016 洩れた神力
3時間ぐらいたっただろうか。時速だと10㎞位のスピードなので30キロメートル位進んだはずだ。ギンギツネ号は、明らかに生態が違う森の中に入った。
そこは、あれほどうっそうとしていた植物はなくなり、下草をきれいに刈った整備された植林のような場所だった。
「着きました。ここが6層にある『千年樹の森』です」
「ギンギツネ号、止まって」
ギンギツネ号は静かに動かなくなった。
今の時間は11時頃だろう。
「魔物を警戒したので、ここまで休みなしできましたが…………結局全く合わずに来ちゃいました。こんなこと初めてです」
サクラさんは御者台からピョンと飛び降り1歩2歩と進むと立ち止まり、不思議そうに辺りを見渡している。
「でもまあ、おかげで予定よりもかなり早く着きました。丁度いいので、ここでお昼にしましょう」
本来なら、魔物と戦闘しながら進むので、ここには夕方頃着けばいいかという計画だった。もちろん、お昼なんて食べている余裕はなかったはずなのだ。
「サクラさん、その事なんですが、原因がわかりました。どうやら、つくも(猫)の神力が洩れ出ていたみたいなんです」
「ねこちゃんの神力ですか。なるほど、それじゃあ魔物達も怯えちゃいますね」
サクラさんが「うんうん」とうなづいている。この反応は、イグニスといっしょだぞ。もしかして、同類なのか。
簡単なお昼を食べ、これからのことを外に出て相談する。
「その樹魔車両の車軸になる樹魔ってどうやって探すんですか」
「とりあえず、歩き回ります。すると、向こうからいろいろな反応をしてくるんです。例えば、枝で私たちの頭を叩こうとしたり、根を出して転ばそうとしたりするんです」
「いたずらしてくるんですね。でも、危ないですよね」
「はい、だからいたずらしてくるのにはお仕置きをします。まあ、こうやって蹴飛ばすんですけど」
サクラさんが蹴飛ばす真似をしながらテヘッと舌を出す。
「それで大人しくなるんですか」
「結構臆病なんです。だいたい静かになります」
「それに、後ろには大先輩のギンギツネ号が歩いていますから、『しまったー』ってなるんです」
サクラさんは、ギンギツネ号を見上げてからポンポンとやさしく触手をたたき、ブルブル震える真似をする。
「そうすると樹魔達がブルブル震え出すんです」
「ああ、大先輩のご主人様に手を出しちゃったー。どうしよう。って感じですね」
「はい、そんな感じです。でも、その中に、震えもしないでじっとこちらを観察している樹魔がいるんです。わたしが探しているのは、そんな落ち着いていて強い樹魔です」
かれこれ1時間近く森の中を歩き回っている。しかし、どうも様子が変なのだ。
「私の気のせいですか。みんなブルブル震えているように見えるんですが……」
「気のせいじゃないわ、わたしにも同じように見えているから……」
私たちが歩くと、いたずらをしてくるどころかみんな直立不動でブルブルと震え出すのだ。
(すまん、やはり俺様のせいだ)
つくも(猫)からすまなそうに念話がきた。
「どうやら樹魔達はつくも(猫)の力に怯えているみたいです」
隣で「うーん」と眉間にしわを寄せて悩んでいるサクラさんに話しかける。
「そうなんですか。困りましたね。ねこちゃん、その力もう少し弱められる」
「すまん、サクラ。これでもかなり押さえているんだよ」
つくも(猫)がテトテト走りながら申し訳なさそうに、しっぽを垂らした。
結局、その日は震えていない木を見つける事はできなかった。『千年樹の森』もかなり広いので、明日はもう少し奥まで行ってみることにした。
(つくも(猫)が制御できないなんてめずらしいね)
(昨日食べた何かが原因だな。猫の体なので、負荷がかかったようだ。なに、状態異常は直ぐに無効化できる。明日にはいつも通りだ)
(わかった。なら、安心だね。つくも(猫)本来、猫は食べたらいけない物が多いんだよ。気をつけてよ。それから、ちょっと太り過ぎだから、帰ったらダイエットだからね)
(……)
千年樹の森で夜を迎える事になった。もともと、そのつもりではいたのでまあ、予定通りと言えば予定通りだ。
今夜からの野営は、私が準備をすることにした。サクラさんとしては、自分がしてもいいという思いでいたようだが、ここは、パートナーとして頑張る姿を見せるところだろう。
「さて、野営と言っても前の世界みたいにテントを張ったりコンロで料理をしたりというキャンプとは違うんだよな」
基礎研究を趣味、おっと違った仕事としていたので、野営は得意なのだ。何日も山の中で過ごすということもちょくちょくあった。たた、その時は、体を動かすエネルギーを補給すればいいやといういいかげんな食事だった。
「仲間がいる野営は、もしかすると大学のゼミ依頼かもしれないな。さて、どうしたもんか」
とりあえず、昨日のサクラさんがやったことを真似してみるか。
「……」
「うーん、なんと、外での仕事がないぞ」
トイレもさすがに6層入り口となると常設はできない。そうなると、本当に外ではやることがない。
