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020 音研究所

 



 お昼は屋台で軽く済ませることにした。どこの屋台に行っても、つくもは人気者なので私達も好待遇だ。


「ねこちゃん。スープの新作だ。どうだ」


 屋台のお兄さんが、つくも専用のほどよく高くなったお皿にほどよく冷めたスープを少量入れて差し出す。

 

 つくも(猫)は、クンクンと臭いを嗅いでから舌でチョロッと舐めてみる。しばらくその姿勢のまま止まってから、ぷいっと顔をお皿から離して、後ろ足で耳の辺りを掻く。


「だめだったかー」


 屋台のお兄さんがその場で崩れ落ちた。周りで事の成り行きを見守っていた野次馬達が、「うーん残念」「次がある。頑張れ」と励ましている。


 同じ商売仲間達は「ちょっと味見させてくれ」「おい、これでもだめなのか」「いや、確かにちょっと塩気が強い」などと、味を確かめて盛り上がっている。


 つくも(猫)さん。神装力(しんそうりょく)第三権限の力の使い所、間違っていませんか……。




 つくも(猫)のおかげで屋台のお兄さんとその仲間達から、たくさんのサービスを受けてお腹がいっぱいになった私達は、満腹感に浸りながら次の場所に向かっている。


「サクラさん、次の場所はどんな所なんですか」


「この子達の変形を調整する場所よ。そこでは、この調整木琴を使うの」


 自分の携帯型次元箱から調整木琴を取り出した。


「ああ、変形するときに時々鳴らしている音ですね」


「ええ、そうなんだけど、まあ、そっちは心配ないのよ。ただ、他のことでちょっと心配なこともあるの……」


 サクラさんは少し考え込んだ。


「えっとね、これから行く場所にね、ちょっと変わった人がいるのよ。びっくりしないでね……」


 サクラさんはそうつぶやくと、さてどうしたもんかという感じで考え込んでしまった。




 魔鳥車は、樹魔車両の工場がある区画からだいぶ離れた森の中に向かっていた。


 しばらく広葉樹が茂る森の中を進むと、やがて白い建物が見えてきた。入り口の看板には『音研究所』と書かれていた。


 白い建物に近づくと、サクラさんはトンと荷台から飛び降りた。ノックも無しに扉を開け、大きな声で奥に向かって呼びかけた。


「ツバキ姉様、サクラです。起きていますか。ツバキ姉様いますか」


 ……ん、姉様? もしかしてサクラさんのお姉さんですか……。


 サクラさんが何回も呼びかけていると、奥からビオラ様に似たエルフの女性があくびをしながら登場した。


 髪はボサボサで、服にはしわが目立つ。メガネも少しズレている。きっと、メガネをしたまま、作業着のままで寝ていたのだろう。


 音研究所という位なので、きっと、研究者である。前の世界での自分の生活を思い出し、妙な親近感を感じてしまった。


 サクラさんは、変わった人だと気にしていたが、自分としては全く気にならない部類に入る。


「あら、サクラじゃない。なんか久しぶりよね。どうしたの」


 サクラ姉は、椅子に逆向きで座り、背もたれに寄りかかった。


「やっぱり忘れていますね。今日は、樹魔(じゅま)の音合わせだと連絡がいっているはずですが」


「あー今日だっけ。ごめんごめん」


「まあ、ちゃんと研究所に居てくれたのでよかったです。それよりも、1人なんですか。他の研究員さんはいないんですか」


「みんな出張中よ。しばらく帰ってこないわ」


「……」


「ご飯いつ食べました」


「えーと、しばらく前に多分食べたような……」


「……つまり、しばらく食べていないんですね。今すぐ用意しますから食べてください」


「そんなにお腹減っていないからいいわよ。それより、双子の樹魔に会わせてよ」


「だめです。まずは食べてください」


「えー面倒だわ」


 サクラ姉が椅子の背に両手を乗せてダラーと下に垂れ下がると同時にサクラさんの眉がピクピクしながらつり上がっていく。


 これはまずい。と、私が間に入ろうとした時に、つくもが「にゃ」と鳴いて、サクラ姉が居る椅子の背に飛び乗った。


