026 サクラの兄
私とサクラさんはC級の案内人と冒険者である。
C級になると、案内人は配達業務から本来の仕事である冒険者の輸送と現地での後方支援職が主軸となる。
案内人の質の違いは、冒険者達にとっては深刻な問題だ。
休憩、食事、安眠、狩り場の紹介まで、案内人の能力に依存しなければならない事が多いからだ。
なので、経験の少ないC級案内人は、ギルドが斡旋した、トラブルになることが少ない案件を受け持つことになっている。
私とサクラさんはそんな駆け出しのC級案内人である。
「どういうことですか、お父さん」
サクラさんが激おこである。
「あー、サクラ。ここではギルドマスターと呼びなさい」
ギロッ……。
「うっ」
「だから、どうして王族からの依頼なんか受けたんですか」
「いや、王族と言っても、ほら、まだ、10歳だから。子どもだから……」
「関係ありません。王族は王族です。C級は、貴族、有力商人、王族など、身分の高い依頼は受けません。それが決まりのはずです」
「いやー……そこはなんて言うか……。大人の事情というか……」
いつも冷静沈着なカルミア様がタジタジである。
「うー……」
サクラさんが、頬を膨らませて怒っている。リスみたいだ。かわいい。
「本当にすまない。この通りだ」
父は、頭を机にこすりつけた。
「どうしても断れなかったんだ。それに、今回は王族としての対応は一切しなくていいという確約もある」
「ふー。本当ですね。わたし、本当に普通の案内人の対応しますよ。王子様、ほっときますよ。いいんですね」
サクラさんが、父親に詰め寄る。
さて、この世界にも不敬罪ってあるのかな。この町では貴族特権が使えないからよく分からないな。
サクラさんが少し落ち着いたところで、カルミア様から経緯の詳しい説明があった。
王子の国、マイアコス王国は、『世界樹の裁き』後の改変の時に連合王国には加わらずに昔ながらの王国政治を選んだ国だ。
剣技と魔術に重きを置く貴族たちの権力が強い国である。また、魔道具の開発にも力を入れている。
王子の名前は『ジェイドスター』、年齢は10歳だ。容姿端麗で学問にも秀でたものがある。
10歳離れた兄がいるが、その兄もとても優秀で、すでに国の要職についている。そして、兄弟仲はとても良好だ。
この2人の母親は第2王妃だが、実は国の政策はこの王妃が担っている部分が大きい。
なぜなら、政略結婚した第1王妃がとんでもなく性格が悪く愚かなのだ。
あまりにもひどいので、困った現国王が選りすぐって選んだのがこの第2王妃である。
そして、母親の愚かさが遺伝したのか環境がそうさせたのか、この第1王妃の3人の子ども達も性格が最悪だった。
特に年が近い第4王子は、ことあるごとに意地悪をしている。第1王妃も見て見ぬふりどころか、積極的に加担している。
王室には、慣例となっている取極めがいくつかある。
その中の1つに、10歳になったら大樹の森に行ってDランクの魔石を3つ自分の力で取ってくると言うのがある。
もちろん、建前だ。大抵は高ランク冒険者を雇って安全にお膳立てをしてもらう。
しかし、この王子にはその高ランク冒険者を雇うお金も連絡する手段もない。第1王妃が財務部に圧力を掛けて予算を出させないのだ。
そして、その状況を見かねた兄が、学生の時の友人であるサクラさんの兄に相談して、今回の対応になったというのが経緯だ。
「なにそれ、ひどい。その第5王子何も悪くないじゃない。もちろん何とかするわ!」
サクラさんにスイッチが入ってしまった。もう、誰も止められない。
さて、初任務がまさかの王族案件だ。子どもといっても相手は王族だ。いろいろと準備はいるはずだ。さて、私は何をすればいいんだろう……。
カラカラカラ……ペンテが軽快に樹魔車両を引いている。
ペンテは本当に優秀だ。新型車両の樹魔たちともあっという間に意思疎通をしてしまった。
カラカラカラ……ペンテがリズムよく車体を引いていく。
段々眠くなってくるのが普通だが、全く眠くならない。いや、緊張と気まずさで目が冴えてきた。
正式名称はベニザクラ『白銀』だが、通常はベニザクラ号だ。
その、ベニザクラ号は今、マイアコス王国の国境に向かっている。そこで王子達と落ち合う予定だ。
メンバーは、私とサクラさん、猫ともう1人……サクラさんの兄がいるのだ。
そして、このお兄様。さっきから外を眺めたまま一言もしゃべらない。
目もずっと閉じているように薄ーく開いたままだ。ううっすごく気まずい。
そろそろ限界……「良いお日柄ですね」と天気の話でもしようかなーと口を開こうとした時、
「いやーこのベニザクラ『白銀』、本当によくできているね。ぼくの『青竹ミカヅチ号』より豪華で性能が良さそうじゃないか。どうだい、サクラ、ぼくのと交換しないかい」
と、御者台にいるサクラさんに話しかけ始めた。
「しません。というか、できるわけないじゃないですか。ギルド機密の塊ですよ。この車両」
