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Episode.40

 陸斗は自らに起きた現象も、胸を突き上げた感情の正体も、流れ込んできた映像の意味さえも理解できずにいた。

 混乱は収まらない。それでも、彼の決意だけは揺るぎなく定まっていた。


「答えが知りたきゃ、俺が強くなりゃいい──そういうことだろ?」


『そうだの』



 ──いざという時、必ず──飲み込め──



 耳の奥に残響のように刻まれた声が、まだ消えない。


「……なあ、一つだけ教えてくれ」


 のんへ向ける陸斗の声はかすかに震えていた。


「俺に……家族はいたんだよな……?」


 その問いに、のんは黙したまま視線を逸らす。


「やっぱり、それも──話せないか」


『ならばどうする?』


 沈黙の問いかけに、陸斗は自らの内から答えを引きずり出す。


「──決まってんだろ」


 笑みは強がりに近かった。

 けれど、その奥に宿った意志は確かだった。


「やることは変わらねえ。俺が強くなって、記憶も!家族も!!全部取り返してやるよ!!!」


 その瞬間、張り詰めていた空気がわずかに緩む。


『──なら、強くなってもらおうかの。ついて来い』


 その背を追い、陸斗は森の奥へと踏み入った。

 けれど、彼らは気づいていなかった。


 ──遠くから注がれる、冷たい観察の視線に。


「ここ……見たことがある気がする」


『気付いたか。ここは主が最初に魔物と遭遇した場所だのう』


「え……?」


 のんの言葉と同時に、脳裏を奔る記憶の奔流。

 痛みを伴うほどの情報に、陸斗は軽く眩暈を覚える。


「大丈夫……ですか?」

「はい……」


(……さっきはあれほど痛がっていたのに)


『此奴には転換点がある』


「転換点?」


『その前後で記憶のあり方が異なる。今思い出したのは、転換点の後の記憶だの』


「それで……俺は、何を──」


 ──グオオオオオオ!!


 森を震わせる咆哮。


「なんだ!?」

「この声は……」


『主はこれから現れる魔物と戦え』


「おう!」


 声が裏返る。喉が乾く。

 茂みを割って現れたのは──


 暴走した白熊(アグリホワイトベア)


「こいつは……」


 威圧に全身が強張る。呼吸が浅くなる。


「大丈夫……今のリクトさんなら敵ではないはずです」


 そう言いながら振り向いたファルシュリオンの目に映ったのは、震える陸斗の姿だった。


「リクトさん……?」

「……やる、やってやる!!」


 自己暗示をかけるように叫び、陸斗は突撃する。


「うぉおおおお!!!」


 だが拳は弾かれ、火球は毛を焦がすだけで、傷一つ与えられない。


「なッ──」

「落ち着いてください!」


 必死の声も、今の陸斗には届かない。

 魔族隷術(マージスレイブ)が一部解除され、魔眼も魔法も扱える。

 本来ならば、この魔物は敵ではないはずだった。


 ──それでも。


 記憶にはなくとも、体が覚えていた。

 白熊への“恐怖”を。


 その感覚だけで思考は凍り、筋肉は鎖のように硬直した。


「ハッ……ハッ……!」


 数十秒で息が荒くなる。

 立ち上がれない。心が拒絶する。


「グオオオ!!」


 白熊が突進。


「うわあああ!!」


 逃げ腰になった瞬間──


 バキィッ──


「ぐっ……!」


 巨腕が顔面を薙ぎ、骨が軋む。視界が白く弾け、鉄の匂いが鼻腔に広がる。


 ドゴッ──

 ズンッ──

 バキッ──


 容赦ない連打。血と土が跳ねる。


(……強くなるって誓ったのに……!)


「かはっ……!」


 意識が遠のく。


「──我が声に応え、姿を現せ!〈中位精霊召喚〉シーラ!」


 ファルシュリオンの声。光とともに顕現したシーラのオーラに、白熊は本能的恐怖で後退し、やがて霧のように消えた。


「リクトさん!」


 駆け寄ったファルシュリオンの手に伝わったのは、異様なまでの震えだった。


 ⸻


『……こうなるかの。まあよい』


 のんが視線を森の奥へ向ける。


『そろそろ出てきてもらおうか』


「え……?」


 その言葉に反応するかのように、木々の間から一人の男が現れた。


「……あなたは──」


 ファルシュリオンの目が見開かれる。


 男はひざを折り、深く頭を垂れた。


「エクリオン女王陛下がいらっしゃると聞き及んでおりましたが……やはり貴女でしたか。お久しゅうございます、ファルシュリオン様」

「ノーマンさん!?どうしてここに……」

「今はログリア町でギルドの管理を任されております」


 その言葉に、ファルシュリオンははっとする。自分が「母の姿を模している」ことを、既に見抜かれていると悟ったからだ。


「……もしかして、他の方々も私のことを?」

「疑念は持っているようですが、確信には至っておりません」

「そう……」


 安堵の息が漏れる。


「……以前より、お母上の真似が上達なさいましたね」

「やめてください!それより──どうしてここへ?」


 問い直した刹那、ノーマンの纏う気配が変貌する。


「いえ……これまで感じたことのない、尋常ならざる“存在”を感知しまして」


 ──ビリッ。


 肌を刺す殺気。空気が重く淀み、呼吸すら阻まれる。


「ッ──!?」


 陸斗も、ファルシュリオンも、圧力に押し潰され動けない。


『……オーラすら放たず、気力だけでこれとは。中々やるのう、小僧』


「……動じぬか」


 ノーマンは静かに腰の刀に手をかける。


「やめてください!!」


 叫んだ瞬間、殺気は解け、重圧から解放される。

 息をつきながら、ファルシュリオンはノーマンの前に飛び込んだ。


「ノーマンさん……どういうつもりですか!」

「この者の“存在値”──只者ではありません。今この場で葬らねば、この世界そのものが危うくなる」

「存在値……?」


 眉を寄せるファルシュリオン。


『なるほど。その“存在値”とやらで、我に気付いたわけか』


「……ッ!?」


(のん様ほどの御方でも、ご存じない概念……?)


