前提の試験になったからね」
「でも、ラウネンさんとかは知らなかったですよ」
「それも当然だよ。自分で気がつかなければいけないのさ。誰も教えてくれないよ。何しろ同じ試験を受ける者はみんな敵だからね」
「ああ、確かにそうですね」
「それでだ、C級スター試験の筆記問題は、実はA級試験の範囲まで含まれているんだよ」
「だと思いました。明らかにC級じゃ必要ない問題がたくさんありました」
「さすがだね。気がついていたのかい。なら話が早い。王族対応の知識はもう学習済みと言うことだ」
ナツメさんのその言葉で、優雅なお茶の時間は終わりをつげた。
「さて、ここからは試験のおさらいを含めた細かな動きの確認をするよ」
「はい」
「わざわざ大樹の森に来る王族は何を求めているのかな」
「王宮では味わえない生活……ですかね?」
「その通りだよ。でだ、それを邪魔するのは何かな」
「……いろいろな慣例です。そして、それを守らせようとする側近と護衛達です」
「正解だ。つまり、我々の最大の仕事は側近達を王子に近づけさせないことなんだ」
なるほど、理解できました。つまり、徹底的に側近達の思惑の裏をかけと言うことですね。それなら得意です。
「カナデ、王子がパンを手づかみで食べたいと思っている。さあ、どうする」
「予定の確認がしたいと側近達を外に連れ出します」
「うん、いいね」
「少し危険な場所に王子を連れて行かないと魔石は手に入らない。どうする」
「身体強化を掛けて、王子を目的地までおんぶしていきます。護衛でも追いつかない速度で一気に雲隠れします」
「帰ってきてから文句を言われるぞ。どうする」
「『え、C級の私についてこないから、王子のことは任されたんだと思いました』と言って、たくさんの魔石を見せつけます」
「あははは、おもしろい。C級でしか使えない手だね」
これはおもしろい。相手もC級に負けたなんて言えるわけがない。うん、これは使える。徹底的にあおってやろう。
想定されるケースをナツメさんと出し合い対処法を確認していく。
「まあ、こんなところだろう。後はカナデの判断で臨機応変にやってくれ」
「わかりました」
「カナデは接待の経験があるのかい。なんか、すごく苦労したという雰囲気を感じるよ」
「……」
はい、あります。仕事で何回もお役人の接待をさせられました。すごく辛かったです。
「カナデさんですからね、当然です」
私が遠い目をして黙り込んだので、サクラさんがうまくまとめてくれました。
その後、マイアコス王国の貴族について確認をした。側近達はみなどこかの貴族の次男三男が多いらしい。なので要注意貴族の側近達だったら対処法も少し変える必要が出てくるからだ。
確認作業を進めていくうちにナツメさんが怒り出した。
「おい、カナデふざけるなよ。なんで全ての貴族の名前が分かるんだ」
「覚えるのは得意なんです。写真……じゃない、貴族一人ひとりの似顔絵とかがあるともっと助かるんですが……」
「そんなもんあるわけないだろう。それに、どうやって顔を覚えるんだ」
「え、猫の顔より分かりやすいですよね。そんなの簡単ですよ」
神社には桜耳の保護猫たちが数百匹住み着いていた。私は全ての猫の名前と顔を一致させることができた。それに比べれば、人の顔を覚えるなんてすごく簡単だ。
「これが新人類の実力だというのか……」
ナツメさんはしばらく頭を抱え込んでいた。
吹っ切れたナツメさんが、夕食の席で話しかけてきた。
「ところでカナデ君、キミはどのぐらい今回の事情を聞いているんだい」
「第5王子が嫌がらせをされている。ですかね」
「なるほど、ほぼ全てだね」
それが全てなんかい。
「今回は、第5王子のお小遣いで雇える案内人と冒険者と言うことで、C級のサクラとカナデ君が選ばれたのさ」
おーなるほど。理解しました。
「流石だね、それは全て分かったと言う顔だね……思ったことを言ってごらん」
ナツメさんが興味深そうに体を乗り出した。
「つまり、C級しか雇えなかったから、必ず失敗するだろう……と、相手が考えるわけですね」
「ああそうだね。それでどうなる」
「これ以上の妨害工作がなくなりますね」
「ふふふ、そうだね、そしてどうしたい。サクラ」
さっきからつくも(猫)の頭を撫でながらキョトンとして聞いていたサクラさんにナツメさんが話を振った。
しばらく考えていたサクラさんが、「にやっ」と悪い顔で笑ってから、
「完璧な接待をして、3個どころかその10倍ぐらい魔石を持ち帰ってもらいます」
と気合いを入れた。
約束の時刻は、明日の朝10時だ。
国境で第5王子たちが待っている。
きっと、密かに見張りもつけているはずだ。
おれ相手ではないので『真色眼』では敵か味方か分からないな。十分周りに気を配るとするか。
気合いを入れているサクラさんを見ながら私はそんなことを考えていた。
次話は明日7時10分投稿




