021 魔力ではない
今日は、樹魔車両の装甲部分を作るからと、工場に呼び出されている。
「なんで?」というハテナマークが、きっと私の頭の上にちょこんと乗っているだろう。
たくさんの職人が私と親方の周りに集まり、鱗状の装甲素材を見つめている。
「いいか、カナデ。今の力加減で魔力を込めながらこの鱗を拳で叩いてみろ」
この世界の鍛冶師は、魔物素材に限ってだが、ベテランになるほどハンマーを使わないで身体強化をした拳で素材を叩く。
その方が魔力が素材に良く伝わるらしい。そのベテランの技を私に無茶振りしてくるのが、この親方である。勘弁して。
「カルコスさん。俺はまだ魔力の操作がうまくできないんですよ」
操作どころか私には魔力が無い。あるのは、神装力第三権限貸与の力だ。
「何言ってやがる。ギンギツネ号のドアを叩いて直しただろ。あれとおんなじだ」
なるほど、あの要領か。ならできそうだ。
「いきます。(ねこパンチ普通)」
神装力第三権限貸与の力を込めて普通の力で叩くと、波打っていた鱗がが厚さ0.5㎜縦横30㎝の白く輝く平らな真四角の板に変形した。
「やりやがった。この状態の板にするには、熟練の経験が必要だぞ。なんてやつだ」
その場で作業を見守っていたチームのメンバーは、親方から渡された白く輝く真四角の板を撫でたり叩いたりしながら完成度を確認しておどろいていた。
「おい、シンティ魔力測定しろ」
板を手渡されたのは、少し大きめの作業着の袖や裾を折り曲げて着こなしている小柄な少女だった。その少女は、バーコードスキャンのような装置で板の上をなぞりながら首をかしげた。
「親方ーぁ、この機械故障ですかねー。魔力反応がゼロですよー」
「はあぁ そんなわけないだろ。特級の魔力が通った状態だぞ」
親方がドスドスと機械に近づき数値を確かめるが、確かに目盛りは0を指していた。
「ね、魔力0ですよ。やっぱり故障ですねー。修理に出しときまーす」
ごめんなさい。その機械正常です。私は魔力無しです。
「ああそうしろ。チッ役立たずの機械め!」
ブツブツと機械に向かって悪態をつきながら、鱗がきれいに並べて入っている箱の方へドスドスと移動する。
「カナデ。特級状態だ。これ以上できるやつは俺を含めてこの工場にいない。この素材は、ぜんぶカナデが板にしろ」
「……分かりました。で、何枚ぐらいあるんですか」
「あー、確か全部で2000枚位だな」
「……マジですか」
一日50枚ペースで40日かぁ……トホホ。頑張ります。
次の日から装甲板を板状に加工する作業が始まった。
「おはようございまーす。今日からお世話になりまーす」
工場の開き戸を開けると、カルコス親方の弟子の1人レウムが、フラフラしながら近寄ってきた。
「カナデさん。待っていたっす。この『円周率』を割り切るまで計算しようとしてるっすが、いくら計算しても割り切れないんす。どうなってるんすか」
おい、いつからやっている。目の下に隈ができているぞ。
「あきらめろ、私の知る限り、それを解決した者はまだ1人もいない」
「えー、無理っす。気になって仕事ができないっす」
髪の毛をかきむる 。
「気持ちは分かる。しかし無理だ。あきらめろ」
うなだれてとぼとぼと去って行くレウムを見送り、すまんと頭を下げる。
さて、はじめるか。と思ったら、シンティさんが目の前にいた。
「あんた、何者。魔力ゼロでどうしてあの特級が作れるの」
何かを探るような、そして、好奇心いっぱいの顔で近寄ってくる。
シンティさんは、ドワーフ族だが、体はほっそりとしている。髪の毛は作業がしやすいようにだろう、短く切りそろえられている。目がぱっちりとしたなかなかの美人さんだ。
「あんたは、サクラのパートナーなんだよねー。うち、サクラとは仲がいいのよー。よろしくねー」
「機械が故障していないこと、知っていたんですね。それで、ごまかしてくれたんだ。ありがとうございます」
「へぇ、ごまかさないんだ」
おや、普通にしゃべれるんだな。
「サクラさんの親友なら、嘘は言いたくないです」
シンティさんは、私の顔を近くでまじまじと見つめてから、
「まあいいわー。いつかー秘密を教えてねー」
そう言って去っていた。なかなか油断のならない人のようだ。
さて、こんどこそ……。
「誰ですかあなたは」
