018 ギルド長とギルド所長の内緒話★
冒険者ギルドの所長室には、案内人ギルドのギルド長であるカルミアと冒険者ギルド大樹の森事業所の所長であるラウネンの2人がテーブルを挟んで座っていた。
ラウネンは、来客用のふかふかしたソファーに大きな体を深く沈めている。顔は天井を向き目をつぶっていた。
テーブルには、紅茶が入ったカップが湯気を上げている。その側には、今まで読んでいた紙を放り出したかのように、数枚の紙が乱雑に散らばっていた。
ラウネンは顔だけテーブルに向けて、その紙をチラッと見てから切り出した。
「カナデの報告書だ、読んでみな」
また目をつぶって顔を天井に向けた。
カルミアは、放り出された数枚の紙を手で集め、トントンとテーブルの上で整えてから静かに読み始めた。
カルミアが読んでいた時間は15分ほどだろう。いつもは冷静でめったに表情をくずすことがないカルミアだが、読んでいる間に、何回か目を見開き、手で頭を抱える場面が見られた。
一度全て読んでから、気になった部分があったのか、紙をめくってもう一度読み直してから、静かに報告書をテーブルに置いた。
「サクラからも、だいたいのことは聞いたんだがね……。サクラはこの世界樹の精霊とは直接話をしていないのだよ」
と、カルミアは考え込む。
「俺もな、昨日カナデのやつが冗談でも言っているんだろうと思ってな、報告書にして明日もってこいって怒鳴ったんだよ」
ラウネンは、ちょっとまずかったかなと言う表情でそう言うと体を起こしてから姿勢を正した。
「カルミア、ここに書かれていることは全て本当のことだと思うか」
「本当のことだろうね。カナデ君は冗談でこんな報告書は書かないよ。それにね、彼らは体験したことをどう伝えるかをちゃんと話し合っているんだ」
「まあ、俺だって嘘だとは思わんさ。ただね、全て本当だとも正直受け入れられないのさ」
「それにしても、この報告書は本当にカナデ君が一晩で書いたのかね。私の職員でこのレベルの報告書を書ける者はいないよ」
そう言って、カルミアはテーブルの上に置かれた報告書に視線を落とした。
「俺の所にだっていないな。というか、これが書けるのはエレウレーシスの優秀な役人ぐらいだろうぜ」
「カナデ君はやはり、探求者……なんだろうね。探求者は、探求者になった時から特別な思考力が与えられるらしいからね」
「まあ、そうだろうな。というか、だからいきなり現れたあいつにC級スター試験を受けさせたんだろ」
「私の直感だよ。この子ならイローニャに勝てるっていうね」
「ふん、直感通りってことか」
「ふふふ、期待以上だよ。安心してサクラを任せられるね。そして、君もだろ」
「ああ、俺も直感だよ。こいつは違う次元にいるってな」
「カナデ君を探求者として育てていく。これがこれからの私達の使命になりそうだね」
「まあな、ところで、読んでいる時に何か気になる部分があったみたいだが……おまえがあそこまで悩むのはめずらしいな。どうした」
「ああ、ちょっと気になる言葉がいくつかあってね」
「あー分かる分かる。あいつの国の言葉だろう。この前、試験官に『おもてなしとはどんな意味なんですか』って聞かれたんだが、俺だって知らない言葉だから説明できなかったよ」
「…………」
「ん、違うのか」
「いや、そうだな、そんな分からない言葉さ」
カルミアがそう言うと、ラウネンも満足したのか、ソファーから大きな体を起こし、少し身を乗り出した。
「さて、そんじゃー今日の本題だ。この報告書に書かれている内容の扱いだ」
「そうだね、まず1つ目が『木魔は魔素の塊であること』2つ目が『樹魔は世界樹の分離体だったこと』3つ目が『世界樹に意志があったこと』だね」
「ああ、1つ目は何となくみんなそうじゃねえかと思っていたからまあいいが、後の2つはちょっと言えねえなー」
「報告書によれば、『世界樹の意志』は自分を『世界樹の精霊』と呼ぶように指示しているね」
「ああ、このことを公開するかどうかはカナデに一任されているな。どうやら、この世界樹さんは、結構大雑把な性格なんじゃねえかな。はは、俺と気が合いそうだ」
「……否定はしないよ。で、その大雑把なラウネンさんはこのことを公開するのかい」
カルミアは、ちょと目を細めてラウネンを見た。
「しねえよ。全部しないだ。おまえはどうなんだ」
さっきまでちょっとおちゃらけていたが、すっと表情を引き締め静かにラウネンが言った。
「私も、今は全て公開しないだ」
「なるほど、今はだな……了解だ。俺も同じ意見だ。決定だな」
2人は顔を見合わせ、にやりと笑った。
「で、カルミア。おまえは、いつなら公開していいと思っているんだ」
「ふふふ、ラウネンよ、あなたも意地悪だね。誰が発表するかは、もう決まっているだろう」
