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019 樹魔車両工場

 



 大樹の森は、この大陸のほぼ真ん中に位置する。森の広さは広大であり、東西の直径は約1200キロメートルにもなる。


 10層に近づくほど魔素が濃くなり、魔素が濃い森には、生活に欠かせない素材となる魔物が多数生息している。


 他の国にも森があり、魔物もいるが、大樹の森の深層で確保できる素材とくらべるとどうしても質が数段下がってしまう。


 その為、各国は、良質な素材を獲得するために入り口の町に国の出先機関である支局や出張所や営業所を設けている。


 また、国だけではなく、各国の商人達もたくさんの支店をこの町に置いている。


 入り口の町は、このような関係からいろいろな国から人が集まっているので人口も多い。




 その町中を、サクラさんと私とつくもが、魔鳥車(まちょうしゃ)に乗って進んでいる。


 荷台には、双子の樹魔(じゅま)が次元箱から1メートルほど頭を出した姿で納まっている。枝はつぼみのように巻かれているので、移動には支障が出ていない。




 魔鳥車を引く賢魔鳥(けんまちょう)は、とても温和で賢いので、町中でも安心して牽引(けんいん)を任せられる。


 道幅もかなり広いので、通行人の邪魔にはならない。ただし、横断してくる歩行者には注意が必要だ。どこの世界でもこのことは共通しているらしい。




 今は、午前9時頃になる。この町の冒険者も案内人も、みんなが朝早く出発して目的地に向かっている。


 この時間に町をうろついている冒険者は少ない。今町を歩いているのは、だいたいが出先機関で働いている人たちだ。




「さすがにこの時間になると冒険者は町にいないね」


 私が御者台にいるサクラさんに話しかける。


「ええ、案内人もE級D級の配達人以外は、冒険者と一緒に森に向かっていますからいないですね」


 賢魔鳥が引く魔鳥車なので、サクラさんも安心して会話に参加できる。


「やあ、サクラさん。C級案内人になったんだってね。これからは、深層にもどんどん行けるようになるね。いい素材期待しているよ」


 素材を扱っているお店の店員が、店を開ける準備をしながら話しかけてくる。これで何件目だろうか。やはり、サクラさんはこの町では有名人だ。


「ありがとう。期待していてね」


 サクラさんは、大きく手を振りながら御者台の上から返事をする。


「おや、ねこちゃん。今日はお仕事なのかい。新しい味のスープを作ったから、また味見においでね」


 立ち食い屋台のお兄さんが御者台の上にいるつくもを見つけると話しかけてきた。


「……」


 つくも(猫)は、特に反応しない……ん、尻尾が左右に揺れている。猫がご機嫌な時の合図だ。




 つくも(猫)も人気者だ。なぜか、食べ物関係のお店からよく声が掛かる。


 どうも、つくも(猫)が食べるスープは美味しいという評判が広がっているらしい。どんなグルメなつくもなんだろう。


「あっカナデ教官じゃないですか。最近冒険者ギルドに顔を出さないですね。やっぱり、C級スター冒険者になると忙しいんですか」


 私がD級冒険者だったときに教官として育てた冒険者達もその立ち食い屋台で遅い朝食を取りながら言葉を掛けてくれる。


 私の名前もだんだんと広がっているようだ。ちょっと手をあげて合図をしておいた。




「サクラさん、これから行くところはどんな場所なんですか」


「樹魔車両の工場よ。ドワーフ族の親方がいるの。アルエパ公国では結構有名な鍛冶職人なのよ」


「アルエパ公国は、魔道具の開発で有名な国ですね。あと、錬金術の研究も盛んですよね」


「ええ、樹魔車両に使われている技術は、アルエパ公国で開発されたものが多いわ」


 ドワーフかあ、頑固そうな職人肌なんだろうな。おれ、軟弱そうだって追い出されないかな。心配だ。


 私が前の世界での本を読んで得た知識を元に妄想していると、


「大丈夫よ。ここの親方は見た目で判断しないから」


 サクラさんが心の中を読んだかのように励ましてくれた。やはりエスパーですか。




 ドワーフの親方がいる工場は、入り口の町の工場区にあった。


 そこは、ほぼ全ての家から、金槌で物を叩く音がして、煙突からは白い煙が上がっていた。


 ここは、鍛冶職人の工場町といってもいいような光景だった。




 サクラさんは、その工場の中でもかなり大きな作りの作業場の前で魔鳥車を止めた。そして、中に向かって大きな声で親方の名前を呼んだ。


「カルコスさーん。いますかぁー。サクラです。樹魔達もいますよー」


 その言葉がけは劇的な反応を生んだ。


 パリーン! ガラガラガラ!