知らない男が目の前にいた。ただ、ここに居ると言うことは、ここに入れる立場の人間と言うことだ。それでも用心に越したことはない。
(真色眼発動)
ぴょこん、真っ青に輝く青玉が浮かび上がった。
「君がカナデ君だね。初めまして、私は素材研究所所長の『ラスパス』だよ。よろしくね」
握手を求めてきた。そういえば、この世界に来てから握手を求められた覚えがない。
私が、その手を握り返すと、
「この意味が分かるんだね。やはり、君は探求者だね」
相手は青玉だ、警戒は最小限で大丈夫だろう。
「そうかも知れない、まあ、候補者の1人です」
「ふふふ、おもしろいね。まあ、いいよ。それで」
ラスパスさんは、握っていた手を離すと、1枚の紙をポケットから取り出した。それを広げると、
「ここに書いてある、計算式を見させてもらったよ。樹魔の変形予測値がきれいな数式になっていたのでびっくりしたよ。それでだ、この円周率について、ちょっと教えてほしいことがあってね」
「私に答えられることならいいですよ」
そう、禁則事項は話せなくなる。
「この3.14と言う数字は、どうやって定義したんだい。それと、πという記号はどうやって使えばいいのかな」
「日常生活で使うなら十分な精度があることと計算が簡単にできるからです。桁が大きくなると面倒ですよね。πは、立式する時に使うと便利ですよ。あと、どちらも私が発見したものではないですよ」
うーんと考え込むラスパスさん。
「探求者のことをいろいろ詮索することはできないからね。その答えで十分だよ。でだ、この数字は広めてもいいのかね」
「はい、たぶん大丈夫です。ただし、1つ忠告があります」
ん、と不思議そうな顔をする。
「絶対に、割り切れるまで計算しようとしないでください。人の寿命が千年あってもきっと、割り切れません」
「あはははは、わかったよ。ただ、すでに手遅れだった研究員が数名居るけどね。その人達にはよく言っておくよ。あきらめろとね」
ラスパスさんは、そう言うと、そそくさと帰って行った。
さて、今度こそは作業に入れるかな。
作業室に入ると、中型の次元箱が5つほど積み重なっているのが目に入る。1つの箱に500枚鱗が入っている。そのうちの1つを持ち上げてテーブルの上に置く。
道具はない、と言うより使わない。拳に魔力を込めて叩くのが正しいやり方だ。
「ただなー、魔力じゃないんだよなー。神力なんだよなー」
本当に神力込めていいんだろうか。ちょと迷うが、つくも(猫)も何も言わないし、まあいいか。
(神装力第三権限貸与開放 神装身体強化 発動)
「ねこパンチ ふつう」
波打った鱗に神力を乗せたパンチをたたき込む。
ブワンといううなり声を上げて真四角な板になる。
いや、どうしてこうなるの。
力加減が分かれば後は単純作業だ。これならどんどんいけそうだ。
作業は10日で終わった。最後の方は、お茶を飲みながらでもできそうだった。流石に怒られそうだから、やらなかったけど。
その後の、親方の弟子になれの勧誘がとにかくしつこくて困ることになったが、サクラさんのひと睨みで大人しくなった。サクラさん最強です。
鍛冶屋は金属製品専門だが、鍛冶師は、金属加工の他に魔物素材加工ができる特別な技能を持っている。そして、シンティさんは、天才と言われている加工鍛冶術士らしい。
そのシンティさんから聞いたことなんだが、白く輝くのは、100年以上修行を積んだドワーフの熟練鍛冶師レベルの技なのだそうだ。しかも、2000枚を寸分違わずとなると伝説レベルになるらしい。
今回の作業が機密保持扱いの作業じゃなかったら、ドワーフ仲間で私の争奪戦が起こっても不思議ではないと言われてしまった。
今日は、樹魔達を車輪にする調整の仕上げをするからと、ツバキさんの『音波研究所』に呼び出されている。
「なんで?」というハテナマークが、きっと私の頭の上にちょこんと乗っているだろう。
台座の上で樹魔が2体横たわっている。その樹魔のそばでツバキさんが、音番が書かれた用紙を指の先でパンパンと叩いている。
「さあ、カナデ君。君の魔力を乗せて、この曲を演奏してみて」
この世界の音師達は、樹魔達の調整に樹齢2万年以上の樹魔個体から作った木琴を使っている。
木琴と言っても、備長炭のように、叩くとキーンという澄んだ金属音がするのだ。そして、それを叩くときに自分の魔力を音に乗せて樹魔達に伝えるのだ。その作業は、本来経験を積んだベテラン音師が行うものである。
