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002 魔物の森での生活




「死にたいのか、ここは異世界だ!」


「異世界」その言葉で、私の意識がつながった。


 全て現実だ。神様も、大きな動物も、そして、白い(ひも)は、こいつの爪だ。


 爪を手刀で振り払う。何故か、それが正解だと分かる。


 白い爪がスパッと根元から切れた。


 熊型の魔物は、びっくりして後ろに下がる。


「猫神様状況は……」


「囲まれている。かなり強力な魔物だ」


真色眼(しんしょくがん)を試してみる。敵の数が知りたい」

 

 そう、なぜだか使い方が頭の中に流れ込んでくる。


「真色眼発動」


 なんだこれは、


「猫神様、真っ赤だ。周りは真っ赤だ」


 魔物達の体全体が真っ赤に輝いている。それが数千体はいるだろう。 


「あのうっかり神め、とんでもないところに飛ばしてくれたな」


 そう言いながら、「カカカカ」と短く鳴くと、ペロッと舌を出し、口の周りをなめ回した。


「もう使い方はインストールされたな。神装(しんそう)身体強化を全身にかけろ。手加減無しだ。全部吹っ飛ばせ、ただし霧散(むさん)はさせるな」


「わかった」


 霧散とは、体が霧状になって消えてしまうことらしい。さっき頭の中に入ってきた情報がそう言っている。


神装力(しんそうりょく)第三権限開放」


「神装身体強化発動」


 体の中から神力が湧き上がってきた。まるで、細胞一つ一つが発電所になったみたいな感覚だ。体が重い。だめだ、意識も持っていかれそうだ。


「猫神様、体が重い。動けない」


「いきなりだったからな、力の制御はまだ難しいか」


「イメージしろ、神装力を貸してもらうと意識してみろ」


「わかった、貸してもらうだね。うーん、短い言葉は貸与たいよだな」


「神装力第三権限貸与 開放」


「神装身体強化 発動」


 さっきより体が軽い、意識もはっきりとしている。そして、恐怖心が無効化されている。


「猫神様、いけそうだ」


「よし、とにかく吹っ飛ばせ。だんだん体が慣れてくるはずだ」


「わかった」




「さて、お仕置きの時間だ!」




「ねこパンチ きつめ」


『神装挑発』を発動し、魔物をこちらにおびき寄せては、ねこパンチで吹っ飛ばす。この繰り返しだ。


 この力を使えば、魔物を追いかけなくていいのでかなり便利だ。


 何体ぐらい吹っ飛ばしただろうか。100を超えたあたりから数えるのをやめた。


 猫神様は、私の3倍ぐらいは吹っ飛ばしていた。そのパンチは(すさ)まじかった。


 猫の肉球部分が魔物の体に触れた瞬間に、ブワッと渦巻いた神力が魔物を包み込み、回転させながら(はる)か彼方に飛ばしていた。


 ダンスを踊るように、前足後ろ足にある肉球を交互に使い、小さな猫が大きな魔物を次々と蹴散(けち)らしていく姿は、アニメを見ているような光景だった。


「ふん、俺様に挑んでくるとは生意気な魔物達だ。まあ、準備運動にはなったから許してやるか」


 丁寧に全身の毛を舐め回して毛繕(けづくろ)いをする猫が瞳孔(どうこう)を細めてしゃべっている。


 まあいいか。ここは異世界だ。猫もしゃべるんだろう。


「猫神様、これからどうしますか」


 そう、ノープランだ。異世界転生特典のマジックバックもなさそうだ。


「ここから、1000キロメートルほど進めば、町があるな」


 東京から北海道の端っこぐらいの距離か、ずいぶん遠いぞ。


「遠いですね。歩いたらきっと1ヶ月ぐらいかかりますね」


「ん、身体強化して走れば、ゆっくり休みながらで10日もあれば着くぞ」


 マジですか。


 異世界生活1日目は、真っ赤に輝く魔物達をひたすら『ねこパンチ きつめ』で吹っ飛ばして終わってしまった……勘弁(かんべん)して。




 異世界生活2日目




 ブオン


 突然、真っ赤に燃えた火の玉が襲ってきた。


「うわ、何今の」


「魔法攻撃だ。身体強化だけの体だとダメージがくるぞ」


「どうしたらいいの」


「神装結界を重ねがけしろ」


「え、どうやって」


「イメージだ、服を着るような感じだ」


「なるほど、消防服だ」


「神装結界、イメージ『消防服』」


 ブワン


 神力の膜のような物が体を覆った。




 魔法攻撃をしてきたのは、鹿に似た魔物だ。赤い角を持つ個体が、2本の角の間から真っ赤に燃える火の玉を打ち出してくる。


「アタック」


 神装結界で強化した手で打ち返す。まあ、バレーボールみたいな感じだ。


 森の中なので、木に燃え移らないかヒヤヒヤしたが、この森の木は燃える気配が全くない。なので遠慮無く四方八方から飛んでくる火の玉を全て打ち返す。全身の身体強化に視力の強化をさらに重ねがけすることで可能になった。


