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Episode.7 パラレル

後書きで人物紹介を入れてます。

【日時】西暦2019年7月10日(火)

    X DAYまであと1日


 その朝、地球は音もなく揺れ始めた。


 アジア、ヨーロッパ、南米、そして極地。

 地層プレートが静かに擦れ、震度3前後の地震が連鎖した。

 被害は軽微。だが、不安は静かに世界を侵食していった。


「これは、終末の前兆だ」


 そんな声が、まるで予言のようにネットに流れ、社会を染めていった。


 目に見えない崩壊が、すでに始まっていた。



 ────────────



【時刻】9時00分

【場所】都内某大学病院 最上階個室



 白く閉ざされた部屋の窓際で、少年が遠くを見下ろしていた。

 熱を帯びた空気がぼやけ、都市の輪郭がわずかに揺れている。


 扉が静かに開く音がした。


「こら、また立ち歩いて……」


 低い声が部屋に満ちる。入ってきたのは、黒のスーツを着た男──彰人だった。


「先生……もう来ないって、聞いたけど」


 振り返ることなく、少年はその言葉を投げた。

 その背中に、確かに宿る不安と怒りを、彰人は見逃さなかった。


「ああ……もう聞いたか」

「見捨てられたのかと思ったよ」

「そうじゃないさ」

「なら、なんでだよ!」


 感情がこみ上げるのと同時に、少年は激しく咳き込んだ。

 彰人はすぐに駆け寄り、肩に手を添えながら、その身体をベッドに戻す。


「まずは横になるんだ……話は、それからだ」

「……」


 少年は、素直に従った。


「確かに私は“抜けた”。だが──君を見捨てるためじゃない」

「それって……どういうこと?」


 問いに、彰人はわずかに口角を上げて、静かに微笑んだ。


 それは、別れでもなく、再会でもない。

 ただ、これから始まる“変化”を告げる者の顔だった。



 ────────────



【時刻】12時30分

【場所】埼玉県 神社境内


 静寂に包まれた境内(けいだい)を、みさとが一人歩いていく。

 鳥居(とりい)(くぐ)り、本殿(ほんでん)へと足を向けるその足音に、(ふすま)が音を立てて開いた。


「来たか」


 神職(しんしょく)装束(しょうぞく)をまとった男──義則(よしのり)が姿を現す。


「お久しぶりです、兄さん」


 深く一礼するみさとに、義則は静かに(うなず)いた。


「お前が来たということは……以前の話と、今朝の地震が繋がっている、ということか」

「アキくんは、そう言っています」

「……もう来てしまうのか」

「ええ」


 短い沈黙が、蝉の声にかき消される。

 やがて義則が一歩前に出て言った。


「ともかく、中へ入れ。こんな暑さでは話にもならん」


 社務所(しゃむしょ)は、涼しかった。

 義則が注いだ冷茶が、グラスの表面に薄い水滴を浮かべている。


「ありがとう」

「……昔は、こうして母さんの麦茶を二人で飲んだものだったな」


 みさとは神棚に視線をやる。そこには、色褪せた家族写真が置かれていた。


「ええ、そうでした」

「……で、いつ頃になる?」

「分かりません。でも──もう、いつ起きてもおかしくないと思います」


 茶を口に運びながら、義則はしばし目を閉じた。


「……そうか。ならば私は、金森家宗家として……最期まで祈り続けよう」


 

 ────────────



【時刻】12時40分

【場所】埼玉県某中高一貫校 教室



 昼休み。


 机をくっつけて、四人が並んで昼食をとっていた。


 だが、教室はがらんとしている。

 空席が目立ち、空調の音ばかりが静かに鳴っていた。


「このクラスも、あんまり来なかったんだね」


 うたの呟きが、ふいに場を静めた。


「なんか……寂しいな」

「なになに?自分の誕生日に誰もいなくて、陸斗くんが泣きそうになってる?」

「ちげえわ!」


 浩之の茶化しに、陸斗がすかさず突っ込む。

 それを見て海斗とうたが笑う。


 ──そのとき、扉が開いた。


「あ、よかった!みんな、いたんだね!」

「綾乃先輩!!」


 うたが声を上げる。

 陸斗は固まったまま、白目を剥きかけていた。


「私のクラス、私しか来てなかったの……びっくりしたよ」

「ええっ!?」

「まあ、私もさっき来たばっかなんだけどね……」

「先輩、どうして来たんですか?」

「……家にいても一人で。やることもなくてさ……って、あんまり明るく話すことでもないか」


 笑顔の奥に、ほんの一瞬、影が()した。


「一緒に、お昼食べてもいい?」

「もちろんです!」


 会話の輪に加わった綾乃を囲んで、教室の空気はふっと軽くなった。

 しかし、陸斗だけはまだ硬直している。


 浩之が手を打つようにして言った。


「そうだ、今日家で陸斗たちの誕生日会やるんですよ。綾乃先輩もぜひ!」

「えっ、そうなの!?二人とも、おめでとう!