それを、私にやれと無茶ぶりしてくるのがこの音研究所改め『音波研究所』所長である。勘弁して。
「ツバキさん。俺には魔力がないんですよ。検査して分かったじゃないですか」
私には魔力が無い。あるのは、神装力第三権限貸与の力だ。でも、これはまだ秘密だ。
「カナデさん。大丈夫です。私も魔力が無いですが、木琴の音に風の加護の力を乗せられます」
今回は、サクラさんも一緒だ。本来は、仕上げはサクラさんが行うのだが、樹魔車両の装甲を私の力(神装力第三権限)で染めてしまったので、樹魔も同じ力で染めることになったのだ。
なお、私の力の種類は不明ということになっている。たぶん、まだ認識されていない特別な加護の力ということで今は詮索しないでいてくれる。
「君のその力、私としては今すぐにでも君を分解してでも調べたいのを我慢しているのよ。泣き言いわないでやりなさい」
まあ、横笛で神楽の神事手伝っていたし、楽器もそれなりに演奏してきたから、何とかなるか。
音番がただ並んでいる楽譜を、ドレミ表記の楽譜に頭の中で変換しながら木琴をバチで叩いて演奏していく。
そこに、神装力第三権限貸与の力を音波に乗せるイメージをする。
自分の神力が、音波に乗って広がっていくのを感じることができた。この木琴の澄んだ金属の音色と神力がまるで数万年一緒に過ごしてきたかのようにシンクロしていく。
樹魔に変化が起きた。今まで、ただの木の枝と根っこだった部分がクネクネと動き出し、12本ずつの棘のような形に統合されていった。
そして、それがピンと1回伸びて、きれいな12角形の形になった。
次に、そのピンと伸びた触手の先がクニッと緩やかな山なりに曲がり、それが合わさって12本の車軸を持つ車輪へと変化した。
「お見事よ。カナデ君。次の曲にいって」
ツバキさんが、もう1枚の音番譜を渡してきた。そう、今回の樹魔は双子だ。
もう1本?いや1体いる。もう1枚の音番譜は、今までのよりも少し音が高くなっている。
同じように演奏をしていく、さっきと同じ事が起こっていく。そして、2体の樹魔車輪が現れた。
「最後の仕上げよ。和音でお願い」
和音。これは、双子を同期させる為に悩んでいたツバキさんに私が提案した方法だ。2つの音程を聞いたときにこれなら和音として一緒に演奏できるのでは……と提案してみた。
ただ、「和音って何」から質問が始まり、リズム、メロディ、ハーモニーの3つの要素まで説明させられることになった。
「和音いきます」
バチを2本ずつ手に挟んで両手に持ち、和音の演奏を始めた。
すると、2体の樹魔車軸がうねうねと動き出し、お互いの動きを感じながら合わせようとしているように見える。
微妙にタイミングがずれていた動きが、段々とシンクロしていった。やがて、阿吽の呼吸と呼べるレベルの動きに進化していった。
「サクラ、調整木琴で仕上げをして」
「わかりました」
サクラさんは右手を前に差し出した。
「世界樹の枝」
木の枝が右手に現れた。
その枝を、頭上にあげ、何もない空間を叩く仕草をする。
ビーン
空気が振動した。
「めざめよメーム」
キーン 金属音の澄んだ音がする
「太古のメーム」
キーン 振動が魔法陣のように広がる。
「自我のメーム」
キーン 振動が樹魔を包み込む。
「ふるえよメーム ひとつになれ」
「ホスタンツァ ライエン」
そう言ってから、調整木琴を鳴らす。
「シャラララーン」
木琴を左から右へ木の枝で打ち流したした。
すると、2体の樹魔車軸が全く同じ動きで、12本の尖った触手に変形した。傘の骨のような感じだ。
「完成よ。大陸で初めてになる樹魔の同期よ。きっと、樹魔の可能性がこれからどんどん広がっていくわ。すごいわカナデ君。あなたの名前がきっと歴史に残るわよ」
「カナデさんなので、当然です」
なぜか、サクラさんが一番どや顔です。
今回の樹魔車両製作は、新技術がかなり使われているので、当分は一般には公開しない機密保持扱いだ。
なので、私の名前も当然公開されないのだ。よかったよかった。
ただ、ツバキさんは、憤慨していた。でも、父親でもある案内人ギルド長のカルミア様に説得され、私の分解を含めてしぶしぶいろいろな事を我慢しているようだ。
次話は明日7時10分投稿