 ドタドタドタ!


 工場の中から何やら割れたり崩れたりしたような音がして、誰かが全力で走ってくるような気配がした。


 そして、ガラッと大きな両開きのドアが開いた。そこには、イメージ通りの小柄で筋肉質な髭だらけの顔をした職人らしき人物が息を切らして立っていた。


「ハアハア、やっと来たか。いつまで待たせるつもりだ。全ての仕事を断ってずっと待ってたんだぞ」


 その職人は、どうやらずっと仕事をさぼっていたらしい。


「何言っているんですか。普通、樹魔探しだけで1ヶ月はかかるんですよ。それを思えば、今までの中で最速ですよ。最速!」


「ふん、まあーそういうことにしといてやるわい。で。後ろにいるのが例の双子の樹魔だな。どれ、そこの冒険者、樹魔を工場の中に案内しな」


 ほくほく顔の親方は、サクラさん言い分にすんなり同調し、私に向かって「早く運べ」と命令してきた。どうやら、お手伝いの冒険者か何かと思っているらしい。


「カルコスさん。カナデさんは、私のパートナーですよ。勝手に命令して使わないでください」


 工場に向かって歩きだしていた親方はふと立ち止まり、改めて私の姿をまじまじと上から下まで見た。


「なんだい、おまえがカナデだったのかい。思っていた感じとずいぶん違うな。それで、ギンギツネ号のドアを直したのはおまえで間違いないのかい」


「えーと、3層でのことかな。それだったら私だと思うけど、それが何か?」


「そうか、ちょとこっちへこいや」


 え、おれ何かしでかしたの。もしかして、職人の逆鱗に触れたの?


 ビクビクしながら親方の後をついて行くと、親方の工房に案内された。そこには、さまざまな素材がきれいに整理されて置かれていた。どうやら、こっちがこの人の本質らしい。


「この素材を叩いてみな」


 親方は、1枚の大きな凹みがある板状の物を渡してきた。


「えっと、どのぐらいの強さで叩けばいいんでしょうか」


 私が恐る恐る聞くと、


「好きに叩きな」


 腕組みをして、黙り込んだ。


 うーん、思いっきりはだめだ。こんな狭い部屋でやったら全てが吹っ飛んじゃう。まずは軽くだ。


 私は、指先でその板をピンと弾いてみた。


「ビワーン……」


 板が振動し始めた。だんだん広がっていく。やがて、手で持っていられないぐらい震え始めた……。


 まずい、このままこれを床に落としたらきっと、この振動がこの部屋伝わってしまう。


 そう思って、必死に板を抱え込んだ。


「そのまま押さえていな」


 親方はそう言うと、壁に掛けてあった金づちを手に持ち、私が押さえている板を思いっきり叩いた。


「ポーン……」


 板の振動が段々と収まり、やがて振動が止まった。


「やれやれ、軽く弾いてこれかい。おまえ、何者だ。S級魔物の生まれ変わりかなんかかい」


 親方は驚いたというよりかはあきれたという顔だ。


「魔力込めてもう一度だ」


 どうやらやり方が違ったらしい。でも、おれに魔力はない。あるのは神力だ。なら、こうか。


神装(しんそう)力第三権限貸与(たいよ)開放 身体強化発動)


 身体強化をすることでパンチに神力を込めることができる。


(ねこパンチ 超超弱め)