「よく考えたら、ギンギツネ号ってよくできたキャンピングカーだよな」
今回は2人なので通常の大きさだが、人数が増えると宿泊型に変形することができる。今の車体の倍ぐらいになるようだ。
道路を車輪で走る。山の中を触手で進む。魔物が出たら戦闘型になって戦える。極めつけが風の道だ、高速道路並の速度で移動ができる。樹魔車両ってとんでもない高性能の乗り物だぞ。
サクラさん専用車両か、樹魔車両の制作を始めから見ることができるんだ。なんかワクワクしてきたぞ。
「サクラさん、すみません。外ではやることがないです」
「そうなんですよ。それに、野営は案内人の仕事になるんです。スター冒険者は、依頼人の要望を叶えるために動くことになるんです」
「なるほど、確かにその方が適材適所ですね。わかりました。それに、いい機会なので、これからの役割分担をここで確認しちゃいましょう」
「はい、では夕食のお弁当食べちゃいましょう」
食事の後、紅茶を飲みながら少しまったりとする。まあ、ここが千年樹の森なので魔物がいないことと、つくも(猫)の神装結界があるからできるのだが。
「そう言えばカナデさん。あの時どうして水の木戸に居たんですか」
うっ、それを聞きますかサクラさん。
「実は、森に基礎研究をしに行こうとしていたんです」
「……基礎研究ってなんですか」
「簡単に言うと、これまで知られていなかったことを発見することですよ」
「知られていなかったことですか……たとえばどんなことですか」
「そうですね。たとえば、世界樹の葉が色によって効能が違うことは、誰かが調べて発見しないと分からないことなんです。同じように、この森には、まだ知られていない効果を持つ植物や動物がたくさんいるはずなんです。私は、それを調べたいんですよ」
「すごいです。基礎研究って、すこくすごく大事な事です」
サクラさんの目がキラキラしている。これは何かを思いついた目だ。
「その基礎研究をするためには、この森では樹魔車両が必要になります。任せてください。わたしが、どこへでも最速で連れて行きます」
サクラさんが、ソワソワと体を動かし始めた。
「そうなると、やはりわたし専用の樹魔車両が必要になります。兄様達、とてもいいタイミングでした。後で褒めてあげましょう。さて、やはり、明日は頑張って強くて賢い樹魔を見つけないといけませんね」
サクラさんは、つくも(猫)をむんずと抱き上げて抱えると、ソファーで「寝ます」と言って直ぐに寝息を立ててしまった。
これからのことは、まあ、またでいいか。
寝息を立てているサクラさんに上掛けを掛けて、起こさないようにと魔道ランプの明かりを消した。
次の日は、日の出と共に行動を開始した。千年樹の森は大樹の森、5層の北側入り口近くにあるが、森自体は6層に向かって広がっている。
「わたしも、6層の千年樹の森には行ったことがないんです。何があるか分からないから、慎重に向かいましょう」
サクラさんは、そう言って顔を引き締める。ペンテは、ギンギツネ号の荷台で丸くなっている。1人で歩かせるのは危険だからと判断したからだ。
「もうそろそろ、6層に入るはずよ」
大樹の森の魔素は、10層に近づくほど濃くなる。
魔素が濃いと魔物も強くなるので、もしかするとつくも(猫)の力に怯えない樹魔がいるかも知れない。
もしいれば、サクラさんが探している『強い樹魔』と出会えるかもしれないのだ。
6層に入ると、確かに魔素が濃くなっている感じがする。
樹魔達も、何となくだが一回り大きい気がする。そして、ブルブル震えている樹魔の方が少なくなってきた。
いい感じだ。
さらに奥に進むと、震える樹魔はいなくなった。
「みんな震えてはいないね……」
「そうね、でも、みんな同じだから、どの子が強い子かも分からないわ……」
そう、みんな、直立不動のまま、びくともしない。まるで木みたいだ。っていうか、たぶん木なんだけど。
これではらちが明かない。
「なあ、つくも(猫)。なんか手っ取り早く探す方法ないの」
横をテトテト走っているので聞いてみた。
ちなみに、あれだけ丸かった体がいつもの体のサイズに戻っていた。
「俺様の力を薄く拡散してみるか」
何となく、この事態になっていることを申し訳なく思っているのか、いつもよりも積極的だ。
「サクラさん、つくも(猫)が力使ってもいいかって言ってるけどどうしますか」
少し前を歩いているサクラさんに話しかけると、くるりと振り返って、
「仕方ないですね。このままじゃみんなただの木ですものね」
と、あきらめたように周りを見回した。
「つくも(猫)、やっちゃえ。おまえの力を解放するんだ」
私は、ちょっと、場を和ませようかと芝居がかって言ってみた。
つくも(猫)は両足を畳んだまま立ち上がり、招き猫のように右手をうにゃと動かし、一声
「ニャッ」
と鳴いた。すると、その鳴き声がつくも(猫)を真ん中にして水紋が広がるように森の中に空気を震わしながら広がっていった。
その時、時が止まった。
次話は明日7時10分投稿




