Episode.6 家族みんなで幸せに
将棋部の部室から、陸斗と“親衛隊”と呼ばれる部員たちがぞろぞろと出てくる。
「陸斗氏、なぜ貴殿はあれほど強いのか……」
「お前ら焦りすぎなんだよ。だからモテないの。精進が足りん」
「くっ……耳が痛い……」
そのとき、部員の一人が窓の外に目を向けて呟いた。
「……これは、ひと雨きそうですな──ん?」
言葉とともに、視線が一点に留まる。
「どうした?」
「……あそこにいるの、マイエンジェルのそらたんじゃないか?」
「お前、それほんと気持ち悪いぞ……って、ほんとだ」
「あんなとこにいたら風邪ひいちゃいますってば!」
「そ…そらたん!今こそ我が──ぶふっ!!」
「行かせるか。それにしても何やってんだ……」
その瞬間、雷鳴が空を引き裂き、校舎の窓を震わせた。
「「うわぁああ!!」」
「い…今の近かったぞ……!」
陸斗は表情を変えると、駆け出していった。
玄関を抜けると、空はすでに怒りのような雨を降らせていた。
「そら!!」
返事はない。
陸斗はそのまま走り寄り、ずぶ濡れの妹の肩を掴んだ。
「何してんだお前、こんなとこで!」
「……あれ? 陸にぃ?」
ぽかんとした表情で振り返るそらを、陸斗は強引に校舎の中へと連れ戻す。
「風邪ひくぞ、バカ……」
「すごい降ってきたね〜」
そのとき、海斗とうたが駆け寄ってくる。
「大丈夫、二人とも!?」
「多分……でも、そらが外にいてさ」
「そら、何してたの?」
「ん〜……なんだったっけ?」
曖昧に笑うそらの顔は、どこか上の空だった。
「そら、お前──」
「そらー!」
駆けてくる声。ゆのがずぶ濡れで現れる。
「……え、陸斗先輩!?」
「おう」
「ぬ…濡れてる先輩も……いい……!」
「ゆぅのぉおおお!」
「ご…ごめんて……ってそうじゃなくて!あんたが外で突っ立ってるの見てたよ!何してたの!?」
少し怒りながらも心配するゆのに対し、そらは考え込み始めた。
「んー……自分でも何してたのかわからないんだよねえ」
「……大丈夫?」
「うん!てか雷やばかったよねー!?」
そらの受け答えに皆の中で若干の不安が漂う。
「……とにかく着替えに行こ!」
「いこいこー!」
「陸斗先輩も一緒に──」
「ゆのー!!」
「あはは。俺は大丈夫だから行っておいで」
「はーい!」
笑いながら去っていく二人。
「陸、何があったの?」
「……俺にもよくわかんない」
「陸斗ー!」
浩之が一人の女性を連れてやってきた。
「今の雷、聞いた!?」
「聞いたけど……」
浩之の隣にいる女性は赤髪を編み、ハーフアップで結んでいる。
彼女はまるでモデルのような体型を持ち、瞳は薄っすら茶色、ぱっちり二重で唇はふっくらとしていて恐ろしく整っている。
姿勢も正しく、常に笑顔を浮かべている。
(それより……なんでお前が綾乃先輩と一緒にいんだよ!?)
(同じ部活なんだから仕方ねーだろ!)
「陸斗くん?」
「は…はい!?」
「なに話してたの?」
「い…いや!なんでもないです!」
「こいつ、傘忘れたらしくて。帰りどうしようかって話してました」
浩之がさらりと助け舟を出す。
「それなら、みんなで一緒に帰ろっか?」
「え、ほんとですか!?」
「どうかした?」
「い…いえ、何も!」
海斗が陸斗の様子に苦笑しながら、綾乃へ話しかける。
「綾乃先輩。妹たちを待ってる間もご一緒いただけますか?」
「もちろん。一緒に待つね」
「先輩〜!」
うたが駆け寄る。
「うたちゃん、今日も可愛いね」
「私は先輩に癒されてます……」
「うたはほんとに先輩大好きだな〜」
その様子を眺めながら、陸斗は言葉を失っていた。
横で浩之が肩を震わせて笑いをこらえている。
やがて、そらとゆのが戻ってきた。
「陸にぃ──って、げっ!?」
「そらちゃん、ゆのちゃん。こんにちは」
「綾乃先輩……」
「こーら、挨拶!」
うたに促されて、二人がぺこりと頭を下げる。
「「こ、こんにちは……」」
(そら!なんであの女がここにいんのよ!)
(知らないよ!……てかゆのもダメだからね?)