 仲間の火の玉が打ち返されて自分の所に飛んでくるようになると、たまらずに逃げていった。


 同じように、穴の中から石を飛ばしてくるモグラに似た魔物にも、飛んできた石をそのままそいつがいる穴に打ち返してやった。


 町がある方向に近づいて行くにつれて、襲ってくる魔物達は減ってきた。そして、少し弱くなっているような気がする。




「猫神様、この真っ赤に輝く現象を変える事ってできないんですか」


「できるぞ。神装力は、イメージで顕現(けんげん)する。おまえ、消防服にできただろう。あの要領だ。光らないというイメージで発動してみろ」


 なるほど、理解した。


 イメージだ。全身は光らない、でも、敵か味方かを色で判断だ。敵は赤、味方は青……。


 うーん、これだけじゃだめだ。具体的な形が必要だ……そうか、『玉』だ。


「真色眼 敵は赤玉、味方は青玉で発動」


 10メートル手前の草むらにポンと『赤玉』が数十個(すうじゅっこ)浮かび上がった。


「猫神様、手前10メートルに、敵数十(すうじゅう)


「ねこパンチ 強め」


 猫がひとっ飛びで草むらにたどり着き、ねこパンチを炸裂(さくれつ)させる。ゴリラによく似た魔物が次々と50メートル後方にすっ飛んでいった。


「猫神様、ありがとう。使い方と改良の仕方が分かったよ」


 猫は、前足をペロペロと舐めながら、ぴょこんと尻尾(しっぽ)を持ち上げた。




異世界生活3日目




「さて、状況を整理してみるか」


「逃げていく魔物は赤く光らない。つまり、俺の命を絶つ、または致命傷を与える攻撃をしようと相手が思っている場合に、赤く輝くということだ」


「ならば、そういう意志を相手が持った時に自動的に赤玉が浮かび上がるようにすればいいな」


「でもなあ、思っただけでいちいち赤玉が浮かび上がっていたら、人間不信になりそうだな。なら、俺が意識して発動した時だけにした方がいいな」


「自動的に浮かび上がるのは、明らかな殺意の時だ。その時は、分かりやすいように『黒玉』だな。それと、緊急の場合は、『瞬間自動神装(しんそう)結界』が瞬時に発動することになるな」


「この結界がなかったら、今ごろおれ生きていないよな。神様からもらっておいて良かったよ」


「では、このイメージで『真色眼』発動の調整をするか」




「うん、だいぶコツがつかめてきたぞ。あいつは、威嚇しているだけだ。襲ってくる気はない」


「あの木の上にいるやつは、俺が近づいたら何かを落とそうとしているな。赤玉だ」


「まじかー。でっかい蜂の巣だよ。気がつかなかった。集団で襲ってきた時に『黒玉』が出てももう遅いよな。うーん、改良が必要だ」


「神装結界を張るタイミングも大事だな。もし、俺に仲間がいたら俺だけ助かっても後味が悪いぞ」




異世界生活4日目




「真色眼、半径100メートルで発動」


「おーいるいる。危険な虫や植物まで全て赤玉、黒玉だ」


「うん、これなら危険な箇所を避けて進めるぞ」


「よし、真色眼の発動条件はだいたい整ったな」




「つくも大変だ」


「なんださわがしい」


「おれ、若返っている」


「なんだ、今まで気がつかなかったのか」


「なんで」


「何言っている、おまえがその姿がいいって言ったからだろう」


「あっ」




 異世界生活5日目




 もう、襲ってくる魔物は一体もいない。すべて、怯えて逃げていく。そして、明らかに魔物達が弱くなっている。そう、私たちが強くなっているのではない。相手が弱くなっている。


「なあ、猫神様」


「……」


「ん、猫神様、どうかしたの」


「その、猫神様はそろそろやめないか」


「えー じゃあ、なんて呼ぶの。猫様とでも呼ぶのかい」


「つくもでいい」


「ああ、付喪神(つくもかみ)の『つくも』ね。わかった。じゃそれでいいね」




「なあ、つくも(猫)。今更なんだが、俺、食事してないけど、なんで動けるんだ」


「木の実を食べただろう。あの実は1つで10日は食べなくても生きていける魔素を含んでいる」


「魔素? この世界の人間は、魔素があれば生きていけるの」


「この森の中でならな」


「ふーんそうなんだ」


「なんだ、何か食べたいのか」


「なんか、魔物が襲ってこないから暇になっちゃたんだよね」


「なら、神装結界の使い方を覚えてみるか」


「ん、どういうこと」


「こういうことだ」


 つくも(猫)が「ニャッ」と前足を横に払うと、目の前の太さが30センチほどの木が厚さ10センチほどの輪切りになって積み重なっていた。


「俺様の爪を神装結界で包み、剣のようなイメージにした。おまえも、これで熊の爪を切っただろう」


 おう、見えない剣だ。かっこいい。


「やってみろ」


「うん」




 神装結界はイメージすることで、いろいろな形にできることが分かった。うん、これは使える。


「つくも(猫)は何してるの」


「暇だからな。皿でも作ろうかと思ってな」


 爪で器用に削られくり抜かれた直径30センチの見事な(うつわ)が出来上がっていた。


 慣れれば、この森での生活も結構楽しいかも。




異世界生活6日目




「神装結界 イメージ投網(とあみ)