 ……でも、私が行ったら邪魔じゃない?」


「じ…邪魔だなんて!そ…そんなわけない!!」


 陸斗の挙動不審な反応に、うっすら笑いが広がる。


「でもそらちゃんに、敵視されてる気がするけど……」

「大丈夫です!!」


 力強く言い切ったその瞬間──扉が開いた。


「お…お邪魔しまー──って、綾乃先輩!?」


 そらとゆのが入ってくる。


「こんにちは」

「な…なぜ……?」

「そらたちも、どうして?」

「……なんか、雰囲気が変で。誰もいなくて、怖くて」

「こっち来いよ」


 陸斗が手を差し出すと、ゆのがすっと吸い寄せられるように歩み寄った。


「陸斗せんぱーい!」


 そのまま飛びつこうとするのを、そらが制止する。

 ……なぜか綾乃も手を伸ばしていた。


「……綾乃先輩、何してるんですか」

「え? あ、いや……ご飯にぶつかりそうだったから……」


 疑わしげなそらの視線が刺さる。


「ぶっちゃけ、先輩って陸にぃのこと──」

「あっ、そーちゃん! 今日、綾乃先輩も来てくれるから、一緒に女子会しようよ!」


 うたが慌てて話題を逸らす。


「え〜〜っ……」


 そらが露骨に顔をしかめる。


「さっき聞いたんだけど今日、誕生日会なんだってね」

「いいな〜!私も行っていい?いいよね!?」

「い…いいよ……」


 ゆのが当然のように参加を決めると、綾乃も小さく手を挙げる。


「私も、いいかな?」

「……はい」


 そのやり取りを断ち切るように、扉が三度開く。

 入ってきたのは、学年主任だった。


「午後の授業はなしだ。全員、帰っていいぞ」

「ええっ!?」

「やったー!!」


 笑いと歓声が、がらんとした教室に弾けた。



 ────────────



【時刻】13時10分

【場所】下校道〜駅前広場



 真夏の陽射しが、容赦なく降り注いでいた。

 街全体が、低温のフライパンの上でじわじわと炙られているようだった。


「……あちぃ。地球、もう終わってんな」

「陸にぃ、それ四回目」


 そらが苦笑しながらツッコむと、ゆのが「ほんとに〜」と無邪気に笑う。


「こうなるなら、もっと地球に優しくしときゃよかった……」

「今さら反省されても遅いですよ〜」


 会話は軽く、けれど空気は、どこか(よど)んでいた。

 街の色彩(しきさい)が、ほんの少しだけ薄くなって見える。


「……また、いるよ」


 浩之が視線の先を指さす。


「ていうか……増えてないか?」


 駅前の広場。


 昨日と同じ老婆が、段ボールに書かれた文を掲げていた。

 その周囲には、同じように(ひざまず)き、祈りを捧げる者たちが数名いた。


「もうじき怒れる神が天より天罰を下し、この世界は壊れる!

 今、我らにできるのは──祈りを捧げ、許しを乞うことだけ!

 さあ、共に祈りを……!」


 その叫びは、不思議と耳に残った。

 周囲には数人の警官が立ち、説得を試みていたが、老婆たちは微動だにしない。


「おばあさん……今は隕石ですら事前に検知できるんですよ?

 明日明後日に世界が壊れるなんて、そう簡単に言わないでください。不安を煽らないで」

「とりあえずその話、署で詳しく聞かせてもらえませんか?」


 だが、老婆は首を横に振った。

 信者の一人が警官に手を伸ばす。

 その瞬間──乱れた声と揉み合いが、街の片隅に広がった。


「……なんなんだよ、あれ」


 陸斗の声が、静かに空気を切った。


「……わからない」


 海斗の返事も、いつになく重かった。

 誰も何も言わないまま、その場を後にした。



 ────────────



【時刻】13時40分

【場所】五十嵐家 自宅



「ただいまー!」


 そらの元気な声が玄関に響く。

 それに続いて「お邪魔します」とゆのたちも入ってきたが──

 家の中には、人の気配がなかった。


「……あれ? お父さんたち、いない」

「え、ほんとだ」

「電話してみるよ」


 海斗がスマートフォンを取り出し、通話をスピーカーにする。


「……もしもし?」


『おー、どうした?』


 彰人の声が、やや遠くに響いた。


「今日、仕事じゃないよね?」


『ああ、違う』


「今、どこにいるの?」


『裏山にいる……もう、帰ってきたのか?』


「学校、ほとんど誰も来てなくて、午前で解散になったんだ」


『……そうか』


 電話越しの彰人の声が、少しだけ沈んだ。


『ちょうどいい。お前たちも、裏山へ来なさい』


「友達も来てるけど──」


『みんなで構わん。そらが“のん”と“じゅら”を拾ったあたりに来なさい』


「……了解」


 電話を切ったあと、皆が顔を見合わせた。



 ────────────



【時刻】14時00分

【場所】裏山



 裏山は、家からおよそ三百メートル。

 標高三百二十五メートルのなだらかな丘で、地元ではちょっとしたハイキングコースとして知られている。

 木々の隙間から注ぐ光が、地面に不規則な模様を描いていた。


「のんちゃんと、じゅらちゃんって、そらが拾った猫?」

「うん……拾ったというか、ついてきた感じ」

「そんなことある!?」

「六年生になったばかりのとき……中学受験、ほんと嫌すぎてさ。

 裏山をぼーっと歩いてたら、あの子たちがいて、ご飯あげたらそのまま家までついて来たの」

「ご飯目当て……だったのかな?」

「かもね……あ、この辺!」


 そらが指差した先に、太く高い神木が立っていた。

 幹に触れた瞬間──


 パァァァン!


