010 手強い問題
いよいよ、昇格試験の日がやってきた。私は冒険者ギルド、サクラさんは案内人ギルドが会場だ。
朝食は、いつも案内人ギルドの食堂で食べている。冒険者ギルドに併設された場所は、朝でも食事と言うよりお酒を飲みながら楽しく食べる場所になっている。当然、騒がしい。
案内人ギルドの食堂は、早朝から配達に向かうE級D級の案内人も食事をする場所なので、いつも静かだ。
それに、メニューも豊富で美味しい。名誉貴族であるサクラさん家族もみんなと同じ料理を同じ場所で食べている。
ただ、こんな風景は、この入り口の町だけだそうだ。他の国に行くと、貴族と平民は身分でしっかりと分けられている。
ここが普通と思っていると大変な目に合うようだ。ラウネンさんの夜の講義でも注意するように言われている。
「ど、どうしましょう。私、すごく緊張してきました」
桜色の万年筆を右手で握りしめ、左手で猫のしっぽを握りながら、サクラさんがオロオロしている。
この町に、小学校や中学校のような普通学校はない。いろいろな価値観をもった国の人が集まっているので、同じ教育をすることが難しいからだ。養成学校でも試験はあるだろうが、高校入試のような受験は、サクラさんにとっては初めてなのだろう。緊張するのも無理はない。
「カナデさんは、ずいぶん落ち着いていますね。このような試験の経験があるのですか」
ビオラ様が尋ねてきた。
「私が育った場所には学校がありましたので試験は常について回りました。だから、あまり緊張はしないですね」
「何か、緊張を解くいい方法はありませんか……」
サクラさんが泣きそうな顔で懇願してきた。
うーんとしばらく考えてから、
「手のひらに『試験』と書いて、それを飲み込む真似をするのはどうでしょう。緊張した人が『人』と書いてそれをやっていました」
「わかりました、やってみます」
あまり効果はないようだ。おれは試験で困ったことないからな。どうしたらいいのか分からないぞ……。
まだ、アワアワしているサクラさんの顔を猫が「ニャッ」と鳴いてペロペロと舐めだした。すると、効果は絶大だった。サクラさんの緊張がすっと治まったのだ。ナイスだつくも(猫)。
「ねこちゃんお手柄よ」
ビオラ様からも褒められて、つくも(猫)もゴロゴロと満足そうだった。
朝食を食べ終わり、いよいよ私は試験会場に向かったのだ。歩いて5分だけど……。
冒険者ギルドの裏側には、野外訓練場がある。新人冒険者がここで研修を受けている。
その敷地内に室内運動場のような設備もある。ここは、結界が張れるようになっていて、魔物との戦闘シミュレーションの様なことができる。
試験は、その室内運動場がある建物で行われる。
ホールには、50人ぐらいの冒険者が集まっていた。同じD級なので、知っている顔もちらほらいた。しかし、知らない顔の方が多かった。
ラウネンさんから聞いた情報では、他国から試験を受けに来る人も多いらしい。特にスター冒険者の試験は、ここでしか実施されていない。
スター冒険者の試験を受ける受験者だけ、別室に案内された。50人の内10人位がスター冒険者の試験を受けるようだ。全員、知らない顔だった。
C級昇格試験は年1回行われるが、スター冒険者昇格試験は3年に1回しか行われない。そして、毎回1人か2人しか合格しない。1人も合格しない回もめずらしくない。
試験官は、『エレウレーシス連合王国』『カロスト王国』『アルエパ公国』から1人ずつ選出される。
試験問題もその年の試験官が探求者と相談して作っている。採点の時も厳重な監視があり、一切の不正はできない仕組みになっている。
「それでは、これからC級スター冒険者昇格試験を始めます。試験は、我々3名が担当します」
「試験は、午前に筆記試験、午後に実技試験を行います。どちらも身体強化の試験を兼ねています。他に、これまでの実績審査があります。筆記試験は、基礎問題が500問、応用問題が10問です。途中の休憩はありません。トイレに行く場合は、私たちとは別の監視員が付き添うことになりますので、ご了承ください」
「午後の実技試験は、模擬戦闘になります。また、これまでの実績についてはすでに各国の関係機関から資料をいただいていますので、書類審査になります」
「質問はございますか……なければ始めたいと思います。ああ、大事な説明を忘れていました。この試験の様子は、特別な方法で監視されています。不正があった場合はその場で失格になりますので、気をつけてください。では、やめと言うまで、問題を解いてください」