御者台から顔だけこちらに向けて返事をする。
「連れないねー。でも、ぼくが送った素材もずいぶん役に立ったみたいだから嬉しいよ」
「今、テネリの訓練中なんです。話しかけないでください」
「えー。いいじゃないか久しぶりなんだから」
「だめです。ねこちゃんとでも遊んでいてください」
サクラさんはそのままテネリの方に向いてしまった。
「君がうわさのねこちゃんか。ツバキのお気に入りでもあるんだってね。いや、お疲れさん」
つくも(猫)は、めんどくさそうにしっぽをちょっと動かしてあいさつをした。
その様子をみて満足したのか、次に私の方を見て、感情のこもらない張り付いた笑顔を向けてきた。
「君がカナデ君か。今回のC級昇格試験で歴代最高点を出してトップ合格したんだってね。おめでとう」
おめでとうと言うが、目が全然笑っていないように感じる。こわいよー。
「私1人の力ではないです。みなさんにいろいろ教えてもらったり助けてもらったりしました」
「謙虚だね。それに優等生の模範解答だねぇー。でも、おかげでストラミア帝国との面倒ごともなくなったからね。ここは素直にお礼を言っておくよ。よくやってくれた。ありがとう」
おやっ、この感じは本気だよ。
「いえ、お礼だなんて……」
この後何を言ったらいい。優等生の模範解答は好みじゃないらしいぞ……。
私が必死に次の言葉を探している時、
「ちなみに、君が破る前の歴代最高得点のGスターは誰だったか知っているかい」
「いえ、知りません。誰なんですか」
私が素直にそう反応すると、人差し指を自分の鼻先に向けてから、
「ここにいるよ。君の目の前にね」
と言って、細い目がにやりと笑った……ように見えた。
「えっ……」
私が反応できないでいると、
「いや驚いたよ。あの記録をしかもたった3ヶ月の経験で更新できる人物が現れるなんてね。正直、想像もしなかったよ。すごいね、きみ……」
そう言って、細目を少し大きく開いて私を見てきた。
『ヒヤッ』とした気配が高まった。
赤玉? つくも(猫)もピクッと反応する。
「キミ、何者だい。どこから現れた」
そう言うと、ラウネンさんとは違う種類の威圧を出してきた。
じっとにらみ合う。大丈夫、赤玉も黒玉も出ていない。つくも(猫)も動かない。本気ではない。
「すみません。言えないんです」
やっと、言葉を絞り出した。
「ぼくは、サクラの兄だよ。どこから来たのかも言えないような者をこれから信用しろというのかい」
「すみません。これは、言ってはいけない決まりなんです」
無言のまま細目が半目に開く。鋭いまなざしが半分見えた。私はじっと、その目を見返した。
「……」
実は、私は今日のための準備がほとんどできなかったのだ。
それは、私が何者なのかを、どうやって権力者に説明するかを2人のギルマスと一緒に考えていたからだ。
私の異常さは、もはや隠せないという結論が出た。すると、必ず王族の側近や王族本人から、「おまえは何者だ」という質問が来る。
権力者相手に無視することもできない。また、へたな嘘は通用しない。
ではどうするか。出た答えが、完璧な偽装だ。大樹の森の8層付近に存在するといわれている謎の里『大樹の杜人』の出身だと言うことになった。
これなら、突然森の中から現れた説明がつくし、でたらめな力の偽装説明にもなる。
なぜなら、誰も行ったことがない、謎の里だからだ。「言ってはいけない決まりなんです」この言葉で、大抵は何かを察して引いてくれるそうだ。
『大樹の杜人』からの許可はカルミア様が、いろいろな裏技を使ってもらったらしい。ギルド公認の偽装工作だ。
数十秒にらみ合った。
「あっはっはっはっは」
突然兄が笑い出した。
「ごめんごめん。でも、合格だよ。実はね、ラウネンから頼まれていたんだよ。どこから来たかを尋ねられた時の対応がきちんとできているかをテストしてくれってね。本当にごめんね」
さっきまでの威圧がふっと消えた。
「兄様、ひどいです。それにラウネンさんも…… 帰ったら抗議します」
ラウネンさん自業自得です。私も地味な嫌がらせをさせてもらいます。うん、年間予算の4分の1ぐらいの量の素材を持ち込もう。
「あまり脅かさないでください。正直、生きたここちがしませんでした」
「何を言っているんだい。ぼくとしては意識が飛ぶほどの威圧をしたつもりなんだよ。平気な顔でにらみ返してきたじゃないか」
「いや、平気じゃないですよ。怖かったです」
「まあ、いいよ。そういうことにしておこう。それにしても、そのねこちゃんも初めにピクリとしただけで後は寝てたね。ぼく、自信無くすよ」
そう言いながらも、兄様はすごく嬉しそうに笑った。
その後、テネリが威圧に怯えて少し拗ねていると言われた兄様は、テネリのご機嫌取りに御者台に行った。
そこでも、
「えー、あの威圧で少しなの」
と、テネリの大物ぶりにあきれていた。
そして、兄様の名前は『ナツメ』と言うことも教えてもらった。
次話は明日7時10分投稿




