015 ギンギツネ号
千年樹の森には私とサクラさんで行くことになった。
なぜそうなったかというと、その千年樹の森には魔物が全く出ないので危険が少ないことと、その森に生息している樹魔は、人数が多いと警戒してしまうからだ。
さらに、つくも(猫)がついて行けば安心だからと言うことだ。確かに『神獣様』ではあるのだが……。
「なあ、つくも(猫)おまえ、かなり丸くなっていないか」
私は、猫ではなくタヌキのようになった相棒を見つめた。
「そうなんです。どうやら、どこかですごいごちそうを貰っているみたいなんです」
サクラさんが風の道の中でギンギツネ号を操りながら心配そうにしている。
猫の食事には、食べてはいけない物が結構ある。ネギ類はもちろん果物やお菓子にも食べさせてはいけない物が多い。
なので、サクラさんの家では、食べ物に気をつかってくれている。だから、よく知らない人が変な物を食べてさせてしまわないか心配なのだ。
といっても、つくも(猫)は神装力第三権限の力を持っているので、たぶん毒も効かない体だ。基本何でも食べられるのだろう。でも、心配してくれる事がありがたい。
よし、この依頼が終わったらダイエットをしてもらおう。
「サクラさんの今日の服は、森での活動用ですか」
サクラさんは、C級案内人になったので、もう配達用の制服は着ないようだ。似合っていたので残念だ。
「ええ、これからは森の中での活動が増えると思うんです。どんな服がいいか、今迷っているんです」
これ以上の会話は、サクラさんの集中力に支障が出そうなので遠慮することにした。
つくも(猫)の丸くなったお腹をさすりながら、すごい速さで流れていく景色を楽しむ。
サクラさんは、4層に入る手前で風の道を解除した。
「ここからは、樹木が多くなりますので『ペンテ』の出番です」
「ペンテお願いね」
ペンテは分かったと言うようにうなずくと、テトテトテトと走り出した。
走る姿は駝鳥そっくりだ。ただ、賢の字がついているだけあって本当に賢い。なので、いろいろな場面で活躍している魔鳥だ。
ギンギツネ号の周りに何か膜のような物が張られたのを感じた、
(つくも(猫)、何かしたの)
(ふん、一応神装結界を張って置いたぞ。ビオラからサクラのことを頼まれたからな)
つくも(猫)が、しっぽを座席にパンパンと叩きつけている。
「あら、ねこちゃんご機嫌斜めみたいね。どうしたのかしら」
ねこは、機嫌が悪いときはイカ耳になったりしっぽを床に叩きつけたりする。
「ニャー」
猫は違うぞと言うように鳴いてサクラの足に頭をこすりつけていた。
そんなつくも(猫)を生暖かい目で見る。
「今日はどこで野営をする予定なんですか」
「そうですね。ここまでかなり順調に進みましたので、予定よりも少し奥での野営になると思います。ふわー」
「眠そうですね。確か賢魔鳥は行き先を覚えているですよね。なら、少しなら任せても大丈夫なんじゃないですか」
「はい、大丈夫です。少し休ませて貰いますね」
サクラさんは後部座席でスースーと眠ってしまった。
私は、次元箱から、上掛けを取りだし寝ているサクラさんにそっと掛けてあげた。そして、サクラさんが座っていた御者台に座り周りを確認することにした。
つくも(猫)の張った結界は神装力第三権限の結界だ。この世界では最強の結界なので、4層レベルの魔物ではびくともしないだろう。
シーンとした森の中を、銀色に輝くギンギツネ号が走る音だけが響いていた。
急に明るくなった。樹木がない開けた場所に出た。そこで、ペンテが引くギンギツネ号が止まった。
「ああ、着きましたね。ここが今日の野営場所です」
いつの間にか起きていたらしいサクラさんが御者台に来ると、周りを確認してから、
「それじゃ、野営の準備をしちゃいましょう」
と、ギンギツネ号からぴょんと飛び降りた。
まず、ここまでギンギツネ号を引いてくれたペンテへのねぎらいをする。