問題用紙が配られ試験が始まった。全て記述式で穴埋めはない。終わりの時間も教えられていない。
そもそも、時計が会場にない。なので時間配分がわからない。とにかく、どんどん解いていくしかなさそうだ。
基礎問題500問。問題を確認する時間を入れると1問15秒はかかるだろう。つまり、2時間近くかかる計算だ。
応用問題もある。時間がない。ラウネンさんから聞いた過去問の傾向から、この記述試験は、実は集中力と持久力と冷静な判断力が試されている……と、私は推測した。
そして、ラウネンさんには、
「そこまでしなくてもいいんじゃね」
と、あきれられたが、この日のために特別丈夫な万年筆を用意したのだ。
全身に神装力第三権限貸与の身体強化をかけて、2時間休みなく万年筆を動かしても体がぶれないようにする。
これで、安定した腕と手先の動きができるはずだ。
さあ、準備は万端だ。やはり、問題事態は簡単だ。真面目に勉強をしていれば答えられるものばかりだ。
私はリズムよく淡々と答えを書きこんでいった。
1時間ぐらいたっただろう。300問をこえたあたりから問題の質が変わってきた。
警戒はしていた、しかし、予想以上だった。異世界の試験を舐めていたかもしれない。私は生まれて初めて、試験で焦りを感じていた。
なんだこの問題は、「問25と問250の答えと同じ種類の素材は何か」だと、問に番号なんてふってないぞ、どうやって調べるんだ。もしかして数えるのか。
いや、ちがう、問題の間が5つずつ規則正しく空いている。それで見当をつけろと言うことだ。
ん、「全問題の答えの中で、一番解毒効果が高い薬草は何か」だと、まだ、50問ぐらい残っているぞ。この問題は一番後だ。
最初の300問が解けていなければ答えられないような問題が至る所に用意されていた。この問題を作った人の優秀さがよく分かる設問だった。
そして、一番最後の問題は、全部の問題の中で1つだけ仲間はずれがあるというなぞなぞみたいな問題だった。すごい意地悪問題だ。なぜなら、この問題こそが仲間はずれだからだ。まあ、日本の柔軟な思考ができる小学生なら簡単に解けるけどね。
2時間きっかり、なんとか全ての問題を解答できた。
手応えとしては、たぶん満点だろう。
誤字も二重線を引いて訂正しといてあげた。5つあった。
もしかしたら、これも採点される点数に入っているかもしれない。どうやらこの試験はいたるところに仕掛けがありそうだ。
次に応用問題に取りかかる。
基礎問題に2時間、応用問題に1時間の時間配分が設定されていたとしたら、後1時間、1問あたり6分だ。
応用問題も苦戦した。設問をさらっと読んだだけでは、肝心な部分を答えないままの表面的な回答になってしまう。
例えばだ、次のような設問があった。
【問題3】
パートナーであるC級案内人が、ある商人から、次のような依頼を受けた場合、C級スター冒険者にはどのような支援ができますか。考えられる事を全て答えなさい。なお、出発は3日後である。
①1層で、脅威度D判定の魔物の魔石を 50個確保したい。
はっきり言って、この問題の答えに模範解答はない。
商人と言っても、大商人と小規模商人では、案内人の対応に差が出る。
また、D判定のどの魔物なのかが指定されていないので何を準備したらいいかが判断できない。
50個という数も曖昧だ。
兎型魔物『まちぼうけ』みたいなタイプの魔物だとしたら、並のC級冒険者なら、確保に5日はかかるはずだ。そうなると、野営の準備が必要だ。
つまり、この問題は、答えをいくらでも書ける。しかし、そんなことをしていたら他の問題に取りかかれない。だから、私はこう答えた。
【解答】
この依頼内容には、事前に確認しなければいけない事柄が多数あるので、もう一度案内人ギルド職員を交えて依頼主と交渉しましょう。
これが正解かは解らないが、この場面なら、私なら確実にこうアドバイスをするだろう。
私の予想は、30分ほど外れた。設定された時間は。3時間30分だった。だが、おかげで応用問題も全て私なりの考えを書くことができた。
最後の設問は、『あなたが大事にしている心情はなんですか』だった。
これはいわゆるサービス問題だ。何を書いても正解だ。案内人が心懸けることはこれにつきるのではないだろうか。
『おもてなしの心』だ、これで完璧のはずだ。
筆記試験は終了した。用紙は全部で30枚ある。全てに受験番号と氏名が書いてあることを確認して、用意されていた袋に入れて提出した。
ちなみに、私の受験番号は9番だ。
さて、お昼ご飯はあそこかな。たぶんいるよな、あのメンバー。まあいいか。
次話は明日7時10分投稿