 指先に神経を集中して、チロッとなでるようにデコピンをした。


 板が薄く白く輝くと、クニャッと柔らかくなった。


 あ、これ、あの時のギンギツネ号と同じだ。


「そのまま、凹みを直してみな」


 ギンギツネ号の時と同じように、手で凹みを平に均していく。粘土を伸ばすような感覚だ。


「できました」


 親方は、渡された板をいろいろな角度から見て状態を確かめた。


「本物だな。いい腕だ。おまえ。俺の弟子になれ、いい鍛冶職人に育ててやる」


「……は?」


「――カルコスさん。カナデさんは私の大事なパートナーだって言いましたよね」


 いつの間にかやってきていたサクラさんが怖い顔で親方に詰め寄った。


「あいや、才能あるやつを見るとついな……」


 親方が髭の上にタラタラ脂汗を流して後ずさる。漫画みたいな現象ホントにあるんだ。


「だめです。カナデさんは絶対に渡しません」


 サクラさんが激おこである。でも、前の世界でもその言葉は言われたことがない。なんか嬉しい。




「親方ー。この樹魔どうするんすかー」


 本当の弟子らしき人が親方に声を掛ける。隣には、樹魔が2体立っていた。きっとサクラさんが次元箱から出したんだろう。


 樹魔を見た親方は、別のスイッチが入ったように顔つきが変わった。


「おお、これが双子の樹魔か。今までの樹魔より一回り大きいな。それに賢く強そうだ。うん、いい樹魔だ。サクラ、カナデ、見事だ」


「当たり前です。私とカナデさんが見つけに行ったんですよ。最高の仕事をしてくるのは当然です」


 ふふん、どうだーぁ、というものすごいどや顔で双子の樹魔の幹を撫でていた。




「よし、早速採寸を始めるぞ。おい、レウム、みんなをかき集めてこい」


 レウムと呼ばれた職人は、


「了解っす」


と言って、どこかに走って行った。


「カナデ、俺の弟子になれとは言わねえ、だが、おまえ達の専用車になる仕事だ、時間がある時でいいから手伝いにきな。サクラ、それなら文句ないだろう」


「仕方ないですね。確かに、親方の技術をカナデさんが覚えたら、旅先で何かあったときに助かります。分かりました。ただし、本当に手が空いている時だけですからね」


 サクラさんが腕組みをしながら念を押した。


「まあ、ギンギツネ号のドアをその場で道具も使わずにあれだけに仕上げられるんだ。俺の技術なんか必要ないかも知れねえがな」


 親方は、そう言ってにやりと笑った。




 カルコスさんの工場には、新たに3人のドワーフ職人と1人の人族職人が集まっていた。


 工場は、樹魔車両を組み上げるための機材が置かれている。素材は、隣の鍵が掛かる倉庫に厳重に保管されているらしい。


 かなり貴重な素材もあるので、念のためとのことだ。比較的治安が良いこの町でも、盗難騒ぎは時々あるのだ。


 工場の真ん中には、重量挙げのバールを置く台をかなり大きくしたような装置が2つ置かれている。樹魔をその台に横になるように置くためだ。


「さて、始めるぞ。サクラ、樹魔に伝えてくれ、横になるってな」


 カルコスさんがそう言うと、職人達は後ろに下がって盾のような物で体を隠した。どうやら、時々言うことを聞かない樹魔が暴れるので身を守るためらしい。




 サクラさんが1体の樹魔に触れてささやいた。


「大丈夫。安心して、横にするだけだから」


 すると、2体の樹魔が同じように根を使ってスリスリと動き出し自分で台の上に横になった。それを見ていた職人達が目を丸くした。


「おいおい、自分で台の上に乗ったぞ。こんなの初めてだ」


 一番年配かと思われるドワーフの職人がびっくりしてつぶやいた。


「ああ、たまげたな。賢いとは思っていたが、ここまでとはな……」


 カルコスさんもびっくりしている。


「おいらよりも賢いんじゃないすかね」


 弟子のレウムさんもびっくりしている。


「サクラとの意思疎通は問題ないようだな。助かるぜ。これで仕事がはかどる。サクラ、おまえはどのぐらい通えそうだ」


「しばらく仕事は入れてないから、2ヶ月ぐらいは大丈夫のはずよ」


「わかった。それだけあれば十分だ。7日後から車体作りを始める。他の者もいいな。この7日間で今受けている仕事を終わらせろ。そして、向こう3ヶ月は新しい仕事を受けるな。それから、この工場はこれから機密保持のために結界で封鎖する」