「では──斬らせていただく」

「待ってください!」


 必死にしがみつくファルシュリオン。


「その存在値とやらで、のん様が邪悪かどうかは分からないのですか!?」

「……そこまでは。オーラは完全に隠されていますので」

「ならばどうして戦おうとするのです!?」

「"もし"邪悪な存在なら、この世界は滅びます。故に戦い、斬り合い、その本質を見極めようと……それに」


 ノーマンの瞳がぎらりと輝く。


「何より──これほどの存在。戦ってみたいのです!」


『戦闘狂か』


 のんは呆れたように溜め息をついた。


「……ノーマンさん、いい加減にしてください」


 低く、震える声。怒りを孕んだファルシュリオンの瞳が、ノーマンを射抜く。


「確かにのん様の見た目は──愛らしい猫であるはずが、邪悪そうに見える瞬間もあります」


『おい』


 容赦ない言葉に、のんが不機嫌そうに目を細める。


「ですが──のん様はそこにいるリクトさんの師であり……」


 視線が陸斗に流れる。


(この少年が、“ガンサイ”を倒したという──)


「そして──精霊の頂点に立つお方。すなわち、大聖霊様でいらっしゃいます!」


 ファルシュリオンの声が、森に響いた。


「な──!?だ…大聖……霊……様……」


 ノーマンの表情が、理解と畏怖とで、ぎこちなく何度も塗り替えられていく。


「ええ。神と並び、この世界を統べる存在です」


(……この圧倒的な“存在値”の正体は、それかッ──!)


 ノーマンは地に額をこすりつけるように深く頭を垂れた。


「これまでのご無礼……誠に申し訳ございません!」


『ふむ……それなりに楽しませてもらったし、まあよい』


 のんがひとつ鼻を鳴らす。


『しかし──邪悪とはの』


「ッ!?」


 冷や汗を垂らすノーマン。


「いえ……その、見た目が……」


『……我、傷ついたから、やだ』


 ぷいと顔を背ける仕草に、ノーマンは慌てふためく。


「な…何なりと申し付けください!私にできることならば必ず!」


『その言葉に二言はないな?』


「……は?」


『二言はないかと聞いとる!』


「ええ!もちろんですとも!」


『ならば──そこにいる陸斗に、戦いの基礎を叩き込め』


 一転、厳かな響き。


「……はあ。それでよろしいのですか?」


『やれるか?』


「勿論でございます」


『では頼んだ』


 のんは踵を返し、スタスタと歩き出す。


『何をしておる?早う来い』


「え……でも二人だけで大丈夫でしょうか──」


『問題ない。それに──先ほどの戦いも余さず観察しておった』


「そうなのですか……」


『それに、精霊の使役についても教えてやらねばなるまい』


 ニヤリと口元を歪めるのん。


「え!?本当ですか!」


 顔を輝かせるファルシュリオン。


「あ……でもさっきの表情が邪悪と言われる原因だと思います」


『……やっぱり止めようかの』


 森の奥へ消えてゆく二人の背を見送る。

 

「ピィ!!」

「なんだあれは……」


 二人の後ろに一匹のスライムがついていく。


「さて──」


 ノーマンはようやく陸斗へと視線を戻した。


「君は強くなりたいのか?」


 ノーマンの問いに、陸斗はかすれた声で応じた。


「ああ……」

「何故だ?」

「……記憶を取り戻して、家族に会うためだ」

「ふむ──理由が弱い」

「は──?」


 陸斗の返事に殺気が籠る。


「君からはどうしても強くならねばならないという強い信念を感じない。こうなれたら嬉しいという希望、もしくは誰かに導かれた模範解答でしかない」

「──ふざけんな……俺がこれまでどんな思いで──」

「履き違えるな!!!!」


 ノーマンの怒声が森を震わせる。


「貴様が魔族であることも、奴隷で虐げられたことも──それらを強くならなければいけない理由にするな!」

「仲間を失ったからッ──!全てを奪われたから強くなりたいんじゃないか!!もう誰かを失わないように!!全てを取り返す為に!!!それの何が悪い!?」


 陸斗の言葉に間をおくノーマン。


「──貴様のそれは願望ではなく後悔だ」

「それがどうした──」

「後悔が晴れれば、貴様は進む理由を失う」

「……ッ!」


 言い返せず、ただ歯を食いしばる。


「人を強くするのは“欲”だ。尽きることのない、底の見えぬ欲。それを探せ」


 陸斗は拳を握り、ノーマンを射抜く。


「──お前を、ぶっ飛ばしてえ」


 一瞬の沈黙の後、ノーマンは破顔した。


「なんとも幼稚だ。だが……今はそれでいい」


 陸斗の瞳に炎が灯る。


「君に戦闘の基礎を教えてやろう。自らを律し、自らの欲で強くなってみせろ!」


 燃え上がる視線が、確かに答えた。

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