「えっ、ねこちゃん。来てくれたの」


 サクラ姉が、飛び上がった。


「うわー久しぶりじゃない。全然来てくれないから心配していたのよ。さあ、美味しいご飯たくさん作るからね。一緒に食べようね」


 サクラ姉は、つくもを抱き上げると、そのまま奥の部屋に走って行ってしまった。


「ハアー、ごめんね。ツバキ姉様は、いつもあんな感じなの。研究とかわいい動物にしか興味がない人なの……」


 サクラさんがため息をつきながら、姉が消えた方を見ながら謝罪した。


「大丈夫です。あんな感じの人には慣れていますから」


 私も同類です。とは言えなくて、何となく罪悪感を感じてしまった。




 私達は、サクラ姉が戻ってきたら直ぐに音合わせが始められるようにと、研究室に双子の樹魔を連れて行った。


 研究室には、整然と音源になる木琴が並べられていた。また、樹魔車両の作業場と同じ台座もあった。


 棚には、いろいろな素材やサンプルが入った箱ががきれいに整頓されている。


 研究者としてはすごく几帳面で有能なのだということが分かる部屋だった。


 サクラさんは、双子の樹魔を呼び車台の上に横たわるように指示を出した。それから「はあー」とため息をひとつ吐いて、にっこり笑い、


「カナデさん。ツバキ姉様が戻ってくるまでお茶でも飲んで待ちましょう」


と言うと、お茶を取りに部屋の奥に行ってしまった。




 1時間ぐらい経っただろうか。満足したような顔で、つくもを抱いたツバキさんが研究室に入ってきた。


 つくも(猫)お手柄だよ。というか、つくも(猫)の縄張りがどんどん広がっていることにびっくりだよ。


「このねこちゃん。サクラのお友だちなの」


 ツバキさんの興味は、まだつくもだった。


「いえ、カナデさんのお友だちよ」


 そう言って、サクラさんが私の方を見た。


「ああ、あなたがサクラのパートナーのカナデ君ね。ごめんね。あいさつがまだだったわね。サクラの姉のツバキよ。よろしくね」


「はい、カナデです。よろしくお願いします」


「で、このねこちゃんあなたのお友だちなの」


「はい、友達というか、とても大事な家族……ですね」


つばきさんは、つくも(猫)を抱えたままじっとこちらを見て、何かを探るようにしばらく黙っていたが、ふっと、息を吐くと、あきらめたようにつぶやいた。


「あーあ、その様子じゃ、ちょうだいって言っても無理そうね。あきらめるわ」


「つばき姉様、馬鹿なことを言っていないで、早く仕事をしてください」


 サクラさんは、そう言うとさっとつくも(猫)を取り上げてしまった。


 つばきさんも、あきらめたのか、メガネの縁をくっと持ち上げて位置を直すと、すっと、研究者の顔になった。


「ふーん、これが双子の樹魔なのね。確かに見た目はそっくりね。さて、性格はどうなのかしら」


 つばきさんはそう言うと、壁に掛けられていた黒い板の中から何枚かを選び、それを机の上に並べはじめた。


「サクラ、この樹魔を見つけたのは、森のどの辺りなの」


「それが、どこから来たのか分からないんです。いきなり私の目の前にいたんです」


「ふーん いきなり目の前にねぇ。そんなこと、可能なのかしら。ねえ、カナデ君」


 姉様、そんなジト目で私を見ないでください。


「えーと、詳細は報告書にして、ラウネンさんに提出してあります……」


「なるほど、いろいろ訳ありなのね。分かったわよ。あとで直接ラウネンを問い詰めるわ」


 うわー、呼び捨てだ。ラウネン頑張れ。




 そのあと、ツバキさんからは、どの音に反応するかで、だいたいの樹魔の性格が分かることをとても詳しく説明された。


「なるほど、高い音と低い音のどちらに反応するかでだいたいの性格が分かるんですか。おもしろいですね」


「ただね、この樹魔木琴の音じゃないと反応しないのよ。まあ、その方が安全なんだけどね」


「確かにそうですね。いろいろな音に反応していたら危ないですね」


「でも、音ってことは周波数で反応しているって事だよな」