 投網漁で使う網だ。それで兎のような耳を持つ鼠の魔物を絡めて捕まえる。


「チューチュー」と鳴いて暴れる鼠の耳をつかんで四足を拘束する。すると、不思議なことに動かなくなる。


 この森の魔物は、決まった捕まえ方をしないと霧散むさんして消えてしまう。


「よし、これなら食材になるぞ」


 この森でなら、木の実だけでも生きていけるとは言うが、お腹はすくのだ。


「つくも(猫)、多分鼠だと思うけど、捕まえてきたよ」


「鼠肉か。さて、どんな味だろうな。焼いてみるか」


 つくも(猫)は、爪を適度な長さに伸ばして手際よく肉にしていく。それをたき火で焼いていく。私も、やり方を教わってやってみる。キャンプみたいだ。


 塩やコショウがないので、うまみが少ないが焼き方次第でそれなりの味になる。


 木の種類も、広葉樹が増えてきた。木の実の種類も増えている。強い魔物もいない。日本の里山みたいな場所だ。


「うん、ここはおれの理想郷だ」


「突然だな、どういうことだ」


「この森は基礎研究の仕放題(しほうだい)だ。知らない植物、何らかの理由で変化した動物たち、知らない自然環境、何をやっても新しい発見になるんだよ。おれはここで暮らすよ。スローライフってやつかな。」


「そうか、まあ、時間はあるからな。気の済むまでやればいい」


 つくも(猫)は明け方と夕暮れになるとどこかに出かけていく。猫は薄明薄暮性(はくめいはくぼせい)だ。きっと野生の本能が騒ぐんだろう。


 私はとりあえず、植物観察と昆虫観察から始めた。昼間は観察、夜はつくも(猫)が張った神装(しんそう)結界の中で安心して寝る。ここは、穏やかないい森だ。




異世界生活7日目




「なあつくも(猫)、この服、洗濯しなくていいのかな、全く汚れないんだけどどうなっているんだろな」


「なんだ、知らなかったのか。その服は、高次元空間で作られたものだぞ。低次元の汚れなんかがつくわけないだろう」


「……」


 まじですか。


「ちなみに後、どんな仕様になっているのでしょうか……」


「やぶれない、身長に合わせて伸縮する、シワにならない、蒸れない、防寒、防水……うーんあとなんだろう、まあ、この世界の素材ではないからな、たぶん数千年は着ていられるぞ」


「聞くのが怖いんですが、おれが身につけているもの全てがそうなの」


「当たり前だろう。靴も下着もシャツも同じだ。もちろんおまえの体だってそうだぞ」


「ちょっとまったー。今さらっとすごいこと言ったよ」


「おまえは研究者だろ、想像してみろ、普通の体で神力使えると思うか」


 う、確かに。


「おれ、もう人間じゃないの?」


「細胞レベルからちょっと違うだけだ、十分人として生活していける。安心しろ」


「ちなみに、細胞レベルでどの辺りがちょっと違うのでしょうか」


「神力のもとになる化学物質を出すミトコンドリアが、各細胞に多少増えただけだ」


「なんだ、なら安心だね……ん、今、各細胞って言ったよね」


 確か、人間の細胞って、40兆個ぐらいだったはず、つまり40兆の数倍、そのミトコンドリアがおれの体の中にあるって事だよね。


「つくも(猫)、できればあの時『人間やめますか』って、聞いてほしかったかも」




異世界生活8日目




「やっと、体が神力に慣れてきた感じがするよ。でも、まだ貸与たいよじゃないと体が重くなるな」


「まあ、その大きさの体だからな。負担はあるだろう」


「どういうこと」


「あのうっかり神が龍になるかって言っただろう。本来なら神力使うにはそれぐらいの体が必要なんだよ」


「……あれ、冗談じゃなかったの」


「神が冗談を言うはずないだろう」


「まじですか……」


「つくも(猫)はもっと小さいよね。大丈夫なの」


「俺様は神だ。体の大きさなんて関係ない」


「そうでした」




 異世界生活9日目




ノートがない。鉛筆もない。記憶はしておけるけど、加筆したりスケッチしたりはさすがにできないぞ。どうしよう。どこかで買うしかないか。


「つくも(猫)、そろそろ町に行ってみないか」


「なんだ、『スローライフ』とやらはもういいのか」




 異世界生活10日目の朝が来た。





次話投稿は明日の7時10分になります

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