牽引棒から解き放ち自由にする。そして、次元箱に入っている食事と水を桶の中に入れて食べられるようにする。
ペンテはくちばしを使って落ち着いて食べ始めた。この落ち着きがこの森では大切だ。
次に野営の準備だ。野営と言っても、ここは大樹の森の4層なので、外にテントを張ったりはしない。寝るのはギンギツネ号の中になる。
食事も、次元箱に魔法で凍らせた物が入っているので、それを魔法で解凍するだけだ。
ただ、私もサクラさんも魔法が使えないので、魔道具で解凍する。前の世界で使っていた電子レンジみたいなものだ。チーンとは鳴らないが。
後は、外にトイレを設置して、魔物除けの魔道具を四隅に置くだけだ。
今日の私の課題は、サクラさんが手際よく作業を進めていくのを見て覚えることだ。これからは私の仕事になるだろう。
食事は、仕出し弁当だ。案内人ギルドで買うことができる。この食事事情も、段々と改善していけたらと考えている。
魔道ポットでお湯を沸かし紅茶を入れる。これらの魔道具は、マイアコス王国製の物が多い。マイアコス王国は魔道具の技術が優れている。いつか行ってみたい国だ。
「サクラさん、明日には千年樹の森に着くんですよね」
「はい、今日かなり進むことができたので、入り口にはいけると思います」
「ギンギツネ号は歩行型になるんですよね。初めて見るので楽しみです」
「ふふふ、明日のお楽しみですね。では、明日は日の出と共に出発しますので、今日は早く休みましょう。では、夜番の順番決めましょうか」
本当は、つくも(猫)の張った結界があれば何の心配もいらないが、これも今後の練習だ。
順番は、初めにサクラさんがつくも(猫)とやり、その後私が朝まで番をすることにした。サクラさんは次の日に御者台で運転することになるからだ。
日の出と共に、私たちは出発した。車輪で進めるのもあと少しらしい。その後は、ギンギツネ号は歩行型になる。
2時間ほど進むと、5層が近づいてきた。4層と5層の間に明確な境はないが、生息する木の種類や魔素の濃さが段々と変わってくる。
ここからは脅威度C級やB級の魔物が出てくるので注意が必要だ。
千年樹の森の中に入ってしまえばもう魔物は出ない。不思議だがそうらしい。そこまでは気が抜けない。
「ここからは、ギンギツネ号を歩行型にします。乗ったままでも大丈夫なんですが、変形の様子がみたければ、外に出ることになりますけどどうしますか」
「外で見ます」
と、即答し扉を開けて飛び降りた。つくも(猫)もついてきた。どうやら見たいらしい。
「ギンギツネ号、歩行型になって」
サクラさんがギンギツネ号に向かってやさしく語りかける。
左右後ろ車軸の車輪部分がそれぞれ6本の棒状に分かれ、その中の4本が突き刺さるように地面に接し車両を押し上げる。それと同時に、車両の大きさも小さく変形し、前の車輪は本体の中に収納された。
まるで、ロボットが出てくるアニメを見ているようだった。
ギンギツネ号の中は2人乗りで丁度よい大きさになっていた。
「こんな感じなんですがどうでしたか」
「かっこいいです。ギンギツネ号最高です」
「ギンギツネ号歩いて」
4本の触手が生き物のようにしなやかに動き出した。これが、樹魔の特長になる。樹魔は動くことができるのだ。これは木魔ではできない。
ギンギツネ号は地上からは1メートルほど浮いて進んでいるので、周りから見たら草の上をすべっているように見えるだろう。
一歩進む度に、外壁を覆った銀色のうろこが擦れ合うが、摩擦音がすることはない。職人技もあるだろうが、この素材自体が軽くて丈夫なのだろう。
ペンテは、歩行型になったギンギツネ号の後ろをついてくる。首には結界の魔道具が掛かっている。不意に襲われても1回は全身を守ってくれる。その時間があれば自分で逃げられるからだ。
「おかしいわ」
サクラさんが、御者台の上から辺りをキョロキョロ見ながらつぶやく。
「今日は魔物にまだ1度も合っていないわ」