「え、なにその『シュウハスウ』って」


「1秒間に繰り返す波の数のことですよ」


「波ってなによ、音と関係あるの」


「周波数が高いほど高い音になります。周波数が低いほど低い音として聞こえます」


 ツバキさんの目が輝いてる。まずいか、でも、言葉に出せるということは禁則事項でないと言うことだ。


「例えば、私の声は1秒間に80から250位の波です。ツバキさんの声は200から400位です。鳥のさえずりは2000位です」


「なら、樹魔木琴の音も波なのね。音番1と10なら、1秒間に繰り返す波の数が違うのね」


「なるほど、分かってきたわ、音はその周波数つまり高さね、と、音の大きさつまり強さね、でも、それだけだと音色が複雑ね。高さと大きさは、『大きいと小さい』『高いと低い』になるけど、樹魔木琴の音色はもっと多元的な性質がありそうね」


 まじですか、たったあれだけのヒントで音の3要素にたどり着くんですか。この世界の研究者はあなどれない。なるほど、禁則事項が働くわけだ。でも、やはり、研究者としてのツバキさんは優秀であることを実感できた。それと、この人とは、何となく気が合いそうだとも思ったのだ。


 結局、その日はツバキさんの樹魔と音の関係と樹魔車両の歴史や性能の協議で終わってしまった。


 私としては、結構興味深い内容だったし質問もいくつかでき有意義な時間だったが、サクラさんにとっては、退屈な時間になってしまったようだ。


 ちなみに、『禁則事項』とは、『多言語翻訳君』の機能の1つだ。この世界の人たちにはまだ早いと思われる知識は、頭の中にもやがかかって話せなくなるのだ。




 双子の樹魔は、しばらくこの研究所に泊まり込みになるらしい。サクラさんもちょくちょく顔を出し、細かな打合せや調整をしていくことになった。


 ただ、ツバキさんとのやりとりの中で、いつの間にか私もいっしょに作業をしていくことなっていることに気がつき、「どうしてそうなった」と首をかしげてしまった。まあ、楽しそうだからいいけど。


 つくも(猫)抱いたまま、私達を見送ろうとするツバキさん。


「姉様、ねこちゃんもいっしょに帰りますからね」


 姉の腕の中から(つくも)奪還(だっかん)しようとするサクラさん。


 バチバチとした火花が散りそうな攻防戦の結果、今はサクラさんの腕の中で前足を舐めているつくも(猫)といっしょに帰路につく。




 サクラさんはすっかり疲れ切っていたので、特に会話も無く魔鳥車(まちょうしゃ)は案内人ギルドの前まで私達を送り届けてくれた。そして「姉がいろいろ失礼なことをしてごめんなさい」とため息を一つ吐き、自宅に帰っていった。




 自宅に戻った私は、今日知った事や考えたことをノートにまとめることにした。


 今までのことも、知り得たことを事実のみと考察に分けて記録を残している。


 ノートもすでに3冊目だ。ただ、バラバラにならないようなノートになると、かなりしっかりした作りの本のような物になってしまうので値段も結構高い。


 なので、本当に必要なことのみを意識して日本語で記述している。


 意識しないと、自然にこの世界の言語に翻訳されて記述してしまうからだ。保管はアイテムボックスの中なので他者の目に触れることもまずないだろう。




 記録を書き終えると、めずらしくつくも(猫)が、書き終えた文章を読んでいた。


 そして、瞳孔を丸くしたまん丸目で私を見上げて、何か言いたそうにしていた。


「つくも(猫)、何か気になることがあるの」


「私の権限で検索すれば、いろいろな事が分かるが、おまえはきっと望まないんだよな」


「うん、そうだね。簡単に知ってしまったら、きっとつまらなくなるよ。自分の力で調べていくのが楽しいんだ」


 つくも(猫)は、まばたきを2回して、そのまま、アンモニャイト姿で寝てしまった。





SS1 カナデの記録ノート 本日12時10分投稿

次話は明日7時10分投稿

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