浩之が咳払いする。
「雨だいぶ小降りになってきたし、そろそろ帰るか?」
「そ…そうだな!」
「ちなみに傘忘れた人ー?」
浩之が手を上げ、陸斗とゆのもつられて手を挙げる。
「じゃあ……」
ニヤニヤしながら全員を見渡す浩之。
「こことここがセットで──」
浩之は素早く移動してうたと海斗の手を引き、繋がせる。
「こことここがセットね!」
今度はゆのとそらの手を引き、繋がせる。
「なんで私たちがセットなんですか!」
「身長的に同じくらいだし」
「海斗先輩とうた先輩は!?」
「カップルじゃん」
ゆのの抗議をあっさり論破する。
「ぐっ……私は陸斗先輩が良かったのに……」
「ゆ〜の〜?」
そらからの視線に目を逸らすゆの。
「で……二人がセットね!」
二人のやり取りをよそに、浩之は綾乃と陸斗を組む。
「なんでですか!」
再びゆのからの抗議が入る。
「身長差」
「た…確かに……」
浩之が皆と比べても圧倒的に背が高く、綾乃と陸斗はそこまでの差はなかった。
「ということで、傘をそれぞれ借りて……帰りますか」
浩之が先頭を切って歩き出し、皆それに続く。
「陸斗くん、私より背高いね」
「え、あ、そんな……」
「筋肉ついてるし、モテそう」
「そ…そんなことないです……」
しばらくの沈黙のあと、陸斗は意を決して訊いた。
「せ……ん゛ん゛!……先輩って、どんな人がタイプなんですか?」
「んー……」
少し考えたのち、ふわりと微笑む。
「“諦めない人”かな」
「諦めない……?」
「そう。どんな状況でも逃げずに、ちゃんと向き合って戦える人。そういう人、素敵だなって思う」
目の前でパンチを打つ真似をする綾乃を見て、トキメキを感じつつ、陸斗はその言葉を心に刻むように頷いた。
一方、後方ではそらとゆのが密談していた。
「ゆの、やばい。お兄ちゃん鼻の下伸びすぎ……」
「わかる。でもそら、あんた妹でしょ?少し引きなよ」
「やだ!お兄ちゃんは、私のなの!」
「はいはい、完全にブラコンね」
さらにその後ろでは海斗とうたが並んで歩く。
「そーちゃん、元気になってよかったね」
「うん……でも、ちょっと心配」
「気にしすぎだよ」
うたが話しかけても海斗はどこか上の空だった。
「……もっと、私のことも気にしていいんだよ?」
「え?風邪でもひいた?」
「……もう、なんでもない」
前方、ふてくされながら歩く浩之。
「なんで俺だけ一人……って、ん?」
駅の手前で立ち止まり、指を差した。
「なにあれ……?」
雨のなか、段ボールを掲げて叫び続ける老婆。
文字は滲み、声は掠れ、何を訴えているかは不明だった。
「わからんけど……なんか怖い」
「と…とりあえず避けて駅に入ろう」
近づくと、彼女の言葉がはっきり聞こえた。
「まもなく世界に終末が訪れる……祈れ……神に、祈れぇええ!!」
その異様な叫びに背中を押されるように、全員が駅構内へと滑り込んだ。
「すごい雨だったね」
「そ…そうですね!」
緊張しながら返す陸斗に、綾乃はやわらかく笑って手を振った。
「またね、陸斗くん」
「……はい!」
綾乃、浩之、ゆのがそれぞれ改札を抜けていく。
残る三人、陸斗・海斗・そらは電車に乗り込み帰路についた。
自宅の最寄駅で降りると、雨はまだ降っていた。
傘は二本。
そらのわがままで三人一緒にひとつの傘に入る。
窮屈だが、どこか楽しげな後ろ姿だった。
「……そういえば、今朝変な夢見たんだ」
陸斗がぽつりと呟く。
「夢?」
「うん。内容はよく覚えてないけど……モンスターと戦ってた気がする」
「え……?」
そらが驚いた様子。
「ヒーロー?」
「いや……なんか、違う。すごく悲しい気持ちだったんだ」
無言で聞いていたそらが、ふと表情を曇らせる。
「そら、大丈夫か?」
「……うん!大丈夫!」
笑顔を見せると、彼女は傘を持ったまま駆け出した。
「あ、おい!」
兄ふたりは雨に打たれながら、その後を追う。
家の玄関前で、陸斗が足元に濡れた紙切れを見つける。
拾い上げると──それは、そらの書いた七夕の短冊だった。
『家族みんなで幸せに暮らせますように』
その文字は、雨に滲んで、崩れていた。