ラウネンは、すっかり冷めてしまった紅茶を一口すすってから、
「確かにな、発表するやつは決まっている。ただ、問題は、どのタイミングで発表するかだ」
2人はここで、しばらく考え込んだ。カルミアは、冷めた紅茶を飲み干してから静かに話し始めた。
「やはり、カナデ君が探求者としての地位を確立してからだろうね」
「ああ、力のある有力者達の後ろ盾と世間が認める実績を作ってからだ。じゃないと簡単に取り込まれるか潰されて終わりだ」
ラウネンは、至極真面目な表情でそう言ってから、
「よし、このことは俺からカナデに話しておくよ」
と、話を終わりにしようとしたが、
「ああ、よろしく頼むよ。サクラには私から話しておこう」
というカルミアの言葉で、思いついたようにまた話し始めた。
「まあ、嬢ちゃんなら、もう気がついていると思うぜ。この話の危険性を……」
「全ての国の権力者がカナデ君を取り込もうと暗躍するだろうね。そして、特に過激な行動に出るのがストラミア帝国とナダルクシア神国だね」
「ストラミア帝国の出方はまあ、予想できるが、ナダルクシア神国の思惑が分からねえ。ただ、世界樹に意志があって、我々と会話ができることを知ったら……怖いな」
「ああ、このことは絶対に口外してはいけない」
2人はもう一度顔を見合わせてから、お互いに深くうなずいた。
「さて、カルミア。もう1つの議題の前に新しい紅茶を頼まねえか」
ラウネンは、カルミアの返事を待たずに、防音結界を張る魔道具の起動を止めた。
テーブルには新しい紅茶と紅茶が入ったポットが運ばれていた。カナデの報告書は、特別な仕掛けが施されている次元箱に入れられているので、テーブルの上にはすでにない。
ラウネンは、なんの前触れもしないでいきなり防音結界を張る魔道具を起動させた。
カルミアも、いつものことだと受け流す。ラウネンも、余計な会話は必要ないと直ぐに話し始めた。
「議題からちょっと離れるがいいか」
カルミアがうなずく。
「カナデだがな、サクラの嬢ちゃんは、大樹の森の深層から来たって言ってるんだよな」
「サクラが聞いた時は、10日は森の中をさまよっていたらしいからね。神獣様の力なら魔物と戦いながらとしても、10日もあれば8層から3層までは行かれるだろうね」
「なら、あいつの出身地は、『大樹の杜人』の里って事になるのか」
「それはないね。まあ、絶対ではないが、でも、もしそうなら、そう言うだろう。私になら隠すことでもない」
「だよな、ということはだぞ、多分だが、あいつらは俺たちが知らないどこかの国のダンジョンで何らかの転移魔法陣に巻き込まれたんじゃなかいと俺は思っている」
しばらく2人は黙ってお互いの顔を見た。
「だとしたらだ、あいつはこことは違う大陸から来たことになる。これはやっかいだぞ」
「ナダルクシア神国だね。『大陸移動説』が絡んでくるから、確かにやっかいだ」
「だから、あいつの本当の出身地は誰にも悟られてはいけねえわけだ」
カルミアは、ラウネンのその言葉に大きくうなずいた。
それから、少し声をすぼめて話し始めた。
「その事については、私に案があるよ。実は、8層の『大樹の杜人』達にお願いしようと思うんだ。『カナデ君がその村で育った』ことにしてほしいとね」
ラウネンが目を見開き立ち上がった。その拍子にテーブルに足をぶつけて上に乗っていたカップが転がった。
「なるほど、確かに、それが最善だ。誰もその事を調べられるやつはいない」
つい大きな声を出してしまったことに気がつき、頭をかきながら静かにソファーに沈んだ。
「で、伝はあるのか」
「ああ、『ルーサス』様に頼むことにした」
「ああ、フクロウの神獣様か。なるほど、確かにいい考えだ。この前の昇格試験でカナデは目立ったからな。きっと印象に残っているはずだ」
「実は、すでに面会の予約は取ってある。近々会えるはずだ」
「わかった、それなら納得だ。一番都合がいい。カルミアおまえに全て任せた」
「ありがとう。たぶん、断らないと思うよ。彼らにとっても、この問題は見過ごせないはずだからね」
「ああ、新しい『神獣』と『探求者』が誕生するかもしれないんだからな」
2人は何度目かの確認のうなずきをした。そして、ラウネンが突然宣言をした。
「俺もう限界。終わりにしようぜ」
そう言って、カルミアの返事を待たずに防音結界の起動を止めたのだった。
カルミアも、そんなラウネンの行動には慣れているのか、何も言わずに何か考え込んでいた。
(世界樹の精霊が言った『資格持ち』とは、もしかすると『エルフの選択』の事ではないだろうか……。うん、このことは、『トリコン』様に確認した方が良さそうだな。次に会うときに、一緒に来てもらわないといけないね)
こうして、今日の会議は終了となった。
次話は明日7時10分投稿