 どうやら、双子の樹魔を使った車体作りは前代未聞らしい。まだ、誰も成功させていない。作業工程が漏れることがないように厳重に管理されるようだ。




 カルコスさん達は、その後、3時間位時間を掛けて、いろいろな調整をした。


 樹魔の幹の円周を測り、どのぐらい伸縮できそうかの計算をする。この伸縮具合によって車体の大きさを決めるのだ。


 次に樹魔の根と枝の長さを測り本数を数える。この根や枝が車輪になるので、地面からの高さが決まる。


「親方ー、この樹魔今までの樹魔よりもかなり太いっすよ。換算表では計算できないっす。どうしますー」


「まじかー。仕方ねえな、明日素材研究所に行って計算してもらってこい」


「了解っす」


 ん、円周から直径出すだけだよね。円周率で計算できるよなー。


「すみません、円周率で計算できるんじゃないんですか」


「なんだ、その『エンシュウリツ』ってのは」


「幹の周りの長さを3.14で割るだけで直径でますよ」


「幹の周りの長さが102センチですよね。なら、102割る3.14で直径は約32.48センチです」 


 暗算で計算し、直径を出してみる。


ポカンとしている職人達。


「ほんとか、こっちの換算表のも計算してみろ」


 カルコス親方が換算表をみながら数字を読み上げる。


 それを暗算で計算し答えを出していく。すべて正解だ。


「まじかー。おまえ何者だ」


「カナデさんは(ゴールド)スター冒険者ですよ。あの難しい試験を歴代最高記録で合格したんです。これぐらい当然です」


 サクラさんが腰に手を当てて「ふん」と言って胸を張る。


「なら、こいつが細くなった時の長さも計算できるっすか」


 レウムが聞いてくる。


 細くなった時とは、例えば、直径3センチ長さが10センチの円柱の粘土を紐状に伸ばしていった時、直径5ミリの時の紐の長さのことだ。


「うーん、樹魔ですからね。円柱として考えるならできますけど、樹魔ですからねーどうなんでしょう」


 そう、この世界は魔法がある。つまり、物理法則など無視した現象が普通に起きている。前の世界の知識などあまり役立たないのだ。そして、樹魔は触手を伸ばして歩くのだ。果たして体積で考えてもいいのかどうかも判断できない。


 それでもと、レウムが渡してきた換算表を計算してみる。


「なるほど、体積が一定であるという条件で計算してありますね。なら、できますよ。元の状態と伸ばした後の状態の体積を等式で結んで計算するんです。そうすれば長さが出ます」


 計算式を書いて渡すと、レウムが実際に計算をしはじめた。


「直径32.5センチ長さが3メートルの円柱で計算したっす。樹魔の幹を円柱と考えて伸ばした後も体積は変わらないっす。なら、直径15センチまで伸ばすと14.08メートルっす。どうっすか」


「うん、正解です。でも、すごいですね、この計算が直ぐにできるんですね」


 照れるレウム。うれしそうだ。


 でも、この世界の住人はどこか変だ。計算力が異常に高い。電卓無しで3桁のかけ算をお店の店員がみんなできるのだ。これは、魔法を使う能力と何か関係がありそうだ。


 最後に、今までにない作業になるのが幹の真ん中部分を変形して伸ばせるかだ。


 これができるかどうかで縦幅の伸縮が決まる。もしできないときは、従来の樹魔車両と同じように魔道具で代用することになる。


 ただ、これは、樹魔の調教をする専門の職人に全てを委ねることになる。




 この工場で今できることは全て終わった。時間は丁度12時だ。


 職人達は自分の工場にあたふたと戻って行った。後7日間で、今受けている仕事を終わらせなくてはならない。


 カルコスさんも、何か用事があるらしく、そそくさと出て行ってしまった。


 弟子のレウムさんにどこに行ったのか聞くと、3ヶ月分の酒を飲みに行ったらしい。ドワーフの酒好きは、どこの世界でも共通なのだろうか。


 私達も、いったん町に戻ってお昼を食べてから次の場所に向かうことにした。


 双子の樹魔は、ここでの調整が一通り終わったので次元箱の中に戻っている。





次話は明日7時10分投稿

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