 大きな破裂音が、山の静けさを切り裂いた。


「……なっ!?」


 振り返った先に、クラッカーを持ち爆笑している両親。


「みんな、驚いたか〜!ダッハッハ!」

「ほら、そんなことより……せーの!」

「「お誕生日、おめでとう!!」」


 陸斗と海斗は、しばし呆然としたままだった。


「……ありがとう?」「あ、ああ……」

「混乱してるな、二人とも」

「いや、これは混乱するだろ……これのためだけに呼んだのかよ」

「そんなわけないだろう」


 その言葉と共に、空気が変わった。


 冗談めいていた彰人の笑顔が、静かに消えていく。

 代わりに、沈んだ重さが場を支配した。


「……ここ最近の異変について、気づいているな?」


 誰もが、静かに頷いた。


「駅前にも、“終末が来る”と騒ぐ集団がいた……」

「あぁ、そうか。あの婆さんに会ったのか」

「え?」


 まるで知人かのように答える彰人に皆驚く。


「知ってるの?」

「まあ、あの婆さんの話はまた後でしよう。それより、その婆さんの言ってることは(おおむ)ね事実だ」

「え!?」

「そんな……」


 皆驚きを隠せない。


「あの婆さんが言ってることって、世界が壊れるとか、そんなことだぞ!そんなのあり得るわけ──」

「その話も詳しくする。今はこっちの話だ」


 地面を指差す彰人。


「何か異変が起きたら、誰かしらがここへ来て、ここに埋めてあるものを掘り起こすんだ」

「……?大事なものなら、わざわざ掘り起こさなくても家に置いておけばいいんじゃないの?」

「そうはいかない。見つかってしまうからな」

「よくわからない……ちゃんと説明して欲しい」


 珍しく海斗が父親に詰め寄る。


「そうだな……渡すものもあることだし、一度家に戻ろう」



 ────────────



【時刻】14時30分

【場所】五十嵐家 自宅



 緊張が張り詰める中、彰人は一つのアタッシュケースを開いた。

 中には、宝石のように光る物体──〈原初の結晶(マテリアル・キューブ)〉が十個、整然と並んでいた。


 直径約3cm。細く鋭角的な菱形。内側からほのかな光を放っている。


「一人一個ずつ、受け取ってくれ」

「これ……もらっていいの?」

「もちろんだ」


 恐る恐る、一人ひとつずつ手に取る。

 海斗が、ふと(から)(くぼ)みに気づく。


「ここ、二つ分……もしかしてもう誰かに渡してる?」

「ああ」


 そのとき、綾乃が声を上げた。


「あの……私とゆのちゃんって、最初は来る予定じゃなかったのに……」

「君たちにも、これは必要になる運命だった」


 ゆのと綾乃は、どこか気まずそうに視線を交わした。


「そらには、これだ」


 彰人が取り出したのは、ピンク色の宝石が埋め込まれたチョーカー。


「そーちゃん、やっぱり似合うわね!!」

「お母さん……恥ずかしいよ」

「こんなのよく買えたな……え、盗んだ?」

「あほ!それに買うとしてもそんな金はない。これは、俺の特注品だ! 世界に一つだけのな!」

「なんで急にテンション高ぇんだよ……」


 笑い声が漏れたが──すぐに、静けさが戻った。


「さて……全員受け取ったら、握ってみてくれ」


 陸斗が手に取ると、結晶はゆっくりと赤く輝き始めた。

 周囲のものも、それぞれの色で淡く光っている。


「それは、お前たちの“気力”に反応している。

 いざという時、必ず──飲み込め」

「えっ!? 飲むの!?」

「そうだ。それが、お前たちの命を守る」

「父さん……」


 海斗が、真剣な目で彰人を見据える。


「そろそろ教えてくれ。何が起きてるんだ」


 彰人はしばし沈黙し、そして静かにソファに腰を下ろした。


「……まずは、結論から話そう」


 その声に、全員の鼓動がわずかに高鳴る。


「この世界は、もうじき──壊れる」


 ──ドクン。


「それは……聞いた。けど、なぜ?」

「理由は、“多重並列世界”。つまり──

 この世界は、別の“()()”パラレルワールドからの干渉を受けている」


 言葉が、空気を止めた。

 誰も、声を出すことができなかった。


 世界が壊れる。

 それは、兆しではなく──確定した“未来”だった。

[ 人物紹介・現世 ]

〈 その他 〉

老婆:駅前で叫んでいる・見た目より老けて見える


少年:病院最上階にて入院中・彰人が面倒を見ている


金森義則:みさとの兄・大柄で筋肉質

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