ここは、5層である。脅威度C級の魔物がちらほらと出てくる場所だ。しかも、ギンギツネ号は目立つので、好奇心からちょっかいを出してくる魔物もいるはずなのだ。
(つくも(猫)何かしてるの)
(ん、何もしてないぞ。結界も張っていないぞ)
後ろで丸くなっているつくも(猫)に念話で確認をしてみたが、特になにもしていないようだ。
魔物は相変わらす、姿も見せない。
「来ます」
神装力第三権限貸与の身体強化を感覚にかけておいた。それが反応した。
大きな魔物が一直線にこちらに向かって駆けてくる。猪型魔物『まっすぐ』だ。体長が3メートルはある大型だ。
「サクラさん、まっすぐです。どうします。私が排除しますか」
「いつもならギンギツネ号で排除できるけど、あのまっすぐちょっと変ね」
その魔物は、目が真っ赤で、角が額に生えている……狂乱状態だ。
「狂乱状態です。私が排除します」
動こうとしたその時だった。
「水の玉」
まっすぐの側面から直径30センチぐらいの中型の水の玉が飛んできて、頭部に直撃した。まっすぐの走る勢いが弱まる。小走りになりながら頭をブルブルと振って水を振り払う。
「身体強化 剛力」
体中の筋肉が盛り上がった、がっしりした体の男の冒険者が飛び出してきて、まっすぐの牙をつかむ。
「ふん」
その男は、牙をつかんだまま『まっすぐ』を首投げで横倒しにし、そのまま押さえ込む。
……10秒……まっすぐの動きが止まった。
「これで活動停止だ」
その男はそう言って、まっすぐの頭にそっと手を乗せた。
まっすぐの生命活動が全て止まった。
みごとな活動停止だった。きっと、高ランクの冒険者だ。
「マーレ、ありがとな。見事な牽制だったぞ」
「イグニスこそ、みごとな活動停止よ」
なんと、B級冒険者『風の森』パーティーの人たちだった。
「ん、なんだ、ギンギツネ号じゃないか。ということは、やっぱりカナデとサクラの嬢ちゃんか」
イグニスがニカッと笑った。
「でだ、こんな深い層で何やってるの」
おまえらC級だろが。と言う感じでイグニスが聞いてきた。
「千年樹の森に用事がありまして……」
私がつい言葉を濁して言うと、
「樹魔車両の『車軸』を見つけに行くんです」
サクラさんがすかさず本当のことを言ってくれた。
「2人でかい。護衛はいないのか」
「はい、カナデさんがいますし、ギンギツネ号ですから5層の魔物なら相手になりませんので……2人だけです。はい……」
サクラさんもC級2人には無理があったかと思い至ったようだ。
「なるほど、確かにそうだな。カナデがいるもんな。それに、ギンギツネ号だものな。うん、心配ないな」
イグニスが「うんうん」とうなづいている。単純なやつめ、でも、こういう人間は嫌いではない。
「だがよ、今日の森はちょっと変なんだよ。魔物がみんな怯えていて、気が弱いやつは狂乱状態になっちまう」
「そうなのよ。さっきのまっすぐも、いきなり狂乱状態になって駆けだしていくから追いかけていたのよ」
マーレさんが首をかしげる。
「もしかしたら、すげー強い魔物が近づいているかもしれないぞ。どうする、引き返すか」
「うーん」
私が悩んでいると、
(引き返さなくていいぞ。原因がわかった。俺様の神力が洩れていた)
つくも(猫)から念話が届いた。
「イグニスさん。アドバイスありがとうございます。でも、何とかなりそうなので、このまま千年樹の森に行きます」
私が自信ありげにそう言うと、
「そうか、おまえがそう言うなら心配はしねえぞ。マーレ行くぞ」
そう言って、イグニスは颯爽と立ち去った。うん、かっこいいぞ。
「すまん、カナデ。こいつ収納できる箱あるか」
へこへこ頭を下げて、イグニスが戻ってきた。
まあ、助けてはもらったので、大型の次元箱を貸してやった。まっすぐを持ち帰るためだ。
他のパーティーメンバーが樹魔車両といっしょにすぐ来るということなので、そのまま2人を置き去りにして、ギンギツネ号は颯爽と立ち去った。
次話は明日7時10